第四十話 長期休暇(その三)
「この声は、ソニオか!?」
さっき名前の出た俊足のハリネズミ君か。
戸を叩く激しさに動揺したクラパパさんは、慌てて戸を開けた。
転がり込んで来たのは、正にイメージ通り、高速移動が売りのハリネズミ。
ヒゲの配管工に対抗すべく生み出された、音速のスターよ。
「どうしたって言うのソニオ!?」
「クラ、戻ってたのか!? 何でこんな時に……!」
「そんなことより早く、ここに駆け込んで来た理由を聞かせてくれ!」
クラパパさん落ち着いて。
「そうだった! 村長! 魔物が落とし穴から出てしまったんです!」
「なんだって!?」
穴の周りが崩れて段差ができていたらしい。
ダメだよ、穴はすぐ塞がないと。
穴に落として油断した検非違使が、這い上がって来たエイリアンにやられる。
平安京あるあるでしょ。
「被害は!?」
「一番最初に見つけたルマのおっちゃんがケガを……」
「なんと! 大丈夫なのか!?」
「う、うん。突進してきた魔物が木材に突っ込んで、その破片に当たっただけで軽いケガだって」
「くっ! なんで家から出たんだルマは!」
「ルマさんって、シェルリのお父さんのあのルマさん?」
タクララちゃんが心配そうにパパさんに尋ねる。
「……そうか、シェルリがまた熱を出したのか」
クラパパさんは頭を振って息を吐いた。
ケガをした人はシェルリと言う体の弱い子のために、キレイな井戸水を汲みに行ったか、解熱剤になる薬草を取りに行ったのだろうと言うこと。
「どうしましょう村長、もう外に出てる人はいないけど、魔物が家を壊すかも……」
狙って壊すことはないと思うけど、突進するタイプなら偶発的に当たってもおかしくない。
「やってきますよ」
「サクッと倒してくるっす」
私と後輩は同時に家を出ようとした。
「あなたは留守番しててよ」
二人とも出て行くとタクララちゃんが不安がるじゃない。
「姉様こそ」
後輩は譲る気無し。
こら!
そっちはカッコつけたいだけでしょ。
「ボクの方がドロップ運がいいっす」
でまかせだ!
カプルコン寺院保管のレア装備を引き当てたのは、いずれも私なんだぞ!
「コイン投げね」
「仕方ないっすね」
かくなる上は旅団の伝統的意見統一法、コイン投げしかない。
私が表、後輩が裏だ。
「この姉ちゃんたち何? ふざけてんのか?」
「違うのソニオ! お姉様たちにはきっと深い考えが……」
まずいな、タクララちゃんの幼なじみに何か誤解されてる。
動揺する心のまま、私は一枚の銅貨を指で弾き上げた。
それを目を閉じて手に取る後輩。
開いた手の中には
「よし、行ってきます」
表を上にした銅貨が乗っていた。
「おい! 人の話聞いてたのかよ! 外は魔物がいるって言ってるだろ!」
「私も反対だ。君たちがいくら寺院の関係者だからと言って……それも疑わしいが」
「ソニオ! お父さん!」
「心配無用です。もし私が魔物にやられても、それは私が暴走して自滅しただけ。それはこの子も証言します」
「そうっすね。それに村に被害が出てからでは遅いっすよ?」
「そ、そうだね」
「お父さん!」
「村長!」
クラパパさんの頭が混乱している内に、私は外に出た。
「あ、くそっ……!」
「ソニオ!」
なんだついて来ちゃったよソニオ君。
しょうがない。
危ないから後ろにいてよ。
「なんなんだよあんた。人の言うこと聞かないで。大ケガしてからじゃ遅いんだぞ。何だよ寺院って」
ブツブツ言いながら周りを警戒しても、帰ろうとはしないソニオ君。
いい男になるよ君は。
「で、出たあっ!」
力と度胸が身につけばね。
さてさて魔物発見。
二足歩行の猪、私たちがイノタウロスと呼んでる奴だ。
身長は百七十センチぐらいだが、体格が凄い。
バストもヒップも二百センチぐらいありそうだ。
「ブモオオォォオ!!!」
でも突進は四足歩行のこの中途半端さ。
「お、おい逃げろよ……うわあぁぁ!!」
うん、ソニオ君は既に突進路線から外れたな。
でもこんな半端者に回避は不要。
重心を落として中段に拳を突き出し迎え撃つ。
崩拳だ!
体重を倍にして壁越しに気功をぶつける技でも良かったけど、格ゲーになってないから今回は見送りです。
ドガン!!
衝撃と共に舞い上がった土煙が、風に溶け去った。
「あ、あれ? 生きてる……?」
うむ、このレベルの魔物は一撃では死なないね。
しかし仁王立ちになった魔物は虫の息だ。
カウンターで崩拳がクリーンヒットしたから当然である。
とどめは左右のワンツー、裏拳の三コンボ!
さあ、ドロップは何かな。
「マ、マジで倒しちまった……」
ふむ、ポーションか。
このレベルの魔物にしてはイマイチ……でもいいか。
「ソニオ君」
「は、はいっ!?」
「ケガをしたルマさんのお宅は?」
「え?」
ちょうど需要はあるのだから。
「ただいま戻りました」
用事も終わり、私はタクララちゃん宅に戻った。
「お帰りなさい! ご無事そうで良かったです!」
「お帰り〜っす」
おい人んちだぞ。
なんでタクララちゃんが駆け寄って来てんのに、君は座ってお出迎えしてるのかね?
「随分早かったが……ソニオどうした?」
クラパパさんも気付いたように、ソニオ君の様子がおかしい。
ルマ氏の所に向かう頃からだ。
どこか浮ついているというか、モジモジと、最初の勢いは全く感じられない。
「魔物とは遭遇しなかったのか?」
「倒しました」
「え、何だって?」
「ミサさんが、倒しました」
「さすがミサお姉様です!」
「ま、当然っすね」
「え〜! 凄いんだね! クラ姉ちゃんのお友達って」
「みんなが怖がる魔物ってどんなのだったの〜?」
素直に喜ぶちびっ子たち。
それなら聞かせてあげよう。
「魔物はね……こぉんな大きな猪の怪物で、ズシン、ズシンと歩いていて」
私はイノタウロスをイメージして動きを再現する。
「うんうん」
「私たちを見つけるとギラリと目を光らせて」
「ゴクリ」
「ドドドドドォーーッッ!! って襲って来たのだぁ!」
「キャー」
「キャッキャ」
キラミラに突進。
捕まったらコチョコチョの刑だぞ。
「本当なのかソニオ? その、あんな少女が魔物を倒したなんて」
「この目で見たことです」
「あ、でもそれならルマさんとこにお見舞いに行かなきゃ。シェルリも心配だし」
「それも、魔物から出た薬をあげて、良くなりました。二人とも」
「あらまあ! 本当に?」
「な、なんだよクラ? ニヤニヤして」
「ふふふ、カッコ良かったでしょ、ミサお姉様」
「ま、まあ」
「もしかして、惚れちゃった?」
「バ……!」
ちょっと、この村の人ってみんな、ヒソヒソ話を人に聞こえるような声でするんですか……
その話題の主としては、どんな顔していいか分からないんですけど。
キラミラと戯れ合いながら、困ったなぁと私はタクララちゃんたちを見た。
「……っ! 俺! あの、じゃあ用事も済んだし、失礼しますっ!!」
「あ、明かりぐらい持ってったら……行っちゃった」
おお、ピューンって音が聞こえそうなぐらい勢いよく飛び出して行ったよ。
「ヘッジホッグ……」
だから口に出すんじゃないよ。
そういうところが粗忽と言うのだよ。
この後輩は。
「あの」
ん?
何ですかクラパパさん。
「疑ってしまって申し訳なかったね。まさかクラとそういくつも違わない年の子が、そんな凄い人だなんて」
いえいえ、子どもの頃からそういう環境にいただけですよ。
それにしても人里でこのレベルの魔物か。
この辺りの闘神像に何か起きたのだろうか。
それとも寺院に。
「キャミィお姉さんのお姉さんも遊ぼうよ!」
後輩は気は利かないけど人と仲良くなるのは凄く早いなぁ。
「ガアーッ!」
「キャー!」
気にかかることはひとまず置いて、私はタクララちゃんの家族と親交を深めることにした。
クラパパさんだけ、女の子たちに囲まれて肩身狭そうにしていた。




