第三十九話 長期休暇(その二)
タクララちゃんは愕然としている。
私は彼女の肩にそっと手を置いた。
「大丈夫だよ。村の中では人の気配がある。魔物避けのバリケードも機能しているみたいだし、息を潜めてる状態じゃないかな」
「ミ、ミサお姉様……! お父さんとお母さんは、妹たちは、無事でしょうか!?」
「うん、確認に行かなきゃね。まずは深呼吸して」
「これは乗り越えさせてもらうっすか」
タクララちゃんをお姫様抱っこして壁を飛び越える。
タ、タ、ターン
一飛びで行けるが、お姫様がいるからそぉっとね。
「あの、魔物って、今みたいに飛び越えたり壁を壊したりしてたら……」
「安心して。歩行系の魔物は高い壁の内には入って来られないから」
飛行系の魔物の場合は侵入される可能性はあるのだが……
今ここで彼女を必要以上に不安にさせる必要は無いだろう。
それに対飛行系魔物の設備が見当たらないことも、私が魔物侵入の可能性に敢えて触れない理由だった。
村と言っても百世帯を超える民家がありそうだ。
その中でも村の中央寄りにタクララちゃん宅はあった。
なんとお父さんは村長さんらしい。
こんな時に聞かなくてもいいことだったが、雑談の甲斐あって彼女は少し落ち着きを取り戻してくれた。
平屋建てだが結構大きい。
「お父さん! お母さん! 私だよ! クラだよ!!」
タクララちゃんがしっかり戸締りされた引き戸を、泣きそうな顔でドンドンと叩く。
「クラ? 本当にクラなのかい?」
疲れているのだろうか。
力無い中年風の男性の声が屋内から返された。
「うん、私だよ、タクララだよ! みんな無事なの?」
タクララちゃんは泣きそうな顔を少しだけ緩めて、声も少し落ち着けた。
戸が僅かに開かれ、隙間から覗く目が見開かれると同時に、思い切り戸が開かれた。
「クラ!」
「お父さん!」
中年男性とタクララちゃんは抱き合った。
「どうしたの? これはどういうこと?」
「いいから、まずは入りなさい!」
ドサクサに紛れて私たちも入らせてもらった。
え?
って言う顔された。
「あ、職場の学生の方。お世話になってるの」
「ミサと申します。タクララさんの友人です」
「妹のキャミィっす! 同じくクララっちの友達っす!」
クラパパさんは、視線を私たちとタクララちゃんの間で行ったり来たりさせている。
「友達、だよ。私をここまで守ってくれたの」
はにかむ娘を見てクラパパさんは納得してくれたようだ。
「それはそれは、娘が大変お世話になっております。でもこんな時にいらしていただくとは、どうしたものやら……」
「クラ!」
「クラ姉ちゃん!」
おお、床の下からチビタクララちゃんが二人と彼女の面影ある中年の女性が出てきた。
クラママさんとクラシスターズかな?
「お母さん! キラ! ミラ!」
正解だった。
そして家族全員無事だと判明。
良かった。
「ねえ、一体どうしたの? 村のこの様子はどういうこと?」
「ああ、それなんだが……」
クラパパさんは語り始めた。
この盆地にも大地闘神の御威光は行き届いており、魔物の強さも抑制されている。
この辺りに出現する魔物は、ガイコツ、大ネズミ、大ガエル、二首トカゲと言った奴ら。
早めに発見すれば子どもの足でも十分逃げ切れるし、武器を持った大人なら一人で倒せる程度。
村の入口は開放され、村人は畑仕事や、狩りをしに出ていた。
それはいつもどおりの村の生活風景だった。
異変は外に遊びに出ていた子どもたちが最初に気づいた。
「見たことない魔物がいたよ」
その話をネタにした親同士の何気無い雑談は、たまたま村長の耳に入った。
念のため、と村長は注意の鐘を三度鳴らした。
それから、畑仕事をしていた者と狩りをしに出ていた者が慌てて帰って来たのはほぼ同時だった。
「鎧武者風のガイコツが出た」
「三つ首の岩のような鱗を持ったトカゲが出た」
より具体的な魔物の情報。
危険を告げる鐘を乱打し、男衆が村人に避難を呼びかける。
そして入口が塞がれ、村人が家に閉じこもったのがつい二日前のことであった。
「そんなことが。村の人たちは無事だったの?」
タクララちゃんは心配そうに尋ねる。
小さな村だからほとんど全員知り合いなのだろう。
「ああ。大丈夫なはずだよ。ソニオとヘイジが頑張ってくれたお陰でね」
「あの二人が」
タクララちゃんの幼なじみ、俊足自慢のハリネズミ族兄弟が魔物を引きつけ、その間に封鎖と避難は完了したらしい。
「魔物は村の壁を越えられないんだよね?」
一応お父さんにも確認したいんだね。
ん?
クラパパさんの顔が曇って?
「そうだよ。でも……村の中に三体入ってしまっているんだ」
あれ? そんなのいたかな?
「た、大変じゃない! その魔物はどこに!?」
「落ち着きなさい。一体は武器庫に閉じ込め、一体は井戸に、もう一体は落とし穴にはまっているはずだ」
なるほど。
ならやることは決まっている。
「駆除してきましょうか?」
「え、何と?」
「ミ、ミサお姉様!」
聞き取れなかったかな。
「処分してきますよ、魔物」
「そうかね、ありがとうお嬢さん。気持ちだけ受け取っておくよ」
クラパパさんたちから、どこか可哀想なモノを見る目を向けられた。
そしてクラパパさんは、タクララちゃんにそっと耳打ちをする。
「学院の生徒さんと言うのは、あれだな、世間知らずなんだろう?」
あのー、聞こえてますよ。
聞き耳立てちゃ悪いなって思って意識をよそに向けてたのに。
「お父さん! 失礼だよ!」
タクララちゃんがパパさんに嫌そうな顔を向け、困った顔でこちらを窺う。
クラパパさんから、思春期の娘に嫌われてしまう悲しき気配が漂っているぞ。
「ボクとミサ姉様は魔法使いなんすよ!」
「えぇ! すごーいお姉さん!」
「本当なの? お姉ちゃん!?」
目をキラキラさせてるのはタキララ、タミララ姉妹だけだ。
キラミラだけだ。
パパさんママさんの目は生温かくなったぞ。
「プロレスラーでもあるっす」
「へ〜」
嘘吐くんじゃないよ。
パパさんママさんから完全に流されたじゃないの。
「すいません。寺院関係者です、私たちは」
「寺院関係者ですって! クラ、本当なのかい!?」
おお、寺院を押し出した効果は絶大だ。
「お父さん! ミサ姉様は嘘なんて吐かないよ!」
私たちが適当なことを言いがちな人間だと思われてるなら、それはきっと後輩のせいだな。
「ここが危険な場所だって察知してたもの。そうですよね? ミサ姉様」
そうです。
そしてこのレベルの魔物に後れをとることはありません。
「クラとそう幾つも変わらない、しかも女の子が……俄には信じ難い」
「しかし、いつまでもこうして閉じこもっているわけにはいかないのでは?」
どうですか?
クラパパさんは難しい顔をしている。
「一応明日、日が昇ったら村の男たちを集めて村の魔物を退治して、他の町か寺院への援助を要請するつもりだが」
それでも構いませんが。
「じゃあそれをお手伝いするっすよ」
まあそれでいいか。
今こちらの申し出を強引に通しても、パパさんママさんも心配みたいだし、タクララちゃんも板挟みになってしまいそう。
「さあさあ、今日はクラも帰って来てくれたし、お友達もおいでだから。ね。こんなだけどおもてなししないと。キラ、ミラ、お食事のお手伝いしてちょうだい」
「はーい」
ふっくら気味の優しそうなママさんにも疲労の色が浮かんでいる。
「お手伝いしますよ。これでも家事のプロですから」
あ、「はいはい」って感じで微苦笑された!
さっき後輩が調子いいこと言ったせいだ!
家政婦だったのは事実なのに〜。
こうなったら実力行使だ。
私はタクララちゃんとアイコンタクトを取り合った。
「ミサ姉様、どうかゆっくり休んでください。お客様なんですから」
あ、あれえ?
通じてなかった……
私と後輩は出番の無いことを悟り、仕方なく台所で体育座りをした。
「くすくす、面白いお姉さんたちだね、姉ちゃん」
ま、タクララちゃんが嬉しそうな顔してるからいっか。
そんなリラックスした雰囲気で、間もなく食事だという時だった。
「村長! 開けてください、村長!!」
この家の戸が破れんばかりに叩かれたのは。




