第七話 一匹の御豚
あっと言う間に二年が過ぎていた――
って、別に修行が終わったわけではない。
現に今も修行中である。
でもこの二年で小学一年生並みの身長になり、体力も伸びた。
もちろん攻撃力も増し、私の全力パンチはようやく小パンチぐらいの威力を発揮できるようになっている。
具体的に言うと、高い場所から降って来る大樽を三発ぐらいで壊せる威力だ。
中々の進歩だろう。
その甲斐あって闘神像への祈りも毎日行えるようになった。
和尚の手伝いができることは嬉しく思う。
この調子であと半年もすれば、今度は魔物を狩りに連れて行ってくれるそうだ。
今でも闘神の御威光明らかなこのカプルコン寺院周辺なら、恐らく大丈夫と言うことだが念のためだ。
和尚が過保護なのは変わりなし。
さて、順調に進む修行だが、問題が無いわけではない。
それは和尚と同格の相手がいないということである。
和尚は特に求めていないようだが、私は必要だと思う。
主に私たちへの防御と魔法の指導、と言う面において。
だって和尚、攻撃や回避は教えてくれるけど、ガードのことはさっぱりなんだもの。
魔法も火と無属性のことだけ。
後輩は「当たらなければどうと言うことはない!」ってほざくけど、やっぱり私は通常攻撃をノーダメージに抑える上段・下段ガードは一人の格ゲー家として押さえておきたい。
ガンッ、ガンッ
投げ技には弱く必殺技には削られるが、通常攻撃なら「打たれ過ぎて腕が上がらないっ」なんて事態に陥ることもないスーパー優秀な防御なのだ。
原理は鋭意解析中。
あの被打撃時の揺れと僅かなノックバックが鍵を握るとか思わんでもない。
どうですか闘神様? と私は闘神像を叩きまくる。
「これこれ、一発一発を疎かにしてはいかん。連打の一にも感謝と祈りを込めるのだ」
おっといかんいかん。
闘神像からの反応が無くなっていたと思ったら、私の打撃が雑だったか。
ちなみにちゃんと心のこもった打撃だと、闘神像から「あ"〜」みたいな変な声っぽい音が聞こえることがある。
マッサージか。
これに疑義の余地のある祈りが加わるとピンポーンやらブブーやらの返答音(?)が混ざってくる。
この闘神像の性能はどうなっているのだろう。
そんなこんなで、ストレス発散と修行と祈りを兼ねた闘神像へのビシバシは、今日も交代で行われていた。
そんなある日のこと。
お堂内で鳩のポーズっぽい柔軟をしていると外から呼びかける大声が聞こえてきた。
「誰かおらぬか! おおい!」
苛立ったような若そうな男の声。
いくら初めてのお客さんでもトラブルの持ち込みは勘弁してほしい。
「わぁ! 誰かが来たのなんて初めてじゃないっすか! はいは〜い」
「あ、これキャミィ!」
和尚が止める間も無く警戒心ゼロの後輩が飛び出して行く。
「ぎゃー!!」
そして唐突に上げられる後輩の悲鳴。
「……!」
さすがの私にも緊張が走る。
弾かれるように飛び上がって入口の前に駆けつけた。
「お、お助けー! 食べないで、犯さないで〜!!」
「何だこの無礼な稚児は!?」
四つん這いになって泣きながらこっちに戻って来る後輩。
その後ろには怒りを露わにする巨漢が。
相撲取りのような体格に猪頭の――
ってオークじゃん。
えー、あー、うちの後輩がすいません。
どうも失礼いたしました。
ゴブシム和尚の初遭遇時とほぼ同リアクションを取った後輩。
先方の怒り具合から分かるのは、後輩の懇願が的外れだということ。
まったくコイツの学習能力の無さときたら。
「これは失礼した。何分このように人との交流が無い所での生活を送らせておる故、人見知りが激しいらしく」
先方に対する酷い罵倒を人見知りで済まそうとする和尚。
誠実さが疑われますぜ。
「ふんっ、ならば仕方あるまい! 子守はしっかりせよ!」
あらやだソッコーで許してくれちゃった。
こちらのオークもイメージと異なる紳士説浮上。
でも……
「我は貴族であるぞ。まずは床几と昼餉を差し出すのが常識であろう。何をグズグスしておるか。早よせい」
言葉遣いは至極悪い。
とてつもない上から目線。
後輩はまだ戦慄した様子だ。
「ぶ、豚貴族……」
やめろ。
居酒屋チェーン的な商標とかなんか、そんなやつに触れるぞ。
こっちが戦慄するわ。
和尚は黙って頷き奥に引っ込んだ。
きっとオーク氏の傷だらけの武者鎧を見て何か思うところがあったのだろう。
和尚が持って来た腰掛けと魔物肉をひったくるように手に取って、オーク氏は肉に食らいつく。
「何があったのかな? このような所には人里は無かったと思うが。ーーおっと、失礼。拙僧はゴブシムと申す。ここ、カプルコン寺院の住職を任されておる」
「……エドワルド=トンダーソンだ」
「なんと、トンダーソン家とな」
名乗りだけで驚く和尚。
有名人なの? こっそり和尚の背中をつつく。
「オークの辺境大氏族だ。だが領地は遥か遠いと記憶しておるが……」
何があったのか、窺う和尚の視線に耐え難いように、オーク氏は顔を伏せた。
あなたには黙秘権がある?
詮索されたくなければ貴族を名乗らなければいいのに。
大人しくなったオークはただの豚の如し。
かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先に並ぶ……そんな運命を予感させる。
「何を見ておる。おい和尚、この娘も目障りだ! 疾く下がらせよ!」
養豚場の豚を見るこの眼差しの冷たさが気に障ったようだ。
と言うか何故私もこんなトゲトゲしているのやら。
反省サボ〜、だ〜〜〜ぜっ。
よく考えたらこんなガキンチョが生意気な目を向けても手を上げたりしないんだから、やはり身分にうるさく口が悪いだけで、良識はあるのだろう。
結局何も語らないトンダーソン氏。
和尚も何か考えがあるのか、深く尋ねることもせず、トンダーソン氏の求めるまま彼を寺にて休ませることを認めた。
余程疲れていたのか、トンダーソン氏は体を清めると布団も敷かずに、床でグーグー眠ってしまった。
「いやあ、こっちでの第二村人がオークとは驚いたっすねえ」
「まあ悪い人じゃなさそうだからいいんじゃない? ――ちょっと偉そうだけどね」
「確かにー。命令しないでほしいぶー」
おい語尾。
そういうノリがイジメを生んだりするんだぞ。
気をつけたまえよ。
「あれだけ太ってれば、やっぱあるんすかね?」
「何が?」
「おっぱい」
興味無いわ。
「巨乳でゴワス」
そして人の忠告聞かんねコイツは。
……ん? 何か引っかかるぞ。
前も感じたことあるこの感覚、何だっけ?
「ミサ、キャミィ、夜更かしはいかんぞ。子どもは早く寝るものだ」
「はぁい」
和尚に嗜められ夜の雑談終了。
豚? 貴族? 巨乳?
思考に引っ掛かったベールを外して何かの正体を丸裸にしようと、今日の出来事を思い返す。
トンダーソン氏の容姿か、その身分や口調か。
はたまた後輩の暴言か。
豚豚貴族豚巨乳……
ぐるぐると渦巻く単語と豚さん。
あ、トンダーソン氏イノシシだったわ……めんご……ねむ。
おやすみなさいzzz。
「顔色悪くないっすか?」
私の目の周りにクマが浮いているらしい。
変な豚の夢見たせいだ。
ヤバとんの豚に追いかけられた。
フラフラ歩いているとトンダーソン氏に遭遇。
先方も起床直後のおねむ顔。
「何をノロノロしておるか。早よ朝餉の支度をせい」
え〜。
その貴族ごっこまだ続くの?
元家政婦の性で体は動いてしまうけど、派遣先の御家庭でもないのに命令されるのには不満がある。
と、ちょうどそこに和尚が。
「おや、何をされておる? さあ早く手伝いを」
「おお、和尚。小僧の躾がなっとらんぞ。早々に用意するのだぞ」
おや? 何かおかしいぞ。
互いに訝しげな顔を見合わせる和尚とトンダーソン氏。
「何か勘違いしておるようだが、エドワルド=トンダーソン殿、お主が手伝うのだ」
「は?」
「へ?」
トンダーソン氏だけでなく、私と後輩も頭に?が浮かぶ。
何だか一波乱ありそうです。
大樽を壊すボーナスゲームはゲーセンの仕様だったでしょうか?
馴染みの無い方には分かりづらくてすいません^^;




