第三十二話 遠征実習(その二)
なんと翌日も野宿して三日目の午前中、ようやく目的地間近となってきた。
あれ?
あれ、闘神像だよね?
完全に野晒し状態の巨大な像が視界に入った。
でも横になってるぞ。
いつか見た職員室でのモルガノ先生みたいな寝大仏姿勢だ。
荘厳なカプルコン寺院の闘神像と大分違う。
そして、姿勢のこともそうだが、その最たる違いは頭部――御尊顔である。
前頭部から後頭部、側頭部までを覆い顔の正面だけが見えるヘルムのような物を被っておられる。
もっと近くまで来て気がついたが、ヘルムの脇から別の表情が伺える。
この闘神像は三面なのだ。
腕は二本だから阿修羅像ではない。
て言うか本当に闘神像ですか?
大地闘神の親戚とかなのでしょうか?
そしてなぜ、今出しておられるご尊顔が悲しみの表情なのでしょうか……
「お〜、でけえなぁ!」
「おっきいね〜」
初めて闘神像を見るらしきクラスメイトは、大仏像を初めて見た奈良への修学旅行生みたいな反応をしている。
「ここの闘神像は変わってますね。私の地元の闘神像は獅子面の勇ましい座像ですよ」
ガーン
そうだったの!?
この世界に生まれ変わって十年半、私って大地闘神のことを大して知らなかった?
あんなに身近にあったのに。
このショックは小さくない……
思えば闘神像トークなんてろくにしたことない。
和尚は何ておっしゃってたっけ?
「闘神像は全にして個、個にして全。我ら人類を見守ってくださる大地闘神は力を分け、各地に降臨されておわします。そのお姿は様々ですが、全ては一つ。複雑な精神を我々人類に合わせて分割していただいた結果、その分かれた精神の細かな違いがお姿の違いとして現れてらっしゃるそうですぞ」
ふうん。
詳しいですね。
どなたですか?
ニコニコと人好きのする笑顔で解説してくれたのは、僧衣を着けた亀人の老爺だった。
「このたびはお世話になります。エディケイン学院の二年生担任、モルガノと申します」
モルガノ先生が老爺と挨拶を交わした。
「みなさん、こちらの方はここの大地主フールー師です。さ、挨拶を」
「こんにちは! よろしくお願いします!!」
「これは元気の良い方々じゃ。闘神像にその元気を目一杯ぶつけてくだされ。それと、わしは道士ではありませんぞ。師の敬称は相応しくありませんでな。フールー爺とでも呼んでくだされ」
道士の気配じゃないな、と思ってたけど合ってたみたいだ。
この人の所有地だから寺院が管理できないのかな?
和尚と同質の雰囲気はあるからきっと善人だろうけど。
後でお話を聞きに行こう。
「二日の野営をしたと聞いておりますぞ。大浴場で疲れを癒やすと良いでしょう」
大浴場と聞いて男子も女子も大はしゃぎで駆けて行った。
残ったのは私一人。
……お世話になるとか言っといて先生まで駆けて行くって、それはどうかと思いますよ?
「おや、あなたは行かないのかの、お嬢さん?」
フールー氏は気遣うような声と心配そうな顔を向けてきた。
「もしかして、まだクラスに馴染めないでいるのかね?」
いやいや、イジメられてるとかそんなんじゃありませんから。
やっぱこの人いい人っぽいや。
それよりも……私は胸の前に出した左掌に右拳を当て一礼した。
「ひょっとすると、寺院の関係者かね?」
フールー氏は驚きながらも、私と同じようにして礼を返してくれた。
「はい、幼時からカプルコン寺院で育てていただきました」
「なんとあのような場所で。では学院の生徒ではなく?」
「いいえ、エディケイン学院の生徒です。寺院の方々の好意で学院に通わせていただいております」
フールー氏黙考中。
「なるほど、良き人々に恵まれたようじゃの」
「ええ、本当に」
分かりますか。
ふむふむ、おほほ、と私たちは微笑み合った。
「ところでわしに何の用かな?」
そうそう、ちょっとだけお話をね。
この闘神像のこととか。
「その年齢で毎日祈りを……それは何とも凄まじい」
手短に私の寺院での生い立ちを話したら、フールー氏に感心されてしまった。
凄まじいって、ストレス解消になるし、たまにアドバイス的な何かをポツリといただけるし、いい思いしかしたことないけど。
「それはそうと、闘神像のことじゃな」
フールー氏は語り始めた。
先にフールー氏が述べたように、大地闘神は闘神像としてこの世に顕現されておられるが、そのお姿は分かたれた精神、つまり性格の違いにより種々の形態をとっておいでだ。
世間に点在する、いわゆる野良の闘神像は、特定の者にお世話されることを好まない種類なんだとか。
ここの闘神像もその一柱。
どんなイメージが近いかな。
束縛を嫌う風来坊、ダム開発の地へと移り住む工事人……う〜ん、いい例えが思い浮かばぬ。
そんな闘神像でも祈りを求める心は共通。
また祈りに応じて平和を齎してくださる。
奉られたくはないが、祈りは欲しい。
なかなか難しい性格をしてらっしゃるようだ。
そんな闘神像をどうしたものか、と考えた寺院は、周辺を開発することで人々の往来を確保。
少しでも人が触れやすいように環境を整えたのである。
「わしも若かりし頃は寺院で修行をしたのじゃが、恥ずかしながら非才によって寺院を預かるまでに至らなんだ。それでもな、わしには商売の才能があったらしい。寺院に必要な物を買い付け、不要な物を売り捌く。そのような役職を務めている内に還俗したものの、気づけば寺院の助力を得て、この辺りで手広く商売をするようになったのじゃよ」
時に自ら祈っては商売に精を出す。
そんな生活が何十年と続いた。
その頃の闘神像は、微笑みの面をお見せになっていたそうだ。
「じゃが、人々は行き交いいつもと変わらぬ祈りを捧げておるはずなのに、闘神像は悲しみの面に変わられてしもうた。息子が独立し妻は先立ち、後の心残りはこのお顔だけなのじゃ」
色々と分かった。
寺院の管理を許さない闘神像があることとかも。
それじゃあ魔物の強さが安定しないことがあっても納得だ。
私が一日中ビシバシ祈りまくったら怒るかな。
寺院関係者だし。
それに落ち込んでしまったフールー氏を見ると、今から祈らせてください、とはとても言えない。
「勉強になりました。ありがとうございました」
「君を学びに出した寺院の方々の思いを汲んであげるんじゃよ。闘神像のことは気にせず楽しみなさい」
少し陰のある笑顔でフールー氏は言った。
私は頭を下げ、クラスメイトが向かった方へと歩き出した。
「お〜う、遅かったじゃねえか〜」
湯船に顎まで浸かって頭にタオルを乗せて寛いで、オッサンみたいな声を出すのはジャンネだ。
「極楽極楽〜」
スイーっと湯船を泳ぐお子ちゃまはアラシュ。
それにどちらかと言うと寛いでるジャンネのセリフっぽいし。
女子全員が入ってもなお空間は余っている。
さすが大浴場と言うだけはあるなぁ。
あ、ミコルル発見。
静かに別の浴槽に浸かっている。
一人湯に入る白肌の美少女。
絵になるなぁ、薬湯にでも入ってんのかな?
「冷たっ!」
これ水風呂じゃん!
「お湯で温まった後に水に入ると気持ちいいですよ」
雪女だからとかそんな理由ではない。
ただの彼女の好みだ。
知ってたけど。
「ハァハァ、ミ、ミサお姉様」
はっ、ユリキャットちゃん!?
「今度は、わた、わた、私がお背中ながながなが流しましょうか」
あ、私体柔らかいから手届くんだ。
大丈夫だよ。
「そ、そうですか……」
そんなに落ちこまなくても。
「あ、でもせっかくだからお願いしようかな」
つい言ってしまった。
「え? あ、はい! せ、精一杯務めさせていただきます!」
そんな気合い入れないで。
背中の皮剥けちゃうよ。
と、思ってたらすごーく丁寧に洗ってくれてる。
「ひゃん!」
何かタオル以外の柔らかな感触もするけど、振り向いたらダメな気がする。
終わった頃にはユリキャットちゃんは、のぼせたように全身真っ赤にしてフラフラしていた。




