第三十一話 遠征実習(その一)
前期の行事は全て終了し、学院はこれから休暇に入る。
休暇と言っても十日程度の短い休みなので、今回帰省する人はいない。
ほとんどのクラスではこの休暇をクラス単位での観光などに費やす。
三年生は修学旅行に行くのが慣例で、休みの期間も十日を超えても良いことになっている。
一年生は入学から初めて気を緩める機会でもあるから、完全なレクリエーションとしての時間になる。
しかし二年生だけは、勉強を兼ねた内容でなければならないらしい。
でも、私はこの日をとても楽しみに待っていた。
何と言っても我が五組が行うのは社会見学。
闘神像のある場所への遠足なのだから。
早いものでもう半年以上も祈りを捧げていないのか……
大地闘神は格ゲー世界のことをお忘れになっていないだろうか。
着きましたら、どうか私の勉強の成果を見てください。
「それでは皆さん、忘れ物はありませんね? 班ごとにお互いチェックしてくださいよ」
遠足のようなものだが、名目は一応遠征実習、授業の一環としての行事である。
非常食や簡素な調理器具をリュックに詰め、行軍さながらに行動することが求められる。
私のリュックにも鍋二種類と、お玉、包丁、他多数が詰められている。
荷物を持ち、あのダチョウっぽい乗り物に乗った。
一応授業で全員乗れるようになったが、アクシデントで乗れなくなった人のために、トカゲっぽい乗り物も運用している。
こちらは速度に劣るが、十人乗りぐらいの貨車なら牽ける力強さがある。
点呼を取ったら出発。
気分は休日のツーリング集団だ。
この鳥の走行性能はかなり高い。
ぴょんぴょん跳ねながら走るので上下動が激しそうなイメージを持っていた。
しかし地面を蹴るタイミングと体の伸び上がりを絶妙にリンクさせているので、実際に乗るととてもスムーズである。
「意外ですね。ミサが自分の足で走らないなんて」
そりゃそうでしょ。
何が悲しくて一人自力走行しないといけないのか。
もしそんなことしたら、君たちがイジメとかそういうのを疑われると思うよ。
それに障害物も無い平地では、さすがに走りに特化した生物に敵うとは思えない。
走りで勝てるのは、屋根を越えたり木と木を伝ったりできるから、ショートカット分こちらが有利なだけだ。
で、この鳥もトカゲも貸し出しの駅が各所に点在している。
平地は鳥&トカゲで山などの手前では駅で乗り物を預け自力歩行。
そしてまた駅で乗り物を借りて、という行動を繰り返して目的地に向かう。
これだけの人数分をあらかじめ確保してもらうのには、当然事前予約が必要なことは明白だ。
私たちには知らされていないが、遠足はそういう先生なり職員さん方の手でしっかり支えられている。
仕事だから、ってそんなことは考えずに感謝したいものである。
「なに難しい顔してんだよ。トイレならさっき行っとけって言われてただろ」
裏方も仕事も何も気にせず、あるのは目の前の現状だけ。
ジャンネのようなキャラはとても気楽である。
「あ、なんか私のことバカにしたな今」
「言いがかりじゃないですか」
「くらえコノヤロー」
あ、やめなさいコラ。
並走して脚を伸ばしてくるジャンネを避ける。
「こら! そこの二人、隊列を乱さない!」
モルガノ先生に怒られてしまった。
裏方ご苦労様の気持ちが吹き飛んでしまう。
したくもないのに己の心の狭さを自覚してしまった。
乗り物は手配されているが宿は無し。
なんと野宿である。
私は何とも思わないが、不満タラタラのクラスメイトもちらほら。
「これも訓練ですよー。明るい内に役割分担しっかり決めないと、ゆっくり休めませんからねー」
遠征実習とは名目だけとか言ってたのに、これでは名目なのは遠足の方だ。
下手すれば学校帰ってからレポートとか書かされそう。
お風呂に入れないからブーブー言う女子たちもいる。
魔法で洗浄できない子がいる、って言うか多数がそうらしい。
魔法洗浄が使える人にくっつけば一緒に洗浄されるという話が流れている。
嫌な予感しかしないぞ。
「ミ、ミサお姉様! お背中、ながながなが、流してください!!」
え? 何ですと?
呂律怪しくやって来たのはユリキャットちゃんだ。
お背中流してくださいって……
洗浄にご一緒させてくれみたいな解釈でOK?
いいけど……
って答える前に私の背中にピタリと体を押し当ててくる。
「ハァハァ」
どうしてユリキャットちゃんはいつも息が荒いの?
それと、魔法の効果は体の一部が触れてればいいから。
指一本だけでも。
ちょっと、密着度合いが深くなってますが?
ピッタリくっつき過ぎて完全に私のシルエットと化している。
「ハァハァハァハァ」
なんで動いてないのにさっきより息が荒いの?
私は言葉に言い表せないが良くない空気を感じた。
早急に終わらせた方が良さそうだ。
水の魔法をザッと這わせて火の魔法をザッと這わせた。
「あ」
まさしくあっと言う間に洗浄完了。
「あの、終わったよユリキャットちゃん」
「ハァハァ、え? ……あ、ありがとう……」
じわーっと糊でくっついた紙を剥がすように、端っこから体を離していき、彼女は頭を下げた。
ハァハァが収まったと思ったら、ハァ、と大きく溜息……
私はどうすれば良かったのか。
その後来た男子数人の希望者は、全員お断りした。
視線が私の胸をチラチラと、何度も通るんだもの。
この人たち絶対プロレスの時も、そういうトコ見てたんだよ。
……うぅ、恥ずかしさがぶり返してきた。
胸を隠すように片腕を持ち上げる。
突然男子たちが前屈みになって去って行った。
そこまで厳しく断るつもりは無かったが、気持ちが伝わってなによりだ。
「けけけ」
ジャンネが私の手の隙間から横乳を突いてきた。
「何すんの!」
バシッ
ブルン
私の平手でジャンネのメロンが揺れる。
男子の前屈みがより急角度になった。
「こら二人とも、じゃれ合ってないで食事の用意してください」
「ご飯抜きにするよ〜!」
ミコルルとアラシュに怒られた。
おのれジャンネめ、と思いたいところだが、気を取り直そう。
私たちはお湯を沸かし、配られた乾燥スープを戻して硬いパンを口にした。
「まっず」
「おいしくないよ〜」
「これが旅の保存食ですからね」
ジャンネもアラシュも食べたことが無かったようだ。
まずいまずいと不満顔でモグモグと口を動かす。
実は私も、この類の保存食を食べたことはほとんど無い。
その辺の魔物ドロップがあるのだから。
だが今は魔物避けのアイテムを使っているらしく、周囲に魔物の姿を見ることはできない。
甘いんだか厳しいんだかよく分からない野宿だなぁ。
見張り当番も決められているが、魔物が寄って来ないんじゃ形だけだね。
こんな団体を襲う盗賊もそんないないだろうし。
一班ごとに二時間の見張り任務が割り当てられた。
今日任務が無かった班も明日には必ずある。
夜中に当たった班は睡眠途中で起きないといけないからハズレ役だ。
それが私たちの班に当たった。
「星も出てないから真っ暗だぜ。何かが起こりそうな予感がするよな」
「やめなよ、そういうこと言うのさ〜」
ジャンネもアラシュもちょっとビビってます。
最近はそう感じないけど、彼女たちもお嬢様育ちなんだよね。
そんな子たちにとっては、このぐらいのまったり野宿もいい経験になるのかもしれない。
「ヒタヒタ……ヒタヒタ………………暗い屋敷を女中が歩いている」
「ひいっ」
「な、何だよいきなり……!」
声のトーンを低くして語り始めたのはもちろん怪談だ。
ジャンネもアラシュも不穏な空気を感じたのか距離を取ろうとしている。
「あらあら? もしかして怖いんですか? ぷー、くすくす」
意外なことに、ミコルルがノリノリで二人をからかい始めた。
「こ、怖いわけねえだろ!」
「そ、そうだよ! 失礼だよ!」
へえ、そうなんだ。
私は話を続ける。
「ぜ、全っ然こわくなかったぜ!」「ホントだよね! あ〜、楽しかった!」
「プププ」
震える体をくっつけ合い離れられずにいた二人を見て、ミコルルが笑いを堪えている。
二人は恨みがましく私とミコルルを睨んでいた。
見張りが終わった後の睡眠時間、布団に潜り込んできた二人はまだプルプル震えていた。
そして翌日、目の下に隈のできた二人を見て私とミコルルは、やり過ぎは良くないと反省するのであった。




