第六話 夢の続き
目を閉じるとアーケード筐体に囲まれた我が家が心に浮かぶ。
その中には落ちゲーも、シューティングも、スクロールアクションもある。
だがここではそれらは雑念だ。
今、願いに必要なのは格ゲーへの渇望のみ。
ふと脳汁のようにどこからともなく出てくる魔力を感じ始めた。
別に今魔力を求めてはないのだが……
この世界の人々は、こうやって魔力を練ることが当たり前になっていくのかもしれない。
魔力のことは置いておき、私も祈る。
有りったけの祈りを込めて、世界の平和を……メゾン格ゲーを超える夢の世界、そう、世界格ゲー化計画を発動するっ!!
パシッ
「ど、どうしたんすか姉様」
ハートブレイクショットを打たれたチャレンジャーのように、拳を突き出し固まった私に、後輩が恐る恐る声をかけてきた。
「……反応無し」
「へ? あ、ああ、願いごとっすか。何をお願いしたんすか?」
「世界格ゲー化」
「規模デカ」
「規模かな、やっぱ」
「いやいや、他にもツッコミ所はあるっすよ。格ゲーのどこが平和に繋がるんすか」
言われてみると平和のために闘うキャラたちばかりではないな。
……と言うかそんな奴ほとんどいないじゃん。
ストーリー的に悪と対峙するヒーローものは存在するけど、大概のキャラは自己中な動機で闘っていたりする。
しかし! 私は声を大にして主張したい!
格ゲーとは人の戦闘技術を極めた者たちの宴なのだ。
世界が格ゲー化すると言うことは、人の戦闘技術が高まり相対的に魔物を弱体化することになるはずなのだ!
力こそが正義 いい時代になったものだ――
やめてやめて!
誰かの良くないお言葉を必死に頭から追い払う。
う〜ん、もしかして闘神様もこういうのを懸念してるんだろうか。
でも、これを諦めたくはないんだ。
私は座禅を組んで目を閉じた。
きっと……必ず理解していただきます
証明は我が身、我が行動を以って
心中で誓いを立てて、座禅を解き一礼する。
「姉様?」
後輩よ、あなたはあなたで己の信念に従うといい。
私の目標は定まった。
その達成のために世界を知らねばならない。
それには魔物の脅威を自力で退けられる強さが必要なことは疑いない。
修行に励もう。
私は初めて、今のこの幼体をありがたいと思った。
時間はたっぷりありそうだ。
成長力も子どもならではの高さを期待できるだろう。
私が各地の闘神像に強い祈りを捧げられる程に成長したならば、きっと大地闘神も私の願いが正しかったと理解してくれるはずだ。
これは回り回って和尚への恩返しにもなるに違いない。
感謝の正拳突き!
まずはこれを小パンチに格上げしなくてはね。
「お、熱が入っておるな。良いことだ。だがまだ幼いのだから背伸びし過ぎないようにするのだぞ」
私の立体機動雑巾掛けダッシュを見て感心する和尚だが、ヒィヒィハァハァ言いながら走る後輩が目に入り意見を翻す。
そんな軟弱者は良いのです。
もっと厳しい修行を願いたい。
「お主たちは楽しみながら心身を鍛えれば良いのだ」
ただ、私たちへの指導を重ねる内に、和尚も方針を決めていた。
心身とも未成熟過ぎる私たち幼児には、まだ心を苛むような修行はさせない、遊びの心を取り入れて楽しく鍛えよう。
そういうことである。
聖者の魂をお持ちのゴブシム和尚は、きっとこれから位を上げ様々な人を指導することになるだろう。
大人な魂を持った私が和尚の方針に反抗し、彼を悩ませるのは本意にあらず。
その方針が誤りと判断し得ないならば、私は和尚の指導に服すのだ。
だから私は和尚の方針に反しない範囲で、全力で修行に取り組む。
きっと、世の中にはそういう幼児もいるのだと信じて。
楽しくをモットーにした修行で私たちは、野山を駆け木に登り、山菜や魔物を食し自然の中で生活する。
そこで気づいたこと一つ。
この体はとても丈夫で身体能力が高い。
魔力なる不思議パワーが存在するこの世界の住人がそうなのか、それとも我が身が優れているのか。
いずれにせよ前世の身体を遥かに上回る能力には、私のテンションも有頂天、超マジグイグイである。
「ケガせぬようにな」
また心配された。
ちょっと過保護な所は、さながら娘を持つ世間の父親のようだった。
「姉様姉様」
樹皮のささくれのみを頼りに寸胴の木を登っていると、隣の木を登る後輩が声を掛けてきた。
「何?」
「この体ってジャンプ力すごいじゃないっすか」
「そうね。それが?」
「あれ、できると思うんすけど」
「あれって?」
「草の成長に合わせてジャンプ力鍛える忍者のあれっすよ」
「それ採用」
「イエ〜イ、褒めていいっすよ」
「エライねぇ。お宅まったくエライねぇ」
「そんなのってないっすよ……あ」
ガッカリし気を抜いた後輩が木から落ちる。
高さは既に五メートルに達している。
しかし和尚は動じた様子を見せない。
それも当然――後輩は脚を伸ばして木を蹴り体勢を整え、きれいに着地を決めた――そのぐらいの身体能力は身につけているのだから。
木登りを終えた私たちは、早速和尚に忍者式修行を提案した。
「ううむ、幼な子は面白いことを考えるものだ。――いや、これは確かに面白い。よし、ちょうど良い草に心当たりはある故、今日から始めようか」
「やったぁ!」
しまった、後輩と同じリアクションを取ってしまったじゃないか。
和尚は顔を綻ばせるが、私は恥ずかしくて顔を赤らめ目を逸らした。
「ひどいっす」
私の内心を読んだ後輩はイジケていた。
その日から、私たちの提案する幾つかの忍者修行が、和尚も行う修行内容に採用されることになる。
格ゲー界では卑怯キャラとされることも少なからん忍者という存在。
私が好んで扱うキャラではないが、その技と性能を知っておくことは対戦上必須である。
故に私は忍者修行を懸命にこなすのだった。
ところで余談。
和尚が手足を伸ばせることを知って興奮したことのある私だが、最近実践してもらった。
結果は残念ながら思っていたものとは違った。
関節を外し強引にリーチを伸ばす和尚の技は、伸びても二、三十センチメートル、加えて痛みも伴うものだったみたいで。
だが痛みを堪えて実行してくれた和尚に、私は文句を言えようもなかった。
「そりゃそっすよね。ゴブリンとは言え体の造りは大体人間だもの」
ムカつく後輩の正論にも沈黙。
そんな風にしょげる私の頭に、和尚はそっと手を置いた。
「期待していたものと違ったようだな。許せよ」
謝らないでくださいよ。
泣けてくるじゃないですか。
ぐすっ、子どもの体は涙腺も緩いのか。
溢れそうになる涙を、せめて後輩にだけは見られたくないのに。
そんな私の小さな意地に気づいたのか、和尚は私を背中側に、後輩を腹側に抱えてくれた。
これなら多分私の顔は見られずに済む。
そして和尚は独り言のように言う。
「ミサが言うのなら、拙僧は手足を遠くに届かせるようになるのかもしれぬなぁ。これはちと、修行の合間に考えてみるのも良いかもしれん」
――ありがとう和尚。
和尚が本当は何を思ってそう言ってくれたかは、こんな私じゃ量れないけど、私の胸はじんわりと温かくなった。
ちなみに怪我の功名と言うべきかは分からないが、この件を機に、私は回復術にも興味を示すようになった。
和尚から教わったのは、向き不向きはあるが、基本属性は全て回復系統の魔法を有しているらしい。
どうせ時間ならあるんだから、全基本属性の回復術は網羅しよう。
ライフゼロから全回復できたら、K.Oされてもラウンドツー、ファイッってできるわけだ。
夢が広がるね。
そんなこんなで幼年期の修行生活もあっと言う間に二年が過ぎていた。




