第二十七話 アイドル事変(その三)
当事者三人がプロレス――いや、素人だからプロレスじゃないんだけど……面倒だからプロレスでいいや――をすることになったのは別にいい。
本人たちも受け入れたし。
でもなんで私とミコルルまで、そのメンバーに組み入れられなきゃならないんだ!?
先生方がプロレス開催に賛成し、後輩たち三人に意思確認をしたところまでは何の問題も無かった。
て言うか、後輩に限ってはあまり嫌そうでもなかった。
何を考えているのか、奴めは。
それはさておき、その場でミコルルが言い出したのだ。
「マムマムとウルウルの保護者として、私にも騒動の責任を取る必要があります。私もプロレスに参加させてください」
「ミコルルさん、あなたと言う人は……ではミサさんもですね」
おいぃ!
その理屈でいうと、先生たちもプロレスに参加せねばならぬはずですよ!?
私を名指ししたモルガノ先生は、「ああ、生徒に懲罰だなんて、なんて心苦しいのでしょうか」とハンカチを顔に当てていた。
周囲の目は冷ややかだ。
もちろん私の目が一番冷たいだろう。
何故か私の意思を確認することなく、プロレスは私、ミコルルのペアVS後輩、マムマム、ウルウルの二対三変則マッチ一戦を催すことに決まった。
ところでプロレスって、私ほとんどルール知らないんだけど……
決行日、つまり前期末テスト最終日までは三週間弱。
それまでにテスト勉強とプロレス勉強をしなければならなくなった。
ちょっとお!
加点とかしてくれないと困りますよ!?
こちとらスポーツ特待生でも何でもないんですから。
テストで悪い成績を取って笑って済ませられる立場じゃないんだよ。
私とミコルルの二年生ペアにプロレス指導をするのはクイラ先生になった。
例のスライムっぽい水色の球体に下半身を埋めてやって来た。
ポヨンポヨンと弾むような球体の動き。
楽しそうですね?
笑顔の先生がルールについての講義を始めた。
大体私のイメージのプロレスに近い、と思う。
弾力のある四角いリングの外周にロープを張り、相手と戦う。
敗北はギブアップか、リング内で倒れて十カウント以内に起き上がれない、又はリングアウトし二十カウント以内にリングインできなければ決まる。
こちらのプロレスには相手を押さえ込んでワン、ツー、スリーは無いようだ。
魔法の使用は制限されており、自分の体から離れる魔法を使うことは禁止。
ジャガノス君辺りが活躍しそうだ。
ちょっとこれ、ミコルルに不利じゃない?
ミコルルって水属性で、好んで氷雪系の放出魔法を使うんだから。
私が後輩を押さえるとしても、空陸から攻めるお供ズと二対一と言うだけでも厳しいのに、得意魔法も使えないとなると……
私が後輩を倒すまで持ち堪えてもらうしかないか。
と言うことをミコルルの柔軟を手伝いながら考える。
「痛っ、痛い痛い、痛いですって」
体硬いよ〜ミコルルってば。
それだと股裂きとかくらったら即悶絶でしょ。
一週間でできるようになる股割りメソッド、みたいなのが必要だ。
本格的な実技指導は明日から。
今日はこの後テスト勉強である。
ミコルルさんは涙目なのにウフフと笑ってる。
すいません、調子に乗ってました。
どうか分かりやすく、優しく教えてください。
翌日、クイラ先生の熱血指導が始まった。
「いいか! プロレスの基本は相手の攻撃を全て受けることにある! 食らい方に工夫の余地はあれど、避けることにプロレスの真髄は無い!」
かなりヤバい。
ひ弱なミコルルが後輩のパンチを受けようものなら一発アウトだ。
「大丈夫です! 私も体力ついてきましたから! 一年生の打撃なら耐えてみせます」
どこから来るのその自信?
「当然だ! ただのパンチやキックで勝負のつくプロレスなどあってはならん! フィニッシュを飾るのはいつでもド派手な投げ技か、ネーミングの許されたぶっ飛ばし系の攻撃だけなのだ!」
プラスとマイナスの磁気パワーを使ったラリアットでの勝利は良さそうだ。
ところでクイラ先生の魔法はプロレスに適用させるための仕様なのでしょうか。
多分そうだな。
いつもの皮肉っぽい表情とか話し方じゃないもの。
言葉や仕草の端々にプロレス愛を感じさせるんだから。
そんなこんなで、私とミコルルはクイラ先生に言われるがまま、フィニッシュホールドの開発に着手することになった。
「貴様天才だな! 学生辞めてプロレス業界に飛び込めよ!」
いやあ、照れますな。
慣れぬ関節技、投げ技、フライング攻撃に悪戦苦闘するミコルルの隣で、私はクイラ先生にベタ褒めされていた。
と言うのはマッスルなバスターやドライバーを始め、様々なフィニッシュホールドの考えを次々と出しているからだ。
超人たちの偉大な技の数々を、あたかも私の考案した技のように扱われるのは些か心苦しい。
だが出所を説明するのも困難なのだから仕方ない。
「そうだ、こんなのどうですか?」
「お、次は何だ?」
マムマムのように飛行可能な相手に対するフィニッシュホールド。
その背に立って飛行のコントロールを奪い、リング外の壁に激突させる。
「ほう! 背に乗るまでが難しそうだが、ポジションを奪えればこちらの両足で飛行を制御してしまえるのだな! いいぞ! 敵は死ぬな!」
ははは、と笑い合う我ら二人。
惜しむべきは私の相手が後輩であることか。
奴も私の知っているフィニッシュホールドを知っていてもおかしくはない。
中々決着がつかない事態に陥ること必然だろう。
ある程度のフィニッシュホールドの構想が固まれば後は練習だ。
とりあえずミコルルの打たれ強さを上げなければ。
気が進まないが、防御法を工夫して打撃に耐え忍ぶのだ。
被弾に合わせて機敏に防御の腕を引き、顔を殴られても素早く首を回転させる。
正面から蹴られたら大きく飛ばされたフリをして、ロープを使って体勢を立て直せ。
あわよくば反動でドロップキックをお見舞いだ。
ミコルルさんがボコスカにやられる。
私とクイラ先生に。
敗北画面の女性ファイターのように、あってはならないボコスカ顔になってしまいそうだ。
オラオラー!
右の頬を打たれたら次は左の頬をだせってんだよぉ!
すいません冗談です。
ははは、いやだなぁミコルルさん。本気にしないでくださいよ。
ちょっと、目の奥の炎が怖いんですけど、ねえ……
この後、私は身を小さくして座学に励むことになった。
ミコルルさん、私を肘置きに使うのはやめてほしいな〜、なんて……
日々の特訓にはジャンネとアラシュも当然参加だ。
ミコルルのあの目で睨まれ逃げられるはずもない。
バイーン
「いてっ! 何すんだ!」
ミコルルの腹癒せのような張り手が、ジャンネのメロンをブルンと揺らした。
スカッ
「……何してんの!」
私の平手がアラシュの微妙な膨らみの前を素通りした。
ジャンネの山々を見て、アラシュの平原を見ると、何を勘繰ったのかアラシュはプンスカ怒った。
げへへ、何も意図するところなんて無いでゲスよ。
そんなこんなであっという間に前期末テスト当日である。
と言うか残すところ最終日だけである。
「あ〜、つっかれたぁ。いよいよ本命の明日だな!」
本命は今日まででしょ。
プロレスの観客にしか過ぎないジャンネに突っ込み一つ。
「私たちもサポートしたんだから! いいもの見せてもらうんだからね!」
アラシュがいつに無く強い語調で言ってくる。
サポートって、確かにしてはもらったよ。
結構な時間、アラシュとジャンネのペチャメロンをイジリ倒した記憶で占められているけど。
そして翌日、私とミコルルはジャンネとアラシュから丁寧なマッサージを受けながら、一年生の闘技会を観戦していた。
いやあ、妙にサービスいいね?
いい心掛けじゃないの。
「フヒヒ」
私もミコルルもこの時はまだ、アラシュたちの不気味な笑いの意味を知ることはできなかった。




