第二十二話 三年生登場
教場も寮も学年ごとに別れているここエディケイン学院は、他学年とは普段すれ違うぐらいでほとんど交流が無い。
食堂で顔を合わせると、先輩かな? と思って軽く会釈する程度である。
部活でもあれば厳しい上下関係も有りの、先輩後輩の付き合いも出てくるのだろうが、そんな気の利いた活動は無い。
ただ、完全によそよそしいまま卒業を迎えるかと言うと、そんなことはない。
学生はそれなりの身分がある家の子息、令嬢であり、中には他国の優秀な人材も在籍しているため、在学中にある程度顔合わせをしておくことは、学生の保護者たちから求められているところでもある。
学院としては政治的な思惑は持ち込まれたくない、と言うのが本音らしいが、人間形成の面から他学年との交流も必要だろうという名目で、僅かながら他学年と行動を共にする機会を設けているそうだ。
今日はそんな数少ない交流の機会。
と言っても授業参観であるが。
今から三年生の五組にお邪魔します。
さて三年生はどのようなことを教わっているのやら。
教室の後ろに並んで見学するかと思ったら、一人ずつ上級生の皆さんの隣に配置された。
「三年生の授業時間のほとんどは、先生からの講義ではないのですよ」
優しい声の主は、私がついた上級生の女性だ。
艶のある長い黒髪は、これこそが濡れ羽色なるものかと私に感嘆の溜息を吐かせる。
目頭が深く、柳眉に沿って流れるような目、小振りだが筋の通った鼻、それに瑞々しい桃色をした小さな唇には、目が自然と吸い寄せられるようだ。
東洋的な美少女と言う表現がピッタリ。
それがこの儚い雰囲気の三年生、オシティ先輩である。
さて、講義が無ければ授業時間をどう過ごすのか。
「時には一つのテーマについて討論をしたり……例えば『多くの属性に低い適性がある方と、少ない属性に高い適性があるほうではどちらが有用か』などのテーマについてですね。また時には学年末の闘技会のため、チームごとに別れて連携を強化したり、チーム戦を組んだり。先生は疑問のある生徒の手助けをし、模擬戦の安全を確保するために目を光らせていらっしゃるのです」
ほうほう。
そして今日は、個人各々の属性について理解を深める研究の時間だそうだ。
「オシティ先輩は凡人種ですか?」
超美人だが、見た目で言うと凡人種以外の特徴は見られない。
ただクイラ先生みたいに、普段は二足形態を選んでいる人や、モルガノ先生みたいに羽を隠している人など、凡人種と見分けのつきにくい人もいる。
「いいえ、私は幽鬼なのですよ。ほら」
オシティ先輩が髪をかき分けると、頭頂部の両脇に小さな角が一本ずつ。
ニコリと笑うとその美貌に磨きがかかってゾクッと背に寒気が走る。
幽鬼の種族特性ですか?
「あの、オシティ先輩は何を研究なさるのですか?」
吸い込まれてその儚さに取り込まれそうな悪寒を覚えて、それを振り切るように気を確かに言葉を出した。
「呪いですよ」
「え?」
「呪い属性、私は特異属性を持っているのです」
また出た!
何でも魔法カテゴリーにぶち込んどけばいいと言う、不思議パワーに関するこの適当さ!
それはそうと、呪いってあまり良い印象はありませんが、どういうものがあるのでしょうか?
「そうですよね。でももう少し遠慮気味に尋ねられることの方が多いのですけど」
う、すいません。
つい興味が勝ってしまいまして。
「ふふ、良いのですよ。はい」
「わ!?」
な、何だこりゃ?
いきなり手の甲に痣みたいなものが浮かんできた。
勾玉を二つ向かい合わせたような黒い模様で、不気味な赤黒い煙を発している。
「魔法を使ってみてください」
え?
あ、はい。ええと、周りに影響の無い魔法にしなきゃね……
よし、これだ。
それ!
「あ……れ?」
魔法を発動した瞬間、私は体の力がごっそり抜けたような感覚と共に立ちくらみを起こした。
「あら! どうしました!? 大丈夫ですか!?」
オシティ先輩に支えられてしまった。
「すいません、一瞬クラッと来ただけです」
これはまさか、呪い魔法の効果なのだろうか?
「お、おいミサが人に支えられてたぜ?」
「何かとんでもない魔法でも使ったのでしょうか」
「教室でやるのは良くないよね〜」
「ハァハァ、大丈夫かなミサお姉様」
ジャンネたちが避難するように教室の隅っこに固まっている。
私のせいじゃないんだけど……
あと何処かから粘つくような気配を感じる。
オシティ先輩から感じる寒気とは別種の悪寒を覚えるぞ。
「ごめんなさい、私のせいで」
やはり呪い魔法だったのか。
どういう効果か定かではないが、割合ダメージか一定ダメージか、そんなところだろうか。
一定ダメージだとしたら、ひ弱キャラのミコルルなんかは即死してしまうのではないだろうか?
何という恐ろしい魔法なのだろうか。
「でも、おかしいですね」
オシティ先輩が首を傾げる。
「先程の呪印は、魔法を使う際の魔力消費量を増やすことで、肉体的に疲労を感じ易くさせるだけの、そんなささやかなものだったのですが……」
呪印ってまた、響きが悪いことこの上ないな。
力の増大と引き換えに次第に支配されて、最終的には仲間を裏切り抜け忍となりそうな、そんな忌まわしい刻印のイメージ。
「どういう魔法を使ったのかしら?」
ええと、火とか風とかを起こすと迷惑かと思って、闇属性の生活魔法を。
「闇属性の生活魔法と言うと……ああ、よる眠れない時に使うアレですか」
そう聞くととても平和的ですね。
とてもこの前惨事を引き起こした魔法とは思えません。
「ううん、これはもしかすると、属性の相性で魔法が変質、いえ、強化が……」
オシティ先輩が額に指を当て俯いてブツブツ呟いている。
恨みます呪いますみたいな……
ちょっと怖いんですけど。
やがてオシティ先輩はこちらを向きニコリと微笑した。
「もし倒れたら、介抱お願いしますね」
「え?」
あの、それは一体……
私が疑問を口に出す間もなく、オシティ先輩の額に先程の私に付いた呪印と同じものが浮かび上がって……
オシティ先輩が椅子ごとひっくり返った。
「オ、オシティ先ぱーい!!」
騒つく教室。
私たちに注がれる視線。
「またミサが何かやりやがったぞ」
「先輩まで巻き込むなんて」
「私たちまで問題児と思われちゃうよ」
「ハァハァ、ミサお姉様素敵……」
だから私じゃないんだよぉ!
顔が抜けるように白いから、倒れると死んでるかのようオシティ先輩。
私も焦りが半端ない。
か、回復魔法……幽鬼って回復魔法大丈夫だよね?
アンデッドみたいに回復魔法でダメージ受けたりしないよね?
「ああ、もうまた! すまないね二年生の子。うちの生徒が迷惑かけて」
駆けつけてきたこのクラスの担任教師は、逞しいオーガの女性だ。
子猫でも持つように片手でオシティ先輩を摘み上げると、容赦なく水魔法を顔にぶっ放した。
「ぶへあっ! ぶほっげほっ」
美女にあるまじき声を出して、オシティ先輩は目を覚ました。
「何でアンタは二年生が来てくれてる時にトラブルを起こすかね?」
青鬼先生が額に青筋を浮かべてオシティ先輩に顔を突きつけている。
オシティ先輩の顔が青いのは元からなのか怒られているからなのか。
「あ、先生。私とてもいい研究テーマを発見しましたの」
「ふうん」
青鬼先生の青筋が一つ増えた。
「こちらのミサさんのお陰ですわ」
「分かった。とりあえずアンタは授業後職員室に来な」
あらまあ、とオシティ先輩は眉尻を下げて私を向いた。
「ごめんなさい。私のせいであなたまで……」
「えっ!?」
そんな話でしたっけ?
「アンタだけだっつーの!」
ですよね。
良かった。
……いや、良かったのかな?
何というか、独特な存在感のある人だ。
三年生おそるべし。




