第二十一話 少しずつでも
修行前のランニング。
ミコルル、アラシュ、ジャンネに私。
いつものメンバーに加えて今日はヒュウガ先生がおいでだ。
少し離れた場所で体を解す先生。
仲良し女子の輪に、さして女子に対する免疫が無い男子が入ってしまったようなものだろうか。
今の先生の心境を表すとしたら“居心地が悪い”だと思うが、大体合ってるはずだ。
なぜここに先生がいらっしゃるかと言うと、気属性を習得するためである。
私から気属性発動のコツを教わった後、先生はあれやこれやと頑張って魔力をこねくり回したらしいのだが、どうにもできなかったそうだ。
カプルコン寺院のメンバーは全員習得し、先生と同じ凡人種の私と後輩も習得した方法。
様々な感情を曝け出すことが習得の呼び水だと言ったのだが。
本当に感情を包み隠さず、祈りも願望と混ぜて爆発させたのだろうか。
先生ってプライド高そうだから、恥ずかしがって半端にやったんじゃないだろうか。
「そんなことはない」
聞けば体育館に鍵を掛けて閉じこもり、思いの丈を全てぶちまけて大声で叫んだりしたのだと。
先生の立場を上手く使った体育館利用だ。
そこまでおっしゃるなら、考えられる理由は、身体を鍛えきれていない、これしかないのではないか。
まさか先生が? と疑問を抱かざるを得ない。
しかしよく考えれば、教師と言えど体育会系の先生もいれば文科系の先生もいるのだ。
ヒュウガ先生の顔が暑苦しく、格好が忍者っぽいからと言って運動が得意と決めつけてはいけなかったんだな。
多分教員試験では体力テストでの遅れを取り戻すべく、筆記やら口述やらを頑張ったに違いない。
ここは温かい目で見守るべきだろう。
「く……思ってたより堪えるな……学生からの生温かい視線というものは……」
先生ファイト!
私は分かってますからね!
「ふう、これが君たちのやっている日課なのか?」
うん、少々先生を舐めていたかもしれない。
うちのパーティーメンバーにやった初期のメニューだと、さすがにぬるま湯が過ぎたようだ。
「すいません、ちょっと軽すぎました。明日は三段階ぐらい上げようと思います」
「そうか、厳しくても構わないから、よろしく頼む」
承知しました。
でも目安が欲しいな。
よし、一つやっていただくか。
「この木を登っていただいていいですか?」
私が指したのは高さ約三十メートルの巨木。
二十メートルを超えるまで枝葉が無く、十メートル地点からオーバーハングしている理想の木だ。
これに水魔法でコーティングをかけるのが正式な修行であるが、今日はデフォルトで登っていただこう。
「かなりエグイ形してやがるな。よし、登らせてもらおうか」
先生は蝉のように大木にしがみつき、両手両足を交互に動かし上へと進み始めた。
「掴まる枝も無いのはキツいな」
先生は独り言ちる。
きちんと木に全身を密着させているのを見るに、体が離れると辛くなるのを分かっておられるようだ。
しかしせっかく忍者っぽいのだから、チャクラ的なパワーで木にくっついて二足歩行で歩けばいいのに。
脚力に自信があるなら足を木に埋め込みながら歩いても良い。
ただし魔法はダメだ。
反則とみなす。
ズリッズリッ、ピタ
ズリッズリッ、ピタ
少し登っては止まり、また少し登っては止まる。
雲行きが怪しい。
まだオーバーハング地点にも到達していないのだが、一息で登る距離が短くなってきている。
「ふー……はっ!」
大きく息を吐いた先生が息を吸い、鋭い呼気と共に体を上に伸ばした。
ズルッ
ああ、足が滑ってバランスが崩れる。
体が傾いてしまった。
立て直せるか。
「ふぬぬ……!」
ザザー
あ〜、完全にグリップを失ってしまった。
復帰不可能と悟った先生は木を一蹴り、後方宙返りで着地を決めた。
「これは、どのぐらいのレベルになるんだ?」
私たちの表情を見てよもや好成績を収めたとは思えまい。
苦い顔で先生が尋ねてくる。
「下、としか言いようがありません」
「まだアタシの方が上に行けるぜ」
遠慮して言ったのに被せてきたジャンネのせいで、容赦なく断じたみたいになってしまった。
「ちょっと、言い方〜」
「二人ともそんな言い方しなくても」
ほら、アラシュとミコルルから小声でお小言をいただいてしまったじゃないか。
先生の顔も引き攣っている。
「いや、ズバッと言ってくれた方が分かりやすくて助かる」
先生は大人だ。
「ほらな」
ジャンネは子どもだ。
ほんと困るなあジャンネさん。
大体君だって修行始めたばかりの頃は、これよりもっと酷かったんだよ。
分かってるのかね?
「試してもらった結果がこんなので申し訳ない。それで、どの辺りまで進めれば上の評価となったのだろうか」
言いにくいこと聞いてくるなあ。
「更に手を加えて登り難くした木を、頂上まで登り切ることです」
でもここでごまかしても仕方ないし、正直に伝えた。
「はは……なるほど。まだ評価を尋ねるのも早いぐらいの最底辺だったか」
お気を落とさず。
そんなに忍者っぽいんですから、すぐにできるようになりますよ。
まずは基礎体力をしっかりつけましょう。
先生には忍者修行マシマシが良いかもしれませんね。
しかしまずは、汗を流したいでしょうから……
「はい、これ」
「何だね? これは」
私は一本の竹筒を先生に渡した。
「これ持って毎日お風呂に潜ってください。最低十分から」
「おい、なんかやべえぞ」
「私たちはあちらへ避難しておきましょう」
「『ついでに、はい』とか言いそうだもんね」
先生は竹筒を矯めつ眇めつ、手で持ち替えながら見つめている。
「十分とは水に潜るにしては少々長いようだが、これで呼吸していいのだろう? そんなのが訓練になるのか?」
イージーモードですよ。
気分転換も兼ねてます。
これが楽々と言うなら次のステップに進みましょう。
さあどうぞ、お風呂に潜って細く長い呼吸でリラックスしてください。
翌日、修行に来たヒュウガ先生に聞いてみた。
「寛げましたか?」
「何のことだ?」
はて?
昨日先生はお風呂に入ってないのだろうか。
いくら先生が野生的なお顔立ちだと言え、野生的と汚いを混同させてはいけないと思うのですが。
ところが聞けばお風呂には入ったし、潜水もしっかりやったそうな。
「どこかリラックスできる要素があったのか……?」
水中で心を鎮め無心の境地に至る。
溶けるような全身を感じられると思ったのだが。
「おいミコルル、お前マジメだからやってみたんだろ? どうだった?」
適当に尋ねたっぽいジャンネの言葉だが、ミコルルは頬を薄く染め斜め上に視線を向けた。
やったのか。
「言ってもらえれば一緒にお風呂入って教えてあげたのに」
「やばいだろ」
女の子同士問題は無いし。
「そういう問題じゃないし」
何を言っているのか。
「それはそうと、どうだったのミコルル?」
「とても苦しかったですよ。もっとスムーズに呼吸できるかと思ってましたが、なかなか呼吸が通らないものなのですね」
「俺もそう思ったぞ。無呼吸よりはほんの少しマシ、って程度にしか感じなかったぐらいに」
ちょっとミコルルぅ、二百秒息を吐き続けて、二百秒息を吸い続ける訓練、ちゃんとしてる?
「何? 君たちはそんな訓練もしているのか?」
「え、ええ。最初は百秒だったのですが、増やされました」
ヒュウガ先生は口をへの字に結んで目を閉じた。
「俺は、どうやらとても小さな世界で足掻いていたようだ」
微表情を読み取れない私にそんな複雑な表情を向けられても、先生が何を考えているかは分からない。
だが先生は何か思うことがあったようだ。
「出遅れたんだ。一朝一夕で高みに至れる思うことが間違っていた。これからもよろしく頼むよ。厳しくな」
ニィと口の端を上げたその顔は、強がりだけで作った表情とは思えなかった。
大丈夫、出遅れなんてことありませんよ。
格ゲーにはおじいちゃんキャラだってたくさんいますから。
ワシの勝ちじゃ!
最後にそう言えればいいじゃないですか。




