第二十話 禁止令
実験開始だ。
ヒュウガ先生の指示のとおり、自分の生命力を闇に包んでいく。
この後で使う貴重な生命力なのだ、と言う意識でやってみて初めて分かったが、闇魔法で吸い取る生命力は、まるで喉に絡んだ痰みたいだ。
気持ち悪くて排出したくなる。
これ、体が本能で再吸収しないんじゃないの?
吸い取られた後、消え行こうとする生命力を気属性で無理矢理集める。
そしてまた闇魔法で生命力を吸い取り、気属性で集める。
繰り返すこと三度。
うえ〜。
「どうした? 辛いのか?」
いいえ、不快なだけです。
我慢できず外に出した。
ふう。
出そうで出なかったクシャミを、太陽の方を向いて見事に出せたような安堵と爽快感がある。
「おい! 何を出した!?」
ハンドボールとバレーボールの中間ぐらいの何かがフヨフヨと浮かんでいる。
青白いし、輪郭が曖昧だから人魂と言ってもいいかもしれない。
ヒュウガ先生たちは恐る恐る、その浮遊体を取り囲み観察している。
「こいつ、僅かに進んでるぞ。念のために上に避けておこう」
「私がやりま〜す」
アラシュが浮遊体を巻き上げようと風を起こした。
「あれ? なかなか動かないなぁ。この! ふーん!」
「お、おい、あまり強い力を加えないでくれよ」
ヒュウガ先生の顔が引き攣っている。
みんなの顔色も段々悪くなる。
嫌な予感が外れることを願いつつも、私とヒュウガ先生も風魔法を下から吹き付ける。
そしてついにはミコルルとアラシュも加わって五人がかりで吹き上げる。
お別れです!
高々と舞い上がった浮遊体に私たちは胸を撫で下ろした。
「いやぁ、なんか知らねーけど良かったぜ!」
「なんか分からないけど良かったよね〜」
「ああ、なんか分からんが良かった……気がする」
イマイチはっきりしない言い方だが、私も同感なので仕方ない。
下手に手を出さず自然消滅を待つか。
みんながそう考えている。
……と決めつけていた。
「ビビらせやがって、コノヤロー」
こういう時にやらかすのはやはり彼女、ジャンネしかいない。
彼女の手からは火の槍が放たれていた。
割と本気の火魔法である。
「バッ……」
カッ!
火の槍が浮遊体に接触した瞬間火の槍は消滅し、浮遊体は一瞬ギュッと縮んで一閃が走った。
あまりにも強い閃光で浮遊体を直視できない。
衝撃波が皮膚を打ち、地面の砂を巻き上げている。
強い衝撃が無くなった後、ヒュウガ先生は呆然と立ち尽くし、ミコルルは自らの肩を抱きガタガタと震え、アラシュはしゃがんで頭を抱えプルプルと震えていた。
この惨事を引き起こした張本人、ジャンネは大の字に倒れ目を回している。
「成功、ですか?」
私は意を決して尋ねてみた。
答えは返って来ない。
重苦しい雰囲気だ。
「……体の調子はどうだ?」
ヒュウガ先生が沈黙を破った。
「ちょっと、気怠い感じです」
風邪の引き始めみたいな感じ。
体に良いやり方ではないみたいだ。
「そんなものか」
私の答えに何を思ったのかは分からないが、ヒュウガ先生は苦々しい顔をしている。
「先輩!」
モルガノ先生とクイラ先生が駆けつけて来た。
「何かあったんですか!?」
パッと見ただけでは分かるまい。
地面に多重円状の、箒で掃かれたような模様ができているだけなのだから。
だが生徒二人がガクブルし一人が伸びているこの有様を見て、何も無かったと判断する暢気者はいないだろう。
「またこの子が何かやったんですね!?」
あ、そんな言い方良くないと思うな。
確かにやったのは私もだけど、それはヒュウガ先生の指示どおりのことだし、浮遊体に火の槍をぶつける誰かさんの暴挙が無ければ、発生しなかったはずなのだから。
「いや、全ては俺の指示によって起きたことだ。彼女たちは、その実験の犠牲者と言っていい」
ヒュウガ先生そんな。
「全てはあいつのせいだ」ってジャンネを指してくれてもいいのに!
「で、何があったか聞かせてもらえますか? ヒュウガ先・輩」
クイラ先生は生徒の様子そっちのけで、実験の詳細を教えろと催促する。
「順を追って説明しよう。だが結論は説明し難い」
「はあ?」
最後の最後は見てませんものね。
「闇属性の魔法で生命力を吸い出し、それを気属性魔法で集中し、放出した」
「ほう、やはり可能でしたか。ではその形状は? 質量は? 速度は? 変化は? 術者への影響は?」
ええと、生命力を闇で包みました。
痰が絡んだみたいで気持ち悪かったです。
我慢して何度か繰り返した後、外に吐き出しました。
青白い人魂みたいなものが浮かび、ゆっくりと前進を始めました。
とりあえず上に打ち上げようとしましたが、中々動かなかったので、みんなで風魔法を下から吹き付けました。
変化はしなかったと思います。
十分上空に移動したと安心した時、そこでノビてる困ったちゃんがかなり強い火魔法を放ちました。
浮遊体と火魔法が接触した瞬間、強い光が発生しました。
間髪入れず激しい衝撃波に襲われました。
そして二人の先生が駆けつけた、という次第でございます。
体調は少しだるいぐらいです。
もう一度やれ、と言われると躊躇います。
体調面でも安全性の面でも。
「肝心な所が曖昧だな。恐らくはその生命力らしき浮遊体が、内包エネルギーを放出したとは推測できるが。火魔法でなければ何ともなかったのか、それとも一定以上の力が加わったらそうなるのか」
その辺りははっきり見ていたとしても分からなかったかと。
何度か実験してみないことには。
「じゃあもう一度」
「ダメだ」
「自分だけ面白そうなことをして、それですか先輩」
「安全な場所と方法を検討するまでは禁止する。君も承知してくれ。他の先生から頼まれても私の名前を出して断るんだ。許可を出す時は必ず私が立ち会うか、直接言いに行くから」
クイラ先生を無視して、ヒュウガ先生は私に向き合い念を押して言った。
私も今すぐやる気にはならなかったし、クイラ先生に言われるままにやるのは良くない予感がしたので、ヒュウガ先生の言葉に素直に頷いた。
こういう時闘神像があったらなぁ。
全てを受け入れてくださるし、気まぐれでアドバイスっぽい声も届けてくださるのに。
あ〜あ。
ジャンネの診察がてらプリン先生に癒やしてもらおうかな。
そう思ってジャンネを担ぎ上げた。
「ちょっと待ってくれ」
モルガノ先生がアラシュに優しく声をかけ、クイラ先生が雑にミコルルを慰め、それぞれ歩き出した後。
ヒュウガ先生が私に寄って来た。
何でしょうか?
何か言いにくそうな顔して。
謝罪ならいいですよ。
むしろこちらからお礼を言わなければ。
今回のことで私もある程度、飛び道具系必殺技の見通しが立ちましたから。
先生は口元を引き締め表情を一転、凛々しい顔つきになって口を開いた。
「俺に、気属性魔法の習得方法を教えてくれないか?」
何だそんなことですか。
ええ、構いませんよ。
むしろ広めなくてはなりませんし。
「そ、そうか。教師たる立場で学生の君から教えを請うのは恥ずかしいことだと思うが、よろしく頼む」
教えってほどじゃないと思いますが。
ちょっとしたコツを伝えるようなものですし。
私は必要なイメージをヒュウガ先生にお伝えし、ジャンネを担いでその場から立ち去った。
後輩から教えてもらえばいいんじゃない? と思ったけど、その考えが愚かだとすぐ思い直した。
そうだよなぁ。
自分の担任する生徒に、教えるべき魔法のことを教わるなんてできないよなぁ。
ましてヒュウガ先生は後輩に手を焼かされているようだし。
よし、私は先生を応援しますよ。
なに、先生なら体力面で不足と言うことはありますまい。




