第五話 願いごと
奥の壁に背中を埋め込まれているような造りだけど、そこからゴバァって出て来そうな迫力ある仁王像。
「威厳がお有りだろう。内には慈愛のお姿で我らを見守ってくださり、外には厳格なお姿で魔物を遠ざける、尊い大地闘神の御本尊が御座されておる」
ゴブシム和尚は大地闘神なる仁王像に拝礼し、私たちに紹介してくれた。
「本日から御許に仕え奉るミサとキャミィでございます。どうぞこの子たちを見守り給い候う」
グワシャッ!
!?
突然和尚が大地闘神像を殴りつけた。
唐突過ぎる乱心に私も後輩もキョトンでハワワだ。
嵐のような和尚のラッシュ。
手足は痛くないのか。
ん? よく聞くとこの音は……!
「あ、姉様!」
堪らず飛び出した私は、拝礼して闘神像にパンチ一発。
ペシッ
あまりにも弱々しい打撃音。
これがこの体の全力か。
ちなみに思い切り殴りつけたけど見た目程硬くない。
感触は洗濯機とか空洞の多い家電を殴った感じ。
和尚の打撃を受けても少しの損傷も生じてないのは何故?
そんなことよりその音だ。
和尚の打撃は紛れもなく強いデュクシ音を発生させている。
私の打撃もあと三倍ぐらいパワーアップしたら、小パンチぐらいの打撃音になりそうな予感がある。
闘神よ、あなたが格ゲー神か?
私は跪き両手を組み祈っていた。
「まだまだ祈るには弱いな。これからしっかりと修行するのだ」
ボコスカを終えた和尚は、祈りを捧げる私の姿に感極まったように目を輝かせ、頭に手を置いた。
そして咳払い一つ。
「順序が入れ替わったが大地闘神の御姿は表裏一体。この姿の真裏は先程まで我らが居った慈愛の御尊顔の前なのだよ」
背面が丸っと埋まってると思ったら、憤怒顔の裏は菩薩顔になっているそうだ。
人々を慈しみ、魔物から守護する、それがこの大地闘神のコンセプトか。
この二つはそれぞれ異なる扱い方が求められている。
慈愛面には日常の生活を見ていただき、憤怒面には闘技を見ていただくのだ。
――って和尚が言っていた。
あのボコスカも錬磨した闘技を見てもらっていたわけだ。
で、何故にそんな荒々しい――内実を知らなければ罰当たりにしか見えない――行為をするに至ったかと言うと。
「この教えの開祖が神託を受けた」
ことに端を発するそうだ。まあ開祖なんて、大体みんなそう言うよね。
……ところがこのボコスカにはきちんと神の見返りがあると言う。
闘神の御心に敵う願いならば叶えてくれるらしい。
目に見える利のある神様ってどうなんだろ?
前世の宗教観とは一線を画すこちらの神様パワーにモヤモヤする気持ちを隠せない。
そんな私の表情を見て補足が必要と思ったのか、和尚は屈んで私に目線を合わせる。
「大地闘神がお認めになる祈りはな、魔物の弱体化と世の平和に敵うことなのだ」
また検証しようの無いことを……と思ったのも束の間。
和尚曰く、「過去大地闘神への祈りが断たれていた時期には、遥かに恐ろしい魔物が蔓延っていた」そうで。
ちゃんとその時の記録があるって言うから、私はこの世界の歴史家か何かを、少し見直したのだった。
ついでに一つ私の勘違いが訂正される。
ゴブリンという種族が、和尚をはじめとするこの信仰の信奉者だと思っていた事柄である。
確かに僧侶としてはゴブリン種が割合多いらしい。
彼らの住む土地柄が影響して何ちゃらかんちゃら。
ただ、信仰自体は人類全体に普及しておると。
ここのように寺を構えていないが闘神像の聳えている土地は所々あり、あちこちで祈りを捧げる野良信者が見られるそうだ。
――本当に信者か? その人たち。
ストレス解消でボコスカやっている可能性は否定できないと愚考する。
だって中々爽快な打撃音ですぜ。
ところで魔物の弱体化効果は闘神像周囲で範囲がある程度定まっていて、人里は闘神像を中心に栄えている所が多いようだ。
「じゃあこの近くには人里が?」
「ここは山深く、人が住む場所に適さぬ」
そうですか……
「だが大地闘神の御威光は闘神像が高所に御座るほど広く行き渡る。ここで祈ることも決して無駄ではないのだぞ」
電波の如き御威光の特性が判明。
基地局や中継局は増えないのだろうか。
「人が作ること能わぬ天の恵みよ」
残念。
「攻撃力の高さと祈りの強さは比例する。まだ幼いお主たちでは祈りも弱かろうが、その分強くなる過程も明確で充実感を得られよう。励むが良い」
強く叩くほど見返りが大きいってこと? 喜ぶの?
それってマゾ……かーっつ!
私は不敬な考えを危ういところで追い払った。
その後、和尚指導で修行と言う名の準備運動を行い、お勤めを見学した。
明日からは修行に耐えられるように本格的な体力作りスタートだ。
和尚の指導は手探りだ。
私たち幼児を相手に修行をさせたことなど無いのだろう。
まずは基礎体力を見る簡単なテストが私たちに課された。
その結果――
まあ子どもらしいんじゃない、って感じだった。
手足短いからね。
速く走ろうと思っても中々前に進まんのよ。
物を投げるのも同じく。
ただ私も後輩も体はとても柔らかい。
いや、プヨプヨって意味じゃなくて。
百八十度開脚とかできちゃう。
半月ZAN! とかやってみたかったのよ。
「満月ZAN!」
カ・ラ・テ・ケンズィー!
知ったか後輩の痛過ぎる間違い。
もう一度やるか
やらんわ。
「な、何すか姉様……そんな冷たい目で見て」
誤解だ後輩よ。
どんなダサ技だろうと私は愛を注げる人間なのだから。
ところでこの柔軟性が歳を重ねるごとに損なわれていくことは、私は経験的に知っている。
文字通り痛いほど。
だから今、鉄は熱いうちに打ての精神でグニグニと体を曲げる。
しかし面白いぐらい柔らかいな。
フニフニフニフニ×2
どうせならジャングルの王者みたいな銃弾避けちゃう系の軟体を目指そう。
「体柔らかい女の子って可愛くないっすか?」
君の感性は私に馴染まぬ。
同意を求めないでくれないか。
とにかく後輩も思うところあるようで、柔軟を手抜きせずやっている。
「よしよし、素直で良い子だ。お主たちは」
和尚が目を細めて私たちを見る。
お世話になってるんですから当然ですよ。
でもここ以外の人とか生活を知ったら、何か外に向ける目的を持ったら、私の心はどう変化するのだろう。
ふと気になって、和尚に不義理を働かないか自分で自分が心配になった。
そんな心配の答えは、案外すぐにやって来た。
私と後輩は今、闘神像の前に来ている。
和尚は外出中だ。
私たちに祈りはまだ早い。
それなのにここに来た理由は。
「願いごと聞いてもらいたくないっすか?」
その誘惑に負けてしまったということである。
えいっ!
ペシッ
「あ、抜け駆けは良くないっすよ! ――? 何をお願いしたんすか?」
私の落胆顔に気付いた後輩は声のトーンを落とした。
「元の世界に……夢の我が家に戻してって」
「そりゃあ、まあ。生き返らせてくれってのは、さすがに無理があるっすよ」
そんな困った顔させるつもりじゃなかったんだけど。
後輩は何か話題の転換を図るように、目をキョロキョロさせている。
「あ、でも姉様の今の反応って?」
そう、私が落胆したのにはワケがある。
「ええっ!? そんなまさか……」
俄には信じられないでしょう。
でもやってみるといいわ。
「ほ、ホントっす!」
何故か後輩がめちゃくちゃ興奮している。
「あなた、何お願いしたの?」
「世界が」
「世界が?」
「可愛くなりますようにって……そしたらピンポーンって」
なんじゃそりゃ!?
私の時は“ブブー”って音が聞こえたんだけど!
“大地闘神がお認めになる祈りはな、魔物の弱体化と世の平和に敵うことなのだ”
和尚のあの言葉。
――可愛いが魔物弱体化、若しくは世界平和に繋がったのか?
これは、ひょっとすると……
私は心に一筋の光が差すのを感じた。




