第十五話 エール
ハア
ハアハア
ハァハァハァ
最近女子クラスメイトの溜息が気になって仕方がない。
いや、悩み多き年頃だろうから、溜息の二つや三つ吐くことはあるだろう。
だが違うのだ。
彼女たちの溜息は私が前を通ると吐き出される。
憂いを帯びたようなものは、気にはなるが許せる。
しかし、興奮を抑えるような激しいものや、発情期の犬猫がするようなものなどを向けられるのは、一体何を思えば良いのか。
嫌がらせされてるのとは、何だか違う気がするから咎めることもできないし、かと言って彼女たちが他の子に対しても同じことをやってるかと言えば、そんなことはないのだ。
ほらまた、廊下で私に気づいた子がハァ、と息を吐いた。
これも彼女たちが罹患した病気なのだろうか。
困ったものだ、と、つい私までハーアと溜息が出てしまった。
「明日は隣の四組との合同授業です。模擬戦も予定されているんで、だれが当たってもいいように体を解してきてくださいね」
お、合同授業だって。
実技を交えた授業をこうして複数のクラスで行うのは、何度か予定されていることらしい。
競争心を刺激したり、クラス間の交友を図ったりと、それなりの目的があるそうだ。
いいじゃないか。
ジャガノス君以外の逸材が発掘できるかもしれない。
何だったら模擬戦とやらに立候補するのも良いかもしれないな。
ん、やる気出てきたぞ!
「ふふ、なんだか楽しそうですね?」
タクララちゃんだ。
焦げ茶色のショートヘアに白のヘッドドレスが良く似合う、ハウスキーパーの可愛い女の子。
鷹のハーピーなのに子犬みたい。
「分かる? 明日は隣のクラスと合同授業なんだって。凄い才能が見つかるかもしれないんだ」
「ミサお姉様がお認めになるような凄い人が、いるのでしょうか?」
そりゃいるよ。
いなきゃ困るよ。
上目遣いで不満げな顔をするタクララちゃん。
なぜ?
「見学とかできないのかな? 見てみればきっと分かるよ」
「わあ、それは素敵ですね」
目を輝かせた彼女は、一転表情を悲しげに曇らせた。
「でも、お仕事があって抜けられそうにありません……」
そっかあ、残念。
まあ機会があったら見に来てよ。
「はい。その時は全力でミサお姉様を応援しますからね」
それにしても私のことはミサとかミサさんでいいんだけどな。
タクララちゃんてば、最初はミサ様なんて呼ぼうとしていた。
それをなんとか妥協させてミサお姉様に落ち着いたわけだが、もうちょっとレベルを下げさせとくべきだった。
すっかりお姉様呼びが慣れたようで、今では改めさせ難くなってしまった。
「ありがとう。じゃあ恥ずかしいトコを見せないように頑張らなきゃね」
とりあえず呼び名のことは頭の隅に追いやって、私はタクララちゃんの頭を撫で撫で。
彼女の照れ嬉しそうなはにかみ笑顔が堪りませんな。
ハァハァ
はっ! この息遣いは!?
目線だけを動かし確認すると、部屋の扉を少しだけ開け、私とタクララちゃんを見て息を荒げるクラスメイトが……
ゾワゾワッ
タクララちゃんだけでもあの視線から逃さねば。
私は背中を這う悪寒に耐え、彼女の姿をクラスメイトの視線から背で守った。
「では、お勉強頑張ってくださいね」
「ありがとう。タクララちゃんもお仕事頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
お仕事中の彼女に別れを告げ、私は修行をしにパーティーメンバーの元へと向かった。
「おう、待ってたぜ!」
「いえ、私たちもちょうど集まったところですよ」
「ジャンネはせっかちだからね〜」
やる気があるのはいいことだ。
そろそろランニングを本当の準備運動とする時期に来ただろうか。
まあまあ走りが様になって来た三人を見て思う。
ここにもお寺にあったような便利アイテム、ハイパーアーマーのような物があれば、と。
レアなので魔物から入手しようと思ったら、卒業するまでお目にかかれないかもしれないし。
学院の備品で何か無いかな。
明日の授業が終わったらモルガノ先生に聞いてみよっと。
「明日の合同授業だけどよー」
修行後の食事タイム。
ジャンネの食べっぷりは気持ちが良いので、密かに食堂のお姉様方のウケが良い。
でも口の中に食べ物が入ってるのに喋るのはお行儀が悪いぞ。
隣のアラシュが自分の方に食べ物が飛んで来ないように、ジャンネの頬を押している。
頬がムニってなることに構わずジャンネは笑顔で話し続ける。
「四組ってよー、クラスぐるみで自主練してるそうだぜ。きっと手強いに違いねえよ、なあ?」
「もうクラス全員とっくに元どおりになってますしね。さすがはクイラ先生率いるクラスです」
クイラ先生って、あの人か。
知らない人が見ると、中学とか高校に迷い込んだ小学生みたいに見える、ロリっ子女性教師だ。
「モルガノ先生のことすっごいライバル視してるんだって。明日は荒れるよ〜」
見た目は全然釣り合ってないけど。
ライバルだなんてそんなことあるかな?
「模擬戦なんつって、その実は代理戦争だなんて言われてっからな。是非ともアタシを指名してほしいもんだぜ」
ジャガノス君出せばいいんじゃない?
バーサーカーモードからのヘッドクラッシュで蹴散らしちゃえば。
もしあれをあっさり攻略できる人がいるならチェックしときたいし。
「私は見学でいいかな〜」
「私も。まだ手の内を明かす時期ではないでしょう」
「んだよ、つまんねえなあ」
剣を触りながら言うんじゃないよ。
人斬りが授業で許されるわけないでしょうよ。
それと、手の内を明かすも何も弱いじゃんミコルル。
オワタ式から脱却できたのかね?
私も未だにクラスメイト全員の能力や格ゲー適性を把握できるとは言い難いので、これを機にしっかり見ておきたいものである。
食事タイム終了。
食器を片付けつつお姉様方に挨拶。
ごちそうさまでした。
今日もおいしかったです。
「ミサちゃん、明日は合同授業ってやつなんだって?」
あれ?
私そのこと話しましたっけ?
「タクララちゃんに聞いたんだよ」
なんと、ハウスキーパーさんは休憩時にこの食堂を利用しているらしい。
食堂のお姉様方と同じまかない料理をいただいているそうな。
ミノンさんたちは、タクララちゃんには引っ込み思案な子という印象しかなかったようだ。
そんな子が最近ニコニコしてるから話しかけてみたら、私と言う共通の話題に至ったそうだ。
エゴサーチには興味ない私だが、自分を話題にしていると言われると少しは気になるものだ。
「あの子はすっかりミサちゃんのファンだよ。もちろん私たちもね」
食堂は忙しいが、ミノンさんの言葉に気づいた他のお姉様方もウインクをしてきた。
「大きな催し物にミサちゃんが出るなら、私たちも応援に行くからね」
私の話題と言うのも好意的なもののようだ。
ホッとする一方、変な話題を心配したことを申し訳なく思って、私は誤魔化すように笑った。
「ごっそさん! うまかったぜ!」
「ごちそうさまでした」
「おいしかったです」
「まいど、ありがとね。さ、ミサちゃん。お友達に置いてかれるよ」
あっと。
私は再度ごちそうさまでした、と言い頭を下げると、三人を追って食堂を後にした。
夜、ふと気になって座学の復習。
光属性の魔法で手元を明るくして本を読む。
余談だが、光属性は導きとかはね返すとか、どちらかと言うと強い意思を抱いて発動させる魔法だ。
カプルコン寺院から送り出してくれたみんなのためにも頑張らなきゃ、って気持ちは前からあった。
それに加えてミノンさんたち食堂のお姉様方や、タクララちゃんといった、私を応援してくれる人からも力をもらった。
そんな気分になって、ふと机に向かいたくなったのだった。




