第十四話 学院で働く人々
たのもー。
私は白木の一枚引戸を開けた。
中では割烹着を着たお姉様方が椅子に腰をかけ、それぞれ自分の肩を揉んだり伸びをしたりしている。
ここは学生食堂。
約二百席を設えたこの食堂は、放課後には腹を空かせた食べ盛りの学生たちでごった返す。
その忙しさを毎日凌ぎきるお姉様方は、正に調理のプロフェッショナル。
私が至ることのできなかった、料理の鬼の極地に足を踏み入れておられる方々なのだ。
飢えた学生たちの腹を満たし終えたお姉様方は、今各々寛いでいらっしゃる。
「あらミサちゃん、今日も来たんだね」
「今日も賄いを見学に来たのかい?」
「いいですか? あ、これお土産です」
魔物のドロップ肉を渡す。
料理の手解きを受ける立場としての、ささやかな授業料のようなものである。
「あら、いいのかい? ……まあ、高級そうなお肉!」
「あらホント。すごいわぁ」
「自分で獲って来たドロップ品なんで、お気になさらず」
「可愛い顔してるのに、やっぱりここの学生さんなんだねぇ。魔物を倒したってことだろう?」
もちのろん。
「こんな高級品に見合う料理の腕じゃないけど、良かったら見てっておくれ」
見学許可ゲット。
料理長のミノンさんをぴたりとマークだ。
ミノンさんはじめ、お姉様方は学食の料理と謙遜して言う。
しかし彼女たちの作る料理は高級なホテルバイキングぐらいにおいしいのだ。
私だけの感想ではない。
おぼっちゃま、お嬢様の集まりである当院の学生から高評価を受けている事実から、彼女たちの腕前は察していただけることだろう。
煮込み、灰汁を取り、炒め、鍋を振るう。
洗練された技術というのは見る者を惹きつける。
ミノンさんが鍋の中の肉野菜を一欠片も零さず宙を舞わせるのを、私は食い入るように見つめた。
「ふふ、そんなに見つめられると照れるねえ。そうだ、ミサちゃんもやってみるかい?」
す、とミノンさんは鍋を差し出した。
いい機会だ、私の至らぬ所を指摘してもらうとしよう。
ミノンさん仕様の鍋は重い、が、今の私なら振るうことは可能だ。
ちなみにミノンさんは二十代後半独身女性、種族はオーク。
身長百九十センチメートル、体重××キログラム。
バスト・ウエスト・ヒップはボン・バン・ドカンで、流れた目尻が麗しい、オーク基準ではかなりの美人さんだと思われる。
若いのにこの大きな食堂を仕切る料理長とは大したものだ。
「わあ、凄いじゃない。ちょっと十代前半の料理の腕前とは思えないねえ!」
お姉様方が私の周りに集まり褒めてくれる。
これでも家政婦の中ではトップクラスと自負しておりましたから。
それでもお姉様方の誰にも及ばないのだから、世の中は広い。
「本当ねえ。可愛くて賢くて強くて、料理もできちゃう。いいお嫁さんなんかに収まったんじゃあ、もったいないかもしれないねえ」
そうか、今ミノンさんの価値観が分かった気がする。
こんな料理上手で美人のミノンさんが独身な理由も。
いい男紹介しますよ、って言えなくなっちゃったじゃん。
ごめんねトンダ。
その後、食堂で少しの議論が起こった。
私が賄いをご馳走になるかどうか、という話に端を発したものである。
「女の子の体型はすぐ崩れちゃうんだから、喜ぶからってあまりホイホイ食べさせちゃダメなんだよ!」
「分かってないねえ。伸び盛り食べ盛りって言うだろう? このぐらいの歳の子は食べた分だけきっちり伸ばせるんだから」
「横にもだろ!」
「んなこたあない!」
アワワアワワ……
どこかで聞いたような話だが、自分がその話題の主役に躍り出ようとは。
私は二つの案の折衷、出来上がり品から少しずつ摘み食いすることでお茶を濁すことにした。
おいしかった〜。
ごちそうさまでした!
自分の部屋に戻る間にピカピカの廊下を通る。
行き届いた清掃だ。
私が掃除をする隙も無い程に毎日きれいに保たれている。
私の部屋があるフロアの担当は、まだ若い女の子だったと記憶している。
大したものだ。
今度会ったらお礼を言っておこう。
「……誰が、こんなことを……」
悲しそうな顔をするのはエプロンドレス姿の女の子。
年齢は十二、三ぐらいの、私のフロア担当の子だ。
その視線の先には床や壁に飛び散った染みが。
……ごめん、それ多分ジャンネの仕業だわ。
食堂のシチューとパン持ち帰ってクッチャクッチャ食べてる時、くしゃみして撒き散らした汚い染みだわ。
食べカス拾わせて、ある程度拭かせたつもりだったけど、薄暗い時間だったから染みになりそうな汚れまで見えなかったみたい。
しかし派手に撒き散らしたんだな。
茶色く薄めた液体をバケツでぶち撒け、乾いちゃった見た目を呈している。
これは、ハウスキーパーさんに対する嫌がらせのように思われちゃうかもしれない。
よし、しょうがない。
お手伝いするか。
「ごめん、それ同級生がクシャミして飛び散らせちゃったんだ。わざとじゃないよ」
「え、あ、あなたは?」
私もエプロンドレスに着替えて掃除参戦。
女の子は私が同僚じゃないことを知って慌てて止めようとするが、もう洗剤も雑巾も用意したからいいんだよ。
「うわぁ……いやらしいシミだと思ったのに、もう綺麗になっちゃいました……」
そうだろうそうだろう。
止める間も与えずササッと拭いて汚れを落とした私の横には、ピカピカに戻った壁床を見て驚いた様子の女の子。
お寺でもほぼ毎日掃除をしていたんだ。
今なら掃除神にも負けないのではないだろうか。
私は胸を張って悦に入った。
「……はっ! あの、ありがとうございました! 私のお仕事なのに手伝わせちゃって……」
いいんだよ。
私の友達がやらかしたことだし。
ところで君、若いのにいいお掃除しますね。
「あ……ありがとうございます」
照れ照れしちゃって、可愛らしい。
アラシュをもっと大人しくした感じ。
声ちっさい。
この子の名前はタクララちゃん。
ハーピーの女の子。
リーレイが雀みたいなのに、この子は鷹。
ハーピー内でも格の違いとかあるのだろうか?
鳥としてはタクララちゃんのが強そうだけど、リーレイよりずっとか弱そう。
家政婦をしてる辺りなどシスターズを彷彿とさせるが。
わずか十二歳で働きに出ている彼女。
裕福とは言えないが、貧困に喘いでの出稼ぎというわけでもないらしい。
あくまで社会勉強の一環なのだと。
タクララちゃん曰く、ここのハウスキーパーは採用枠が少なく競争率が非常に高かったそうだ。
敷地は広いが給料は高めだし、校則があるから変なことを言う学生もほとんどいない。
それゆえ一生懸命お勤めせねばと、掃除を頑張っていたらしい。
私が自身をお嬢様じゃないと、掃除などの家事一切は毎日のお勤めだったと言うと、大層驚いていた。
「えへへ、なんか、親しみを感じちゃいます。……あ、すいません! 失礼ですよね」
「あはは、何で失礼なの? そんなことないよ」
学生の身分でのほほんと生きているのに比べて余程立派だよ。
堂々としたまえ。
よし、君には特別に私が愛用していた、オリジナル洗剤の配合を教えてしんぜよう。
重曹とクエン酸の洗剤だ。
間違いなく重曹なのか?
とか言われると困るけど、重曹っぽい粉は水に溶かして温めるとシュワシュワするし、苦くてしょっぱいから多分そうだ。
クエン酸も酸っぱいし。
油汚れは重曹を。
水垢やトイレの汚れはクエン酸を。
混ぜて使うこともあるよ、って感じのレクチャー。
「ほえぇ、す、凄いです〜」
タクララちゃんからのキラキラ視線がむず痒い。
まあ君の普段のお掃除で、現時点何の問題も無いけどね。
どこか別の場所を掃除する機会があったら使ってみるといいよ。
それにしても、申し訳ないことだがペットっぽい可愛さのある子だ。
一年生の女子寮に行くことがあったら、キャミィって奴に目をつけられないように気をつけるんだよ、と助言しておこう。
それから私とタクララちゃんは、寮で顔を合わせると笑顔で話し合う間柄になったのだった。




