第二十一話 遠くから見るだけ
猫耳の女の子がすっと立ち上がった。
「ごめんなさい。姉たちが騒がしくて。狭いですけど、座って休んでください」
猫耳の子は八歳ぐらい。
後の犬顔、兎耳の男の子二人は六歳ぐらいだろう。
大人しいが人見知りするわけではなさそうだ。
「ごめんなさい」と声を合わせて言ってくれた。
こちらこそごめんね。
お家に押しかけて引っ掻き回すようなことになってしまって。
「ラーニャお姉ちゃんがリーレイお姉ちゃんを咎めるのは、お門違いだと思うんです」
ん、話してくれちゃうの?
あなたたちの恥とは思わないけど、ハーピーさんの擁護意見のようだから是非聞かせてほしい。
「リーレイお姉ちゃんは、捨て子の私たちを養ってくれてるんです」
やっぱりそういうことなんだね。
このお家にこの家族構成は。
「毎日朝から夜まで働いて、それでも生活はいっぱいいっぱいです。でも泥棒を仕事にしてるってことはありません。お店で働いてる姿を覗きに行ったこともあるんですから」
飲食店でウエイトレスみたいなことをやっているらしい。
確かにウエイトレスとか、若い一従業員じゃ、朝から晩まで働いても家族五人生きていくだけで精一杯と言うのは納得だ。
けどね、お姉さんが盗みをしたことは事実なんだよ。
「家には余分なお金なんてありません。贅沢だってしたことありません。それでもリーレイお姉ちゃんが悪いことをしたのであれば、どうにもならない理由があったんだと思います」
うんうん、そうだよね。
それは分かるよ。
私は「それは犯罪をして良い理由にはならない」と言う言葉をグッと呑み込んで聞いた。
ところで君はその“どうにもならない理由”に心当たりがあるのかな。
いや、心当たりがあるからこそ、あのラーミアっぽい子もあんな追及の仕方をしたのではなかろうか。
「この前、リーレイお姉ちゃんが留守の時に変な人たちが来ました。『アガリを受け取りに来た』って言って、凄く嫌な笑い方する男の人たちが」
なるほどね。
「アガリの意味は分かりませんでしたけど、その時ピンと来たんです。リーレイお姉ちゃん、こっそり溜息吐いたり、突然涙を流すことが多くなったのは、ひょっとしてって」
――あのいつもアハハーって笑ってるリーレイお姉ちゃんが――って悲しそうにモノマネして説明してくれる。
で、そのカツアゲに来た男たちが帰った後に、ラーニャさんが調べるって言い出したらしい。
そして盗みをやっているようだ、という結論に至り、追及したのがさっきの出来事というわけだ。
「あなたたちがリーレイお姉ちゃんを探していた本当の理由は分かりません。でももしあなたたちに何か力があって、お姉ちゃんを捕まえようとしているならもう少し時間をもらえませんか?」
「私たちは捕まえるとか、そういう組織の者じゃないよ。ところでどうして? その時間で何をするの?」
「この前来た変な人たちがお姉ちゃんに何かしているはずです。突き止めてやめてもらいます」
止めもせず、私は彼女たちの家を出た。
この子たちの姿勢をハーピーさんが見ることで、思うこともあるだろう。
久しぶりの逸材かと思ったが、今回は勧誘ムリかもしれない。
次探すか。
後輩が何か言いたげだ。
冷たい奴とか思っているかもしれない。
だけど私たちは実際ハーピーさんとほとんど関わりが無い。
そんな私たちが説教したところで、彼女の心に響くものは無いと思える。
後味の悪さだけが残る気がするのだ。
「あ〜あっ!」
「ど、どうしたんすか姉様?」
んー? どうにもならない出来事への不満を吐き出してみただけ。
「宿に戻ろうか」
トンダに頭をクシャクシャと掻き撫でられ、私は彼の手をペシッと払った。
宿に戻って、スライメン先輩と和尚から調査の進捗具合を聞いた。
仕置きとやらはいつでも発動できるが、ついでに解決した方が良い問題ができたとのこと。
もうしばらく町に滞在することことになった。
何もしなかった翌日が過ぎ二日後、私たちはスライメン先輩と町の見学に出た。
見学と言ってもスライメン先輩はどこにも寄ろうとしないし、何処かへ真っ直ぐ向かっているような足取りだ。
私も後輩も沈んだ顔をしてるはずだけど、それを気にした様子もない。
「さあ、ここで見ているといい」
小高い丘の木の上に登らされた。
スライメン先輩が指差す方は高い塀に囲まれたお屋敷。
遠目で細かくは見えないけど、時代劇で江戸の奉行が裁きを下す所に似ている。
誰か来たな。
罪人か、それとも訴えか。
ん? あれってハーピーさんに似てない?
「彼女はこう言っている」
前を向いたままスライメン先輩が話し始めた。
何だ?
「妹たちが拐われました、助けてください」
ドクン、と私の心臓は跳ねた。
スライメン先輩の一人語りは続く。
「ふむ、そちと妹たちは捨て子のようだが、そんなのを拐って何か利があるものか?」
「それは……」
「怪しいな。そちは何か悪事に加担しておるようだ。ここで調べを受けてもらおうか」
「なんで……まさかグルで」
「知らんな。隠しごとがあるなら早々に吐くが身のためぞ。そちにも、四人の妹弟たちにもな」
スライメン先輩がそこまで言うなり、奉行所への来訪者は外へ飛び出した。
「さあ、行こうか」
一体スライメン先輩は何をどこまで知っているのか。
むしろこの人が黒幕で事態をコントロールしているのではないか。
そんな風にさえ思えてしまう。
「先輩の液属性魔法だ」
私の懐疑的な態度が外に出てしまったのか。
和尚が説明を始めた。
液属性って、水属性とは違うんですか?
と思っていたら、目の前をニュッと水の帯が通って行った。
目で追うとそれは三つぐらいに分かれて、またくっついて、最終的にスライメン先輩を形作った。
町の門の前で変な水溜まりがあったアレは、スライメン先輩の分体だったらしい。
あの時は分体に和尚が到着を告げて、液体になった先輩本体がさっと私たちの前に現れて来たのだと。
分かりました。
よく分かりました。
超チートだわ。
バッタベース改造人間ヒーローの、ブラック氏の変身後に匹敵する。
怒りの王子バージョンだ。
無効ではないが、物理耐性大、炎以外の魔法耐性大、液体化で色んな場所への潜入もできるそうだ。
「先輩は『この人一人いればいいんじゃないか』と言われた程の有能な方だ」
それは分かります、って言うか知ってますよ。
よく似た名言がありますから。
この人は格ゲーキャラに入れてはいけない。
格ゲーなのに大魔法、特殊能力乱発の画面真っ白タイムオーバー系の戦闘が発生してしまう。
とにかくスライメン先輩の黒幕説は解消された。
でもそれなら急がなきゃハーピーさんが危ない。
その場で斬り捨て御免なんてやられたらシャレにならないぞ。
丘を下りて屋根を飛び飛び現場へ向かう。
現場には誰もいない。
「ハーピーの女性は五人のならず者に捕まって連れて行かれた。町外れに向かっているようだ」
もどかしい!
スライメン先輩なら先回りできそうなのに、なぜに後手に回るのか?
すぐ殺されることはなさそうだ、と言ってたけど卑劣漢が何をするか予想なんて当てにならない。
急ごう。
向かった町外れはハーピーさんたちの家とは対角に位置する倉庫街。
カタギの人なら絶対に近づかない、昼なのに暗い雰囲気漂う不気味な場所だった。
倉庫内はやはり不良の巣窟だろうか。
謎の木箱が積まれて奥に親玉が腰掛けているのだろうか。
ご丁寧に見張りらしきチンピラが一人立っている倉庫がある。
「私が行こう」
ニュルン、とスライメン先輩が動く水溜まりになってチンピラに近づく。
足元から這い上がる、水溜まりことスライメン先輩に気づいた時には既に遅し。
チンピラはカクンと頭を垂れ居眠りしているかのように、壁にもたれ座らされた。
ううむ、格ゲー適応不可かと思ったが、卑怯枠での参戦ありかも。
見張りのいなくなった倉庫前で、私たちはその屋根に登った。




