第二話 地獄編開幕!?
来たわ……異世界。
目の前に二本足で立つ怪物いるもの。
「ひ、ひいっ! 食われる、犯されるっすー!」
隣で腰を抜かしてる幼女、後輩みたいだな君は……
とにかく幼女の言いたいことも分かる。
怪物は痩せていて子どもみたいに小柄だけど、皺だらけの顔で鷲鼻で、口が大きく牙もある
――まんまゴブリンだもの。
人間を攫って女を苗床にする、討伐依頼の絶えないファンタジーゲーム定番の雑魚モンスター。
ゲギャ、とかグギャギャ、とか言って醜悪な笑みを浮かべるのだろうか。
「どうした幼い子らよ。親に捨てられた……姉妹か?」
は?
いや、二重に「は?」なんですけど。
幼女もキョトン顔してるし。
ものすっごい知的な声色に澄んだ目。
知性の光が溢れてるわ。
いや、まあいいけど。ゴブゴブしいゴブリンじゃなくて歓迎だけれども。
それより何よ、「姉妹か?」って。
まさか……
「ゲンゾー」
「その呼び方やめてほしいっす」
幼女=後輩、確定。
目の前の幼女こと後輩の体を見る。
まじまじと。
次に自分の手足を見る。
はい私も幼児だった。
あ〜。
頭を振って後輩の目に映った自分を見る。
くそが……
顔立ちは少し違うけど、姉妹に見えんこともないわ。
私四歳、後輩三歳ぐらいの。
「姉様……!」
同じことに気づいたらしい後輩の頭をスパーンと叩く。
「こらこら、姉は妹を庇うものだぞ。幼児ゆえ折檻はせぬが、仲良くするのだ」
ん?
私の心に何かが引っかかった。
何だろうか。
まあゴブリン氏の言うことは尤もだ。
真実はともかく今の私たちは幼女、それも姉妹のようなのだから、大人のゴブリン氏にとっては心痛む暴力だったろう。
……普通にいい人っぽいぞこのゴブリン。
「食べない? 犯さない?」
思い出したように震える後輩に、私は思わずヘッドロックを極めていた。
「こらこら! まったく姉妹揃って何と言う……いや、余程不憫な育ち方をしたのだな」
おや? 何やら勘違いをされてますか?
いや、勘違いとも言えないか。
私もこんな幼女の育ち方知らんからね。
「共に来なさい、幼い姉妹よ」
一礼してゴブリン氏の後について行く。
後輩の不安そうな眼差しは無視無視。
やがて着いたのは寂れた平屋建ての――
「お寺?」
寺と立派な古民家の違いはよく分からないけど、屋根の感じとか全体的な雰囲気とかは私の知る寺そのものだ。
「ほう、幼いのに寺を知っているのだな。まあ雨風を凌ぐ程度だが、さっきの場所よりは良いだろう。ここの住職は拙僧ゆえ、遠慮はいらんぞ」
「お邪魔します」
「む、礼儀を知っておるか。良いことだ」
感心されたわ。
小さい子ってこういうトコお得かもね。
居間に通される感じで案内されたのは、柔和なお顔立ちした菩薩っぽい像の立つ広間。
「飲み物でも持って来よう。休んでなさい」
勧められるまま、今は幼女こと源蔵と座っている。
「ね、姉様〜」
「何が姉様だ」
調子乗ってるな。
まだ怖がってるくせに。
ん? ところでコイツはじめから私のこと美冴って認識してた?
「ねえゲンゾー」
「キャミィっす」
「ゲンゾ」
「キャミィっす」
「ゲン」
「キャミィ」
「ちっ」
「いいじゃないっすか! 転生っすよ! 異世界幼女転生! ビバ、幼女系TS!」
「いつの間に性別特定したのよ。変態め」
「おっと! 名実共にキャミィとなった私に、そんな暴言は通用しないっすよ」
何というコイツに都合の良い事実か。
主人公か。
……おっと脱線したわ。
「ところであなた、何でこんな姿の私のこと分かったのよ」
「そりゃ……何となく先輩の面影があるしぃ、一緒に異世界転生したんだってピンときたっすもん」
「じゃあ、あなたのその顔も」
「ちっさい頃の私っすね。ちょっと西洋風の顔立ちにはなってるみたいっすけど。より可愛くなってるからグーっす」
グーって……古……二十代前半だったくせして。
「ふぅ、しかしまいったわね。体は小さいし、浮浪児みたいな身なりだし。ロクな境遇じゃなさそうじゃない」
「うぅ、王宮暮らしが……逆ハーレムルートが……」
何じゃそりゃ。
乙女ゲーム脳か。
「まあゴブリン氏が意外と良さげな人だったんで助かったけど」
「あの人ゴブリンじゃないんすかね? いや、まだゴブリンキングに命令された知能派のゴブリンメイジとかの可能性も……」
「考え過ぎよ。そんな回りくどいことする意味無いわ」
「それはそっすね。なんせ今や無力で可愛い女の子なんすもの」
う、うぜえ。
中キックでも食らわしてやろうかと思っていると、お盆を持ったゴブリン氏が戻って来た。
「待たせたな。白湯で申し訳ないが少しは温まろう」
よく見たら皺の多い顔も優しいお爺ちゃんみたいじゃないの。
醜悪な、とか思ってすんません。
「さて幼な子たちよ、遅れたが自己紹介でもさせてもらおうか」
お、ゴブリン氏のお名前頂戴。
――て、自分の名前どうしよう?
「拙僧の名はゴブシム。見てのとおりゴブリンの修行僧だ。三十という若輩者ながらつい先日、このカプルコン寺院の住職を任せられた。今は寂れたこの寺も、遠からず一廉の寺にするのが目標である」
ゴブリンじゃん。
いやもう色々突っ込みたいところあるけど、とりあえずお爺ちゃんとか思ってすんません。
そしてまたどこか心に引っかかるものを感じながら、私はゴブシム和尚にあれこれ尋ねることにした。
「私はキャミィ、こっちはミサ姉様っす。親は野盗に襲われて死んだっす。大分歩いたからここがどこか分からないっす」
あ、こら! 勝手に設定決めてから!
「そ、そうか。幼いのに大変だったな……」
ほら、ゴブシム和尚も変な顔してるじゃん。
お前見た目三歳なんだからな。
「ううむ、凡人種の子も案外成長が速い。それはさておき、お主たちは身寄りが無いのだな。ならば――」
後輩の適当設定に何故だか納得してくれた。
そして和尚は私たちにここに住むことを許してくれた。
この世界のゴブリンは聖人ですか?
小坊主的なポジションで置いてくれるって。
ありがたやありがたや。
「さて、拙僧は粗食に慣れておるが、お主らにひもじい思いをさせるのは忍びない。ちと食料を得て来ねばならんな」
山菜とか? 私も行きますよ和尚。
「いやいや、待っていてくれよ。魔物を狩るのだから」
ええ〜、やっぱり魔物いるんだ。
「うげ、平和な世の中じゃないんすね。分かってたっすけど」
後輩も顰めっ面だ。
「あ、でも剣と魔法の世界は歓迎かもっす」
一転笑顔で呟く後輩。
脳天気か。
同行は和尚にダメよされて不本意ながらお留守番である。
「姉様〜、魔法使いましょうよ」
「姉様じゃないし」
「いやいや、日頃から設定守っとかないと変なトコでボロ出るっすよ」
さすが日頃から女コスで男ファンを騙してただけある。
その言葉は私の心に容易く染み込んだ。
「仕方ない。今日から私はミサ、あなたはキャミィ……くそ!」
「そんな悔しがらなくても。まあそれよりも魔法魔法。はぁーあ、ファイア!」
こっそりエネルギー弾を撃とうとする子どもを想起させる後輩の行為。
痛々しい沈黙が片手を前に突き出した後輩に刺さる。
「メラメラ! ギラギラ! 炎柱波! フレイム! 火焔!」
恥の上塗りとは正にこのこと。
って言うか何故火属性ばっか?
そんなに燃やしたいのか?
恩人の住まいだぞ。
「くっ、MPが足りない!」
うるさいわ。
「和尚も魔法があるとは言ってないでしょうが。そんなことやってないで、お世話になるんだから私たちはできることするわよ」
「できること?」
「あなたも一人前の家政婦でしょ……とりあえず掃除からやりましょ」
「風の精霊よ……」
「早くする」
「oh、さらばチートよ」
それから私たちはこのお堂と周囲を探して掃除道具を調達した。
室内用の箒と雑巾っぽいボロ布は見つけた。
水は井戸、巨大な水甕もある。
石畳用の箒はその辺の棒切れに腰の強い草を巻き付け自作。
後は身に刻まれた掃除術が私を動かす。
「おおう」
「うわぁ」
「ふぎゃぁ!」
やがて帰って来た和尚はピカピカになったお寺を見て感嘆し、私と後輩は和尚の担いで来た二つ首の人面鳥を見てビビったのだった。




