第二十七話 神像と大地闘神
神像は当然ながら動かないし喋らない。
それなのに皆の脳に展開されたイメージは神像の記憶であり、また思考であることを、何も言わずとも誰もが理解した。
――神はこの世界の人類が強くなることを強く望んでいる。
神がこの世界に生誕した時、地上は魔物で溢れていた。
神はやがて知る。
魔物は三魔像の瘴気と、空気中に漂う魔力と言う万能素粒子により発生する霊的存在である。
その性質は生物を害することであり、強い生命反応を優先して襲う傾向にある。
既に一切の生命が滅びた土地もある。
三魔像が何故世界を滅ぼしかねない魔物を生むのかは分からない。
神は生まれてきた世界を守りたかった。
しかし神は地上のものを直接害することはできない。
そこで神はまず三魔像の瘴気を軽減することにした。
魔物に滅ぼされた生命の骸や風化した自然物を、長い年月をかけ集結させ、それを核として瘴気を吸収させた。
次に魔物の脅威に耐えており、稀に神の意思を受け取れる種、人類に魔物と戦う力をつけさせようとした。
魔力を使い様々なことを起こせると知ってもらい、身につけた力を碑石に蓄積させた。
瘴気の軽減により魔物の弱い地域が出てきた。
魔物への対抗力を高めた人類はその生存圏を拡大させた。
やがて神像を祀り、碑石を神の碑文として管理する教会が組織された。
人類は魔物と拮抗し、長い年月が流れた。
なぜ今、世界に魔物の大氾濫の脅威が迫っているのか――
「瘴気を吸収させていた核が、足りなくなっている」
「魔物にやられた生物の無念を核にしているならば、魔物が第一に狙う人類が死ななくなれば、その核が少なくなるのは道理と言うわけじゃの」
神像の思考に触れたブダゴルラが愕然と零し、教皇が唸った。
「しかし、この子、ミサが神の碑文を殴ったことで神は何かを思いつかれた」
「神様って攻撃を受けることはできるんっすね」
「碑文を通じて攻撃を受けた神はそのエネルギーを蓄え、違う力に変換させ放出できるのではとお考えになられた」
ミサはそう言うと一礼し一殴りした。
「おお」
「神が喜んでおられる」
ブダゴルラと教皇が感嘆を漏らした。
喜ぶのはどうよ?
カッツォたちは思った。
とにかく神像がミサを呼んだのは、魔物抑制の新たな可能性を伝えたかったことに加え、これほどに人類が強くなっていたことが嬉しく、当人に直接会おうと思ったためであった。
「姉様は神の碑文ってのを殴った時に、こちらの神様が大地闘神の前身だと気づいたんすね」
「ん、そういうこと」
ミサがここを過去の世界だと判断した理由だ。
「神様神様、私たちとゴブシム和尚、キャミィの三人は、この時代に迷い込んでしまった未来の世界の人間です。どうか未来に帰してください」
「クワ!」
自分もなんですけど!?
レベッカは鳴いた。
「レベッカも……いや、そんなことよりこのメンバーの前でよく堂々と今帰りたいって言えるっすね」
「クワ……」
そんなことよりって……
レベッカは鳴いた。
「今すぐとは言ってないわ。でも私たちが未来に生きてるってことは、この時代の人たちが頑張ったんでしょ? なら放っておいても大丈夫なんじゃないかしら」
ミサは涼しい目で教皇やルケアたちを見た。
篤い信頼などないが、冷たくもないフラットな眼差し。
自分の言葉を疑っていない者の目である。
カッツォは喉元まで出かかった何かを感じている。
「異世界転移にタイムスリップ……どうなってんのよ、この世界」
「異世界転生もっすけどね」
「え? 何か言った?」
「何でもないっす」
「あ! 僕たちももしかして……!?」
突然カッツォが興奮気味に神像を見上げて言った。
「元の世界に、帰してもらえる?」
カッツォの言葉を聞いて、サジとローラは顔を見合わせた。
何で、と言いかけたサジの言葉が聞こえないほどカッツォは前のめりになった。
「ねえ、神様だったら願いを叶えること、できるよね?」
「……それはどうかしら」
カッツォの期待顔をじっと見て、ミサは冷静に答えた。
「私たちは和尚を探してこの時代に意図して来たもの。帰り方もある程度分かるつもりよ。でもあなたたちの場合は、私とは違う方法でこの世界に来たんでしょう? ……なら私には分かりかねるわ」
「う、うん、そうだよね……」
「どうした、ミサ? 普段のお主らしからぬ言い方だが。――カッツォ殿、まあ一度祈ってみれば良いではないか。さあ、やり方ならば拙僧がお見せしよう」
基本的に親切な心根のミサにしては冷たい言い方だ、とゴブシムは思った。
(不安なのか? ――いや、それも無理なきことか)
親子のように一緒に過ごしてきて、幼少期からずっとしっかりしていた子だったと記憶している。
しかし、まだ彼女は大人の手前、多感な時期の少女なのだ。
突然親代わりの自分が失踪し、見つけたのは別世界とくれば、多少不安定になっても仕方ない。
ゴブシムは温かい気持ちでミサの頭に手を置いた。
「和尚、そんな子どもじゃないんですから」
少し照れたようなミサの様子にゴブシムは安堵した。
そして、「お願いします!」と言うカッツォたちの言葉を受け、祈りについて教示し始めた。
その後、教皇は勇者三人とルケアに連れられ王都に帰った。
教皇を置いて勇者たち四人はすぐ聖地に戻って来た。
王都では早くも祈りによる魔物の弱体化が効果を発揮しており、四人は祈りに関する調査の継続と、ミサたちへの協力を教皇から申しつかったのである。
「へえ。良かったじゃないっすか。元の世界に戻れるなら」
「まあね。でもけっこう時間かかっちゃいそう」
ローラは参ったわ、と肩を竦めた。
聖地に戻り祈りを捧げていたローラたちにも、ようやく希望する未来が見えてきた。
即ち、元の世界に戻りたいと言う願いが叶えてもらえそうなのだ。
ただし、ある条件と引き換えに。
「神像の分体となる種子を各地に安置し、根付かせる」
ルケアは使命に瞳を燃え上がらせている。
「そう言うこと。まあ、勇者として王国のお墨付きがある私たちに適任と思うわ」
「新進気鋭の最年少司教、ルケアの協力もあるしな」
「うぅ、からかわないでくださいサジさん。――――コホン。ええ、やりましょう。ブダゴルラさんも一緒に、この世界の全域に」
「うむ。それがしもな。互いの種族の壁を壊しながら進めようではないか」
ルケアが手を差し出した。
ブダゴルラは強く握り返し、カッツォたちもそこに手を重ねた。
彼らは世界を巡る旅に出る。一種の布教活動と言えるだろう。
既に広く信仰されている教えが基になっていることは、彼らの活動を幾分楽にしそうである。
「じゃあ、私たちはこれで」
「お先に失礼するっす! 元の世界に戻ったらメゾン格ゲーを探しすといいっす」
「こら!」
「??」
ゴブシム、ミサ、キャミィは先に元の時代に帰る。
別れの挨拶を交わす中でキャミィが何か言いミサが咎めたが、理解できた者はいない。
「きっとあなた方がこれから為すことにより、拙僧どもが暮らす平和な世の中ができるのだな。未来の世で決してそれを忘れまい」
ブダゴルラと礼を交わし合い、カッツォたち一人一人と握手をしてゴブシムは微笑んだ。
カッツォたちは笑顔で、或いは涙を浮かべ別れを告げた。
神像に向き直ったゴブシム、ミサ、キャミィが魔力を振り絞る。
それぞれの最大威力の技を神像に捧げるのだ。
「じゃ」
「バイバイっす〜」
「さらば」
神像の前に発生した小宇宙に三人は消えた。
「そりゃあんな馬鹿げた魔力だったら時空間も歪むわ」
「俺らには……なるほど、無理だな」
ゴブシムたちを見送った面々は、顔を引き攣らせ笑った。
「さて、僕たちも行こうか。エンディング後の世界を見回る気分だけど」
「変わりませんねカッツォさんは」
これから五人の長い旅が始まる。
勇者三人とこの世界の二人とは、やがて別れる運命にある。
それでも今は旅の楽しみだけ思うように、五人は笑い合った。




