第二十六話 熱くなれよ
「姉様、ここが目的地なんすよね? そろそろ教えてもらってもいいっすか? 何を知ったのか」
神像の前に立ったキャミィが、横に並ぶミサに問うた。
「姉様……?」
ミサの礼が終わらない。
彼女の顔を覗き込んだキャミィは、教皇がルケアと共に神像の前まで来ていることに気づいた。
「儂が困っておった時、ちょうど通りかかったミサ殿とレベッカ殿に助けられてのう」
教皇が口を開いた。
まだミサは礼を終えない。
キャミィはそのまま教皇の独白を聞くことにした。
「何とも不思議な少女ではないか。魔物では無い何かを連れ、平穏な王都で『魔物の気配が強い』やら、明らかな神職である儂の前で『祈りをサボっているのか』と言う。興味が湧いた儂はミサ殿にあれこれと尋ねてのう」
(教皇様はお話好きですからねえ……でも何をされてるのでしょうか、キャミィさんのお姉様は)
教皇の長話の気配を察知したルケアは、自分もその間祈りを捧げようと胸の前で手を組んだ。
教皇は続けて語る――
神に仕える者としてミサに何かを感じ取った教皇は、彼女に宗教的な質問を幾つか投げかけた。
ミサは大地闘神と言う神のことを語り、祈りにより魔物の脅威が薄れ、人々が平和に暮らせると言った。
教皇として宗教の歴史も深く学んだつもりの彼をして、そのような神のことは聞いたことも無い。
ミサは見たところ人間だが、もしや魔族なのか。
恐る恐る探った。
魔族とは何ぞやと言う所から説明するとは思わなんだが。
すると魔族も同じ人類だと鼻で笑われた。
ミサの語る世界はまるで夢想。
それは現実と全く違っていたが、妙に心にすんなり入って来た。
自身の信仰が揺らぎそうな教皇は、ミサに頼みこみ教会の客人として正式に招いた。
ミサとレベッカが教会を拠点に人探しを始めしばらく、やがてレベッカが神の碑文の場所に行き着いた。
レベッカはけたたましく鳴き、ミサはダンジョンコアみたいな波動、と呟いた。
教皇は驚いた。
彼が止める間も無くミサは神の碑文を殴りつけていたからだ。
なぜか殴ったミサも驚いていた。
そして彼女は言った。
神が待ちきれなくなっている、魔物が溢れる、と。
同時に教皇も宣託を受けた。
その強き者を連れて来い、と。
「神の御意志は相変わらず厳かで、心に響くものだったのじゃが、どこか弾んでいるようにも感じた。目の前の少女、ミサ殿にその要因を求めることは自然であろう? とするとミサ殿が言った魔物のことも、軽々しく扱えることではないと判断したのじゃ」
そこで教皇は急ぎ旅支度をし、ミサと共に聖地へと出立したのだった。
教皇が語り終えると程なく、ミサも礼を解き顔を上げた。
(なんて澄んだ瞳なのでしょうか。これはまさしく、信仰に生きる方の瞳)
ルケアから見たミサの横顔は、まさに敬虔な信徒。
ルケアは、ほうっと溜息を吐いた。
ミサは深く深呼吸をする。
そして腰を落として
(えっ?)
右手を前、左肘を引き拳を握り
(えっ? えっ?)
神像に見事な正拳を突き刺した。
「ほげえぇぇぇっ!?」
ルケアの隣にいたローラは、初めて人が漫画のように目を飛び出させているのを見た。
カッツォもサジも、ルケアの女子らしからぬ悲鳴に驚き、おかまっぽい姿勢になってしまった。
「何を奇怪な声を上げておるのじゃ。儂がついさっき言ったじゃろ、ミサ殿が神の碑文を殴ったと。聞き流しておったな」
教皇が呆れた様子でルケアを咎めた。
確かに教皇の話は長いから、と聞き流してはいた。
さりとてまさか祈った神像をいきなり殴るなど、誰が想像しようか。
当事者のミサは何か納得したようで一礼している。
カッツォたち勇者組とブダゴルラは驚いているが、キャミィとゴブシムは「なるほど」と頷いている。
ルケアは嫌な予感がした。
グワシッ
ドガシャッ
デュクシッ
(やっぱり!!)
辛うじて声に出すことを堪えた。
何故この人たちは神の御姿に攻撃を加えるのか。
「おお、喜んでおられる」
嘘をつけ
ルケアはゴブシムの言葉に心の中で悪態をついた。
「むむ、これはまことに」
「正気ですか!?」
ゴブシムの言葉は部外者だから仕方なかろうが、教皇まで神像への暴行を肯定するとはこれ如何に。
ルケアは思わず突っ込んだ。
「ルケア!?」
ルケアのキャラが変だ。
ローラは彼女を心配した。
「さあ、あなたたちも。この神は求めていますので」
(あ、悪魔の誘いです)
「ルケア司祭、騙されたと思ってやってみるのじゃ」
(本当に騙されてたら破戒僧もいいとこですけど)
「ふん!」
「あっ!?」
ブダゴルラが覚悟を決めた漢の顔で掌底打を当てた。
ルケアから見ると彼の顔は驚愕に染まったが、後悔の色は無い。
「お、俺もやってみようかな」
「私も……」
「じゃあ、僕も」
勇者三人も神像に攻撃した。
「な、何よ!」
「そんな」
「がくっ」
何故か三人は落胆を見せた。
「もう! 本気でやってやるんだから! ……ルケアもやりなさいよ! 見てるだけなんて許さないんだから!」
勇者三人は魔力を高め全力攻撃の準備を始めた。
ルケアも固く目を瞑り迷った末、聖帯を締め直し拳を振り上げ神像に突進した。
「やああああっ!!」
バスッ
やってしまった。
這い出でる背徳感がルケアを襲う――はずだった。
もっと本気でやれよお!
こんなもんじゃないだろう!?
え? 空耳か?
「手抜きなんてしたら、神様ががっかりするんじゃない?」
見透かすような目を向けミサが言った。
「手抜き、なんて」
口籠もり反論しようとするルケアに取り合わないつもりなのか、ミサは神像に向き合い礼を取った。
彼女の発する研ぎ澄まされた気は聖地にあってなお、輝くように鋭く清い。
彼女が放つのは目で追えない連撃だ。
目で追えないのだが、一撃ごとに弾けるその“気”は美しく、ルケアは聖女の祈りをそこに見た。
「い、意外にもミサちゃんは格闘派なんだね」
「格闘派って言うか格ゲー派っすけどね」
「え?」
「何でもないっす」
神像にはキャミィが魔法メインで攻撃をし、ミサが打撃技を浴びせている。
ゴブシムは二人の成長に頷き、微笑みながら打撃と魔法を織り混ぜ繰り出した。
三人の攻撃は祈りである。
それを感じ取ったのはルケアだけでなく、ブダゴルラも教皇も同様であった。
ブダゴルラは涙を流し、教皇でさえも真剣な面持ちで神像への攻撃を開始した。
カッツォたちは強い魔物を相手にする時のように、三人協力して神像に攻撃をしている。
放たれた魔法が途中で重なり新たな効果を発揮し神像を撃つのを見て、ゴブシムは唸った。
「ほほう。新しい祈りの形式だ」
「連携攻撃……タッグバトルも、う〜ん、あるから、ありかな?」
「祈りは一人で、って言うルールはボクらの大地闘神だけなんすかね?」
ミサたちは興味深そうに勇者組を観察し、各々呟いている。
(ええ、もう覚悟は決まりました! 私も本気で、な、殴りますから!)
攻撃はあまり得意ではないが、それが神への祈りと言うのなら全霊を傾けよう。
「はあっ!」
殴る殴る。
だが神像はまだ不満そうだ。
「アーウィンはまだまだ本気じゃないぜ」
「? アー……何ですか?」
ミサがボソッと何か言った。
ルケアは聞き取れずに問うた。
「あなたの得意なことを拳に込めて祈るといいわ」
問いへの答えなのか、全く関係ないことなのかルケアに判断はつかない。
しかしミサの言うことはルケアを開眼させるに十分だった。
(私の得意な……回復の魔法を拳に込めて)
回復で攻撃する。
矛盾するその方法をルケアは、自分でも意外な程素直に受け入れられた。
「はぁああ!」
正真正銘の本気。
前進する勢いにブレーキをかけ力を溜め、両腕に集約させた力を叩きつけるように両掌を突き出した。
精進せいよ
ルケアの胸に新たな感動が押し寄せていた。




