第十九話 虎穴に向かうだけでも
頭上で錫杖を自在に回転させるブダゴルラに近づくことができない。
「接近戦が得意な奴には飛び道具って話よね!」
ローラが魔法を撃ってカッツォを援護する。
「法師様!」
しかし後方のドワーフたちが土の盾を作り、ブダゴルラの前へと浮かべた。
土の盾はローラの魔法ですぐ砕けるが、ブダゴルラまでは攻撃を通さない。
「何よ! それなら、サジ!」
「おう!」
魔法を防がれて悔しそうにするローラだが、ミナテミスと戦闘訓練をしていた時には魔法を封殺されるなど日常であった。
すぐに気持ちを切り替え攻撃の手を緩めずサジとの連携を図る。
サジは弓を引き絞りドワーフに狙いを定めた。
「む、この気の高まり! 皆々、己が身を守れ!」
言うが即座にブダゴルラは錫杖を振り下ろし地面を抉った。
石礫や土煙が舞い上がる。
それらは魔法の作用で空中で留まり簾の様に広がった。
「目隠しか!? けどそんな小細工ごと吹き飛ばしてやるぜ!」
サジは構わず矢を放った。
ボッ
およそ矢の貫通音とは思えぬ音を立てて土の簾に大穴を空け、奥にぼんやり見えている巨漢の胸を貫いた。
簾の向こうで巨漢の影が倒れる。
「っしゃあ! ……?」
拳を握り締めたサジは、ふと月明かりが僅かに翳ったような違和感を覚えた。
「上だよ!」
叫ぶと同時にカッツォは跳躍した。
月を覆い隠すのはブダゴルラの巨体。
サジを上から急襲しようとブダゴルラが舞い上がっているのだ。
カッツォはサジを守らんと、ブダゴルラの更に上から兜割りを試みる。
「むうん!」
カッツォの攻撃は失敗。
防御で振り上げられたブダゴルラの錫杖を受け止めたが、圧に耐えられず吹き飛ばされた。
しかしその攻防がサジの回避を成功させる隙となった。
「カッツォ! 大丈夫か!?」
サジは地面を転がりながら友人に声を掛ける。
「なんとかね……でも」
追撃を防ぐためローラが魔法を発射していたが、ブダゴルラは後方宙返りをしながら避けきった。
「あいつ……パワー特化型かと思ったら……」
「ああ、すっかり騙されたぜ。機敏だし、魔法も使いやがる」
「空蝉の術みたいな技使ったし、忍者みたいよね」
「忍者! ……くっ、羨ましい」
(? 何が羨ましいのでしょうか? それよりこの場を収める方法は……)
地面を転がり体を打ちつけたカッツォを回復しつつ、ルケアは考える。
戦闘は初期位置から仕切り直す形だが、良好な手応えを感じた魔族側に対し、やや押され気味だったこちら側。
早めに降参したらどういう反応が返されるのだろうか。
(とりあえず呼び掛けてみて……)
「法師様!」
突然ドワーフの一体が声を上げ、ルケアの黙考を破った。
振り返ったブダゴルラはやや上を向いている。
空から鳥が一羽、なだらかに下りてきた。
「伝鳥を使うとは……法師様、何が起きたのでしょうか?」
「――これはいかん……おのれ、魔物を使うとは卑怯なり」
鳥の脚に結ばれた紙を見るなりブダゴルラは肩を震わせた。
距離を置いたカッツォたちには、向こうの言葉は途切れ途切れにしか聞き取れない。
ただ、魔物がどうのと言われ怒りを示されると、このまま隙をついて攻撃するのは躊躇われた。
「法師様! ここは我らに任せ皆をお助けに向かってくださいませ!」
「だが、それではヌシらが……」
「覚悟の上! ここで散ろうとも必ずや足止めはしてみせましょう!」
魔族たちは何やら悲壮感を漂わせ始めた。
カッツォたちはますます戸惑っている。
「……っ、すまん! ここは任せた!」
(あ? え?)
ブダゴルラは一言発すると猛然と走り去った。
カッツォたちの前には手足を震わせたドワーフたちが、武器を構えて四人を睨んでいる。
カッツォが一歩踏み出した。
ドワーフは一歩下がる。
ローラが杖を振り上げた。
ドワーフはビクッと過敏に反応し頭の前に武器を構えた。
サジが呟いた。
「これは」
ローラが後を受ける。
「勝てる」
一斉攻撃を仕掛けよう。
三人が目配せし呼吸を合わせ揃って踏み出そうとした、その時。
「待ってください!」
突然発せられたルケアの大声に敵も味方も動きを止めた。
「何だ?」
「どうしたのルケア?」
視線は敵に向けたままローラたちが尋ねる。
ドワーフたちは構えを解かない。
「あの! ……話し合いを、しませんか?」
緊張で唾を飲み込み、つかえながらもルケアは言った。
「はあ!?」
「ルケア! どうしたの!?」
カッツォはルケアの正気を疑っている。
「悪魔の甘言か!」
「どうせ罠だろう!」
ドワーフたちはますます警戒している。
「私たちは、あなたたち魔族のことを、魔物を操り人の世に不幸を撒き散らす存在として教わってきました!」
ルケアは敵味方どちらの言葉も受け入れつつも、それを撥ねのけるように言った。
両陣営が暫しの沈黙に支配される。
「お、」
先に沈黙を破ったのはドワーフだった。
「お前らこそがそうだろう!! 魔物を使って人類を滅ぼそうとしている悪魔め!!」
「何言ってんのかしらあいつら?」
「盗人猛々しいって言うのか?こういうの」
「微妙に違う気がするけど……言いたいことは何となく分かるよ」
(いや、分からないでほしいのですが。はあ、しかしやはり、あちらも本気で……私たちと同じ考えを持っているのですね)
ルケアは仮定していたことをより確信に近づけた。
すなわち、魔族と人類はどちらも魔物を操ってなどいないと。
病の原因と言う説もデタラメだろう。
一体どうしてそのようなデマが広まったのか疑問だが、この場において気にしている余裕は無い。
「私たちは互いを誤解しています! 武器を下ろし、話し合えば、間違いに気づけるはずです!」
言いながらルケアは流れる気配を読んだ。
残念ながら味方の方には一歩引いたような冷たい空気が漂っており、相手側には怒りと困惑が渦巻いている。
「もしかして、洗脳系の魔法?」
「ルケアに耐性が無かったってことかな?」
思い切って言ってはみたものの、味方でさえ彼女の異常を疑っている。
さてどうやって事態の進展を図ろうか。
ルケアが頭を悩ませていると。
「ふ、ふざけるのも大概にしろ! 現に法師様は魔物の氾濫を知らされ救援に向かったのだ! お前たちがここに現れると同時の氾濫だ! 幼子でもその関連性は理解できるぞ!」
「はーあ!? 魔物の氾濫? 知らんし!」
「俺らがそんなことできるわけねえじゃん!」
ローラとサジが目を吊り上げて反論する。
「いえ、皆さんよく考えてくだ……」
魔物の害を本気で気にしているドワーフに気づいて、と言おうとしてルケアは言葉を止めた。
「お二人のおっしゃるとおり、魔物については私たちに利用する術はありません。むしろこの方々は魔物退治の専門家です」
また何を言い始めたのか、とカッツォたちもドワーフたちもルケアに視線を集めた。
「魔物でお困りなのですよね? では……私たちをそこへ連れて行ってはいかがでしょうか」
「はあ!?」
全員の声が揃った。
批判、困惑、拒否……肯定的な意思は全く感じられない。
それでもルケアはたじろがない。
ドワーフたちに語りかける。
「信用できませんよね。では、こういうのはいかがでしょうか」
「ねえルケア、落ち着こうよ」
嫌な予感を得たカッツォがルケアを止めようとする。
ルケアはカッツォに微笑みを返した。
(分かってくれたかな?)
カッツォも微笑んだ。
笑顔が少しぎこちなくなってしまったのは仕方ないだろう。
「私を人質にして一緒に向かう、というのは」
「分かってなかったぁ!!」
カッツォは地面に両手と両膝を突いて嘆いた。
サジとローラは目が点になっている。
ドワーフたちは動いていない。
まだルケアの言葉を理解できていないようだった。




