第十八話 魔族を追え
「太陽だ!!」
天に御座する太陽を受け止めるかのように両手を高々と上げるのは、身長百二十センチメートル位だが肩幅が広く胸板の厚い、豆戦車といった風貌の男だ。
今、男は目の前に神がいると言わんばかりの感激を示している。
ふと、男の視界の端に身構えたカッツォたちが映った。
総毛立つ、という言葉のとおり身震いし、伸び過ぎた縮れ毛や胸元まである髭を逆立たせ目に恐怖の色を浮かべる男。
カッツォたちはその様子に気づいておらず、動き出すべき時を探り緊張している。
「あ……」
男は一歩後ずさった。
「悪魔だあぁぁぁっ!!」
脚をもつれさせながらも転ばぬよう耐える男の必死さ。
罠にしては真に迫り過ぎている。
カッツォたちは後ろを振り向いた。
やはり何も居ない……が、戸惑いまた言い知れぬ恐怖を感じる。
そして男を追えないまま数十秒が経過して、ようやくカッツォが肩の力を抜いた。
「悪魔って、僕たちのこと?」
「多分。それよりもあれ、魔族だよな?」
「多分。ドワーフって奴じゃない?」
「そうですね多分。子どもみたいな背の低さですけど、骨格が人間じゃあり得ない……骨太な感じでした」
「まあドワワノフさんも似たような体格だったけど、あんなに子どもじみた背丈じゃなかったもんね」
四人は改めて顔を見合わせる。
「体調はどう?」
「今のところ何ともありません」
「感覚も……そうね、いつもどおりだと思うわ」
「接触したとも言い難いし、こんな短時間だからさすがに影響は出ないんじゃね?」
「それもそうかもね」
(あれが魔族……思ったより、いえ、ほとんど忌避感なんて感じませんでした。これは……)
ルケアの迷いや悩みは三人に伝わらない。
「山の向こうは魔族が住んでました、ってか」
「追いかけたら魔族の土地に行けるってことだよね」
「悪魔って言うほどビビってたってことは、さっきの奴らが来たエリアなら私たちも通用するってことよね?」
彼らは先刻までの魔族への恐れを忘れたのか、逃げたドワーフらしき者たちを追いかけようとしている。
(どうすべきでしょうか……)
ルケアは魔族のことを知らねばならないと思っている。
だが、逃げたように見せて罠かもしれない心配や、突然魔族の地に行けることとなった困惑だとかで考えがまとまらない。
目の前にできた先の見えない山の空洞の暗さがまた、彼女の心に不安を掻き立てた。
「よし行こう!」
カッツォが覇気を漲らせた。
ルケアの不安など欠片も気付いていないことだろう。
「退路はしっかり確認しながらな」
「もし待ち伏せされてるようなら、私が全力で魔法ぶっぱして逃げればいいわよね?」
三人の話し合いの結果、坑道に入ることが決まった。
念のため入口には獣等が入って来ぬよう岩を並べ目立たなくした。
身体には感覚を鋭くする魔法をかけ、明かりを灯した。
後ろから敵襲も無いだろうと最後尾を任されたのはルケアだ。
進んでも目の前に生み出した魔法の光は明るいが、振り向くと入口から差し込む光は頼りなげに細くなっていく。
背後の光が見えなくなると帰りの道標まで消える気がして、彼女は振り返るのをやめた。
入口付近にはドワーフの遺留物らしき靴やツルハシが落ちている。
そのツルハシで山を掘削したのだろうか。
ドワーフがツルハシを振り上げられる位に坑道には高さが確保されている。
先頭を行く最長身のサジは少しばかり頭上に気をつけなければならないが、その他のメンバーはほぼストレス無く進むことができた。
四人は慎重に進む。
しかし魔物は出ず罠も無い。
澱んだ空気に外の新鮮な空気が混ざってきた。
何も起こらず出口に来たのだと悟ると誰もが拍子抜けしたが、その先が魔族の領土だと思い起こすと緊張の糸を張り直した。
坑道に入ってから何時間過ぎていたのか、既に外は暗そうだ。
外で何が待っているか分からないから、と四人は光を小さくし出口へと向かった。
一番に坑道を抜けたサジが手で招く。
カッツォは剣を構え右を向くと、ローラも杖を両手にしっかり握って左を向いた。
山を越えたこちら側も雷鳴が轟き毒々しい瘴気が噴き出しているが、敵の気配は無い。
三人は肩の力を抜いて顔を見合わせ微笑んだ。
そんな中ルケアだけは空を見上げている。
(どこも違わない……)
人類の生存域とは全く違う、それこそ異界とやらを想像していたこともある。
しかし最近思っていたことを裏付けるかのように、魔族の領域も自分たちの住む世界と同じであるようだ。
ルケアは目を閉じて胸の前で手を組んだが、彼女の悩みが晴れることは無かった。
とりあえずこの不気味な山から少し距離を置いた方が良いか。
いや、休むなら坑道に入った方が良いかもしれない。
四人はこれからどうするか話し合っている。
「しっ!」
突然サジが口の前に人差し指を立て、三人に手を突き出した。
ザザザッ、と複数人が駆けてくる音が聞こえる。
坑道に入ると落盤が怖い。
かと言って身を隠せる場所は見当たらない。
迷っている内に人の話し声も聞こえてきた。
「こ、こっちだぁ法師様」
「承知した。…………む、何かいるぞ!」
怯える声と警戒を含んだ野太い声がする。
小人――恐らくは先程逃げたドワーフ――三体と巨漢が一体。
小人は怯えた様子で周囲をキョロキョロと見ながら巨漢の先を走っている。
その四体以外の後続は無さそうだ。
「出るか」
「うん」
数の不利が無く心理的優位にも立っていると判断して、カッツォたちは岩の陰から飛び出した。
「おい!」
「あ、あの!」
カッツォとルケアの呼び掛けは同時。
だが戦闘を前提としたカッツォと、対話を始めようとしたルケアでは声質が全く異なる。
「で、出た! 出ましたよ法師様!」
「む、この殺気! うぬらがこの地に血を齎す災禍か!」
当然迷いのあるルケアの声よりも、鋭く大きなカッツォの声が相手の耳には容易く入った。
対話を望める状況ではない。
「む! いきなり目眩しとは卑劣な!」
敵の容姿や装備を詳しく知ろうと光を浴びせたことも、相手の敵対心を余計に煽った。
そんな相手の心理に気づかずローラたちは敵を見る。
注目すべきは巨漢である。
袈裟を開けさせ腰まで下ろし、錫杖を手にしている。
僧侶風の装いも気になるが、問題はその身体だ。
硬そうな黒毛が腕から背部を覆い、胸と腹は黒光りする筋肉が盛り上がっている。
特に胸板は四角い鉄のブロックが二つ並んでいるように見え、離れてみても威圧感がある。
その毛並みと言い体つきと言い、袈裟を着たゴリラと言って過言ではない。
そして頭部であるが、これは一言、豚面。
そう、顔はブタ、体はゴリラ。
「ブ、ブタゴリ……」
「お、恐ろしい奴め! 悪魔の技でブダゴルラ法師の名を見抜いているぞ! 法師、お気をつけて!」
「……面妖な力を持つか、招かれざる者どもよ。それがしの信心を以て止めようぞ」
巨漢の名はブダゴルラ。
危ういニアミスだった。
互いに摺り足で間合いを図る。
ブダゴルラが後ろ手でドワーフたちに後退を指示した。
肩を怒らせて斧やツルハシを構えていたドワーフたちは、少しホッとしたようにジリジリと後ろへ離れた。
「前衛ゴリラ僧戦士×一、後衛ミニマッチョ戦士×三」
「戦士、戦士、戦士、戦士? バランス悪くね?」
「補助で固めたワンマンパーティーかもっ。油断しないでよ」
「むんっ」
「おわっ!? それ武器なのかよ! 棍棒みたいに使いやがって!」
ブダゴルラの振るった錫杖が三人の雑談を遮った。
六角の錫杖が空を切る音は相当な重量を感じさせる。
それを軽々振るうゴリラ並みの体は伊達では無さそうだ。
刃筋を気にせず振るえる棍は動きの幅が広い。
カッツォは剣士としてそれを見抜き、苦戦を予感せざるを得なかった。




