第十六話 意外と身近に?
「こんにちはー。俺の弓できましたかぁ? ドワワノフさ〜ん」
サジが弓の修練を始めてしばらくすると、ミナテミスは弓を作る技工士、弓師を彼に紹介した。
今サジが訪ねている家がその弓師、ドワワノフの作業所兼自宅である。
「やかましいのぅ。そんな大声で言わんでも聞こえとるわい」
「あ、すんません!」
うるさいと睨まれてサジは直立して謝った。
ドワワノフはローラの目の高さ程しか背丈がないのだが、筋肉による体の厚みが凄まじく、その短躯を感じさせない迫力がある。
肩の辺りなど筋肉が盛り上がり過ぎて首を埋め、後頭部下まで装甲されているのだから恐ろしい。
(怖いわー。百二十パーセントじゃん、あれもう)
指で空気を弾くだけで攻撃になりそうな外見だ。
かの人物の序列がB級だと聞いた時には驚いたものである。
「ほれ、手に取ってみい」
サジが下らないことを考えている間に、ドワワノフが弓を持ってきていた。
「うわ……!」
手にズシリと重みが伝わる。
木目があるのにサジは鉄を持っているのかと錯覚した。
「この弦に耐えられる素材だから重いぞ。それと、それなりに撓るしコイツ自体に回復力も備わっているが、最大限に引いてもここよりあと指を広げた分ぐらいだ。一日一回までにしておけ」
背筋と上腕の筋肉を収縮させ、ドワワノフは弓を引いた。
彼の腕の長さだと目一杯に引いて、プラス十五センチメートルと言った具合だ。
サジが引くと目一杯プラス指一本分が弓の限界になりそうだ。
何度も限界まで引くと、弦よりも弓自体が壊れる可能性があるらしい。
「ええ……そんなんで大丈夫なんすか?」
「あん?」
「あ、いや、不満があるわけじゃなくてですね。弓引いていきなり壊れたら戦闘中シャレならんつうか」
下から睨め上げてくるドワワノフにサジはゴクリと喉を鳴らした。
(ヤ、ヤクザかよ……)
腰の引けそうなサジにドワワノフは背を向けた。
「こいつはそこまでヤワじゃねえ。ほれ、試しに撃ってみろ」
ドワワノフに渡された矢は木製、的は岩だ。
(こんなんじゃ矢が折れて終わりっしょ)
サジはそう思ったが黙って矢を受け取った。
「ふっ……あ?」
矢を番え弓を引こうとしたのだが、あまりの硬さに僅かばかり引いた所で弦が戻ってしまった。
「あ、あはは、手が滑って……もっかいやります」
コイツ大丈夫か、と言いたげに白い目を向けるドワワノフと目を合わせないようにして、サジは気を取り直して再び弓を引く。
「ふっ、ん!」
思い切り引いた。
それでも肩は内側に入り胸が張れない。
今これ以上は無理だ、とサジはそのまま狙いをつけ矢を放った。
唸りを上げて飛んで行く矢の、負圧に引かれるようにサジが前のめりになる。
(うお……!)
よろけかけた彼が目にしたのは、岩に衝突した衝撃で体を殆どを粉砕しながらも、鏃を岩にめり込ませた矢の勇姿だった。
「マジか!? めっちゃすげえ! ……あっ?」
興奮の最中、ふ、と手元から弓の重さが消えた。
取り上げたのはドワワノフだ。
「う〜む、まだお前さんには早えんじゃねえか? もうちいと飯食って鍛えてから……」
「鍛えますんで!! っつうか慣れればもうちょい使えるし!」
スキルの補助を与えずともこの威力。
弓の性能は上々、サジは素早くそれをドワワノフから取り返した。
「ふん、好きにせえ。ただし、弓に負けとるのはいざという時に己の首を絞める。忘れるなよ」
「分かってますって」
そんなこんなで無事に弓を受け取ったサジだが、村に滞在中何度かドワワノフの作業所を訪ねた。
有力者の子息シャンポウだろうが、村一番の弓の名手ミナテミスだろうがお構いなしに遠慮なく物言う性格が面白い。
それに言葉はキツく顔は厳めしいが、案外気安く話せる。
ドワワノフのそういう所がサジの気に入っていた。
ドワワノフが弓を作るのを見てはお茶をご馳走になり、時に小言を言われ早く出て行けと促される。
しかしサジは、早く出て行けと言われてからどこまで粘れるか試すように、ドワワノフとの掛け合いを楽しんだ。
そんな交流ももう終わる。
サジがダチョボを駆りながら矢を射るのも、そこそこのものになってきた。
幼少から訓練をしている村の若者には敵わないまでも、シャンポウより年下の少年ぐらいなら良い勝負ができる程にだ。
強い弓を入手し弓の腕まで上げたのだから、これ以上この村に滞在するのは時間の浪費というものであるのだ。
「はぁ……もうちょっとぐらいこの村に居ても良くね?」
サジがつまらなそうに溜め息を吐いた。
「何言ってんのよあんた。ルケアだって故郷をすっぱり出たってのに」
「ううっ」
ローラの言葉は痛い所を突いたらしい。
「分かったよ。……はぁ」
ミナテミスへの憧れは変わらず、村には馴染んできて、ドワワノフとは別れ難さも感じている。
サジの溜め息は随分と憂鬱さを含んでいた。
「さあ、最後の手合わせと行こうか」
ミナテミスがサジたちパーティー四人を指で招いた。
手合わせ、の名のとおりミナテミス対サジたちの実戦訓練である。
一日一度の手合わせも今日で最後。
今度こそは一本取ってみせる、とサジは自身の頬を張った。
今まで子どもを相手にするように軽く捻られていたが、ちゃんと成長しているのだと示したい。
新たな弓を手にした高揚感も相まってサジは全身にやる気を漲らせた。
――結果、まだまだミナテミスには圧倒的に届かなかった。
一番弱いルケアは狙わないでいてくれた。
それでも段違いの速度についていくことができず、一人ずつ落とされて試合終了となった。
「くう〜っ! まだまだ足りないかあ。せめて焦った顔ぐらい見たかったなぁ」
「前衛のアンタたちが早く落ち過ぎなのよ。つまりまだお話にならないぐらいレベル差が大きいってことね」
「そんなことはないぞ」
自嘲気味なローラの肩をミナテミスが叩く。
「最初と比べれば相当良くなっているさ。一試合ごとに改善しようという工夫が伝わってきたし、それに僅かながらも身体能力が上がってきていた気もする」
「あ、はは。それはね、転移特権? チート? まあ才能ってやつかしら……」
これだけやられておいて、よくもチートだ才能だと言えたものだ、と他の三人は苦笑している。
サジはその顔のまま前に出て、ミナテミスや見学していたドワワノフたちに頭を下げた。
「ミナテミス師匠、ドワワノフさん、あざっした。魔族とかちゃちゃっと滅ぼしてくるんで。シャンポウ、元気でな。チビだからって卑屈になんなよ」
「なってませんし……あ」
サジに頭をグリグリと撫で回されていたシャンポウが、サジ越しに何かを見た。
ん? とサジが振り向きかけ、頭に受けた衝撃でその場に蹲った。
「ってえ!」
「おめえにゃちょうどいい餞別よ。魔族だなんだってタワケたこと抜かす奴にはな」
硬い物が頭に当たった。
涙目のサジが下を見ると、それは弓の調整具であった。
「何言ってんすか……人が世のため人のためと」
「やかましい。いいから目ん玉見開いて世の中のこと勉強してこいや」
「わけ分かんねえし」
「ドワワノフ、その辺にしておけ」
ミナテミスが、涙目のサジと割と本気で怒ってるっぽいドワワノフの間に立った。
「ふん。おめえも何考えてやがる。ガキどもを正しく導くのは大人の役目だろうが」
「いずれ分かるさ」
「けっ」
サジたちには二人が牽制し合っているかに見える。
その流れで険悪、とまでは言わないまでも、すっきりしない別れ方になってしまった。
残念そうに離れて行く四人が見えなくなると、ドワワノフはミナテミスを再び睨んだ。
「おめえらはそういう所がいけねえ。知恵者ぶって遠回りを選ぶのがな。いかにもエルフって感じよ」
「君もドワーフらしく短絡的だ、と返してほしいのかい?」
「ああん?」
いつの間にか、ミナテミスは銀髪から長く尖った耳が出ているし、ドワワノフは少し背が縮んでいる。
「ふ、まあその内分かるさ。こんな些細な諍いも彼らが無くしてくれるとな」
「ふん、とても信じられねえな」
エルフとドワーフの二人は、その姿のまま何事も無かったかのように村に溶け込んでいった。




