6
「あなたは、誰ですか?」
私は目の前の美形を睨むようにして、名を尋ねた。
「私は海の王、トリトンだ。」
「トリトン・・・。」
トリトン。この3週間、死にものぐるいで覚えた言葉の中で一番印象に残っている。
海の王であり、海を操ることのできる力をもっている。姿は人間だとも、魚のようだとも言われているが、実際に会うことができるのはかなり強い海の魔力を持ったものだけ。そのため、風の王や火の王などよりも、情報が極端に少ない。
お父様に海の魔力を持っている、と言われてからもしかして会うこともあるかもと思っていたけど・・・。こんなに早くになるとは思わなかった。
「どうした。さっきまでの威勢の良さはどこへ行った。」
「いえ、少し考え事をしていたので・・。」
そう答えて目の前の相手を観察してみる。
私の髪と同じような色をしたそれに薄い青色の目。顔のパーツにはずれたところが1ミリもなくて、まるで機械で作った顔のようだ。年は20代にも見えるし30代にも見える。すごく綺麗だ。
「私の顔がそんなに珍しいか?」
「珍しいというか・・・。綺麗だなあ、と思っただけですよ。」
私がそう言うとトリトンは目を細めて私を見た。その瞳は一体何を考えているのか、全くわからない。
「綺麗か・・・。私には縁のない言葉だな。」
「そうですか? って、そんなことよりここから出たいのです! 出してください!!」
さっきから、私の頭の中で警戒アラートがビンビンなっている。ここから出ないと、まずい、と体が言っているのだ。
「私は久しぶりにあった人間ともっと話がしたい。来なさい。」
その途端、海と海底ばかりだった周りの風景が一瞬で変わった。
周りはたしかに海だが、海との境界線のようなものがあり、境界線には家具が置いてある。
海の風景が壁紙だと思えば、少し落ち着くことができるかもしれない。
「何ここ・・。」
「ここは私の部屋だ。そこに座っていなさい。お茶を持ってくる。」
「いや、だから、私はここから出たいんですって!!」
全く話を聞いてくれない。こうなったら強行突破だ。
私はトリトンが部屋から出ていくのを待ってから部屋のすみに移動した。そして壁の感触を確かめてみる。なんだか、ぷにぷにしていて少し魔力を使えば破れそうだ。つい最近、私も海の魔法の1つである“海の中で呼吸をすること”が、できるようになった。ここを破って浜まで泳いでいったら逃げ出せるかもしれない。
「おりゃあああああああ。」
声は小さめに、気合を入れて魔力を注ぎ込む。
おりゃああああ。
ん?あれ・・・?なんだか全然破れない。魔力をいくら足しても足りない感じがするのだ。
「あれ、おかしいな。」
「理由が知りたいか?」
「ぎゃあああ!!」
いきなり、背後から声をかけられびっくりして振り向くと、そこにはトリトンの超絶美形顔が目の前にあった。
「っっちかい・・です。」
「顔が赤いぞ。魔力を使いすぎたのだ。ばかもの。あんな下手くそな魔力の注ぎ方をするからだ。」
顔が赤いのはあんたのせいだーーーーー!!
「ど、どこが下手なのですか!?」
私がそういうとトリトンは近距離のまま、私の瞳を見つめた。
そして、にやっと口角を上げてこういった。
「知りたいのなら、これからできるだけ私のところへ来るのだ。そうしたら教えてやろう。」
「わ、わかりました。絶対来ます!!」
私の返事にトリトンは顔に黒い笑みを浮かべた。