散々すぎて泣きたくなるね
ユラユラ揺られながら思考の海に沈んでいく。
***
「何なのよ、この女!今日は私とクリパするって言ってたよね?!浮気してんじゃねーよ!」
「待てって。そんなのじゃないから!」
うん。本当にそんなのじゃない。
ヒステリックに叫ぶ化粧の濃いミニスカサンタのコスプレ女性とダイヤのピアスを着けたちょいヤンチャ系のイケメン男性が喧嘩を始める。私を挟んで。
なんで今日に限って絡まれるかなぁ。
美味しいお酒で絶賛傷心中の自分を一人で慰めてたのに...。
まぁついてないのはいつもの事なんだけどさ。
先月、5年付き合った男性からプロポーズされ幸せでいっぱいだった私だが、つい今さっきやってもいない浮気を疑われた挙句に婚約破棄され、散々な27歳のクリスマスを過ごしていた。
予約していたクルーズ船でのクリスマスディナーは勿論キャンセル。当日キャンセルだからがっつり料金は取られた。でも1人でクリスマスにクルーズ船に乗る勇気はなかった。
だってそうでしょう?
今日の為に新調したシャンパンゴールドのワンピースは明らかに浮かれている。
髪の毛だって普段は降ろしたままだけど、美容師である妹の椿に可愛くアップにしてもらっていた。
完全にガチのデート仕様だよね。こんなのでカップルまみれのクルーズ船に乗れないよ!!
突然の一方的な別れ話に勿論浮気なんかしてないと反論したが聞き入れて貰えなかった。
どうやら会社の後輩と立ち食い蕎麦屋で談笑している所を見られたようだ。
後輩は確かに可愛いワンコ系イケメンだけど、立ち食い蕎麦だよ...?
どう見ても浮気じゃなく仕事の付き合いとか友人でしょう?
5年も付き合っていたのに信じて貰えなかった事が悔しいしショックだった。
無理矢理復縁したところでもう信頼し合えないと思い、婚約破棄も黙って受け入れた。
浮かれていた自分がバカみたい。
クリスマスの今日くらいは、送り出してくれた弟妹たちに心配かけたくないから一人で飲んで帰ろう。
ベイエリアに有りがちな海に面したデッキが売りのダイニングバーは満席状態で、デッキの端っこの小さなスタンディングテーブルしか空いてなかった。
生ハムとチーズを肴に泡がキレイなシャンパンをぐいっと煽る。
お、意外と美味しい。
波の音も聞こえるし、端っこのテーブルなだけあって「一人の空間」って感じで結構良いお店かもしれない。
1人飲みにちょうどいいお店だなぁ。
「お姉さん、綺麗だねー。こんなに美人なのに1人なの?俺、良いシャンパン置いてる店知ってんだよね。良かったら俺と店移らない?」
やや浮上しかけていた気分は急下降。
ピアスをキラキラさせたヤンチャ系イケメンが声を掛けてきたようだ。
そして、冒頭のやり取りにつながるのだった。
酔っ払いのナンパは下手に返答すると余計に絡まれるので無視していたら、どこからかミニスカサンタ女がやってきてヒステリックな痴話喧嘩に巻き込まれたのだ。
ミニスカサンタさん。貴女の彼氏、クズですよ。
ドンッ
素知らぬ顔をしていたからかもしれない。
私の態度はサンタ女の怒りを煽るのに充分だったようで、気付いたら夜の海に放り出されていた。
えっ!なに…?
咄嗟のことに驚いて、声も出ないまま海に落とされてしまった。
海水を少し飲んでしまう。鼻にも入ってしまって痛い。
苦しい。冷たい。痛い。
ふわふわのフェイクファーがついた白いコートが水を含んで鉛のよう。
シャンパンゴールドのワンピースは身体にまとわりついてくる。
ブーツの中にも水がたっぷり入り込み、足が動かない。
少し上に目線をやるとクリスマスのイルミネーションの電飾が目に入る。
うわー、綺麗…。
いや、そんな状況じゃないんだけど、不思議ともう苦しくなかった。
色とりどりに煌めく光の中、赤いミニスカサンタが何やら叫んでいるような気がする。
あ、あの男が女に駆け寄って連れて行ってる…。
え?誰も助けに来ない感じ?逃げたの?
苦しい、もう何も聞こえない、私死ぬのかな?
来世があるなら今度こそ結婚してみたかったなぁ。
椿、桃、柊...一緒に居られなくてごめん。
可愛い弟妹たちに慕われて幸せだったよ。
みんなには私の分まで幸せになってもらいたいな。
***
思い出した。
私の名前は桜、27歳で死んだんだった。