ポニテ
朝、教室に入った時、僕は無意識に君を探す。
騒がしい教室の中で、君は友達と話してるのを見て、思わずドキッとして立ち止まるが、平静を装って、自分の席へ向かう。
「おはよう」
「うん、おはよう」
クラスメイトと、軽く挨拶して、動揺を沈める。
クラスメイトの夏野結唯が、髪型を変えただけで、こんなにドキドキしてしまうなんて。
はしゃぐたび、後ろに結んだ君の髪がぴょこぴょこ揺れて、可愛らしいポニーテールだ。
その夏野さんが、不意に僕を見て、こちらにやって来る。
そのまま、僕の隣に座る女子と話し始める。
夏野さんは、ぼっちの僕に話しかけたりしないだろうと、一限目の準備をしつつ、文庫本を取り出し読み始める。
僕は、基本的にはぼっちだ。クラスメイトと挨拶はするが、それ以外は一人(?)独りだ。
その方が、気楽だし、昔から同性にはいじられることがあったり、見下されることも多々あったので、一緒にいても、楽しくなくなった。
からかわれることは、あるけれど、しかし、このクラスでは夏野さんが、率先して止めてくれた。
優しい人なんだ。
二年になって、同じクラスになって、君を見た瞬間、胸がドキドキした。
今までの息のしづらい世界で、やっと呼吸が、ちゃんとできたような感じ。
僕にもそれが、恋だと気づいてはいたけど、見てみないフリをしている。
自分と違って、友達も多いし、笑うとえくぼがかわいい君のことを好きな人は、このクラスにも他のクラスにも多いだろう。
僕は見てるだけ。それでいい。
君のきれいな声を聞きながら、HRまでの短い時間、物語の世界に入り込む。
「ねえ」
「………」
「ねえ、風見流星くん」
「え?あ、僕?」
「うん、ね?私の髪型似合う?」
結んだ後ろの髪を摘まみにこにこしてる。
「あ、うん。か、かわいいよ」
「やだー!」
なんとかそれだけを答えると、君は、照れたようにバシンと僕の背中を叩いて行ってしまう。
ドキドキしながら夏野さんを見てると、隣の席の成瀬さんが、からかってくる。
「結唯のこと、好きなんでしょ~?」
「……!」
それには答えられず、うつむいてしまう。
このクラスは、良いクラスだ。ぼっちがいても、いじめには発展せず、たまに話す時でも、普通に接してくれる。
なにか答えようとしたけど、言い訳にしか聞こえなさそうなので、その子が、追撃をしようとしたとこで、丁度担任が入って来たので、救われた。
隣の成瀬さんも、特に気にした風もなく、言いたいことが言えたからいいか。そんな表情に見える。
いつもの退屈な授業が始まる。退屈といっては、学費を払ってくれてる親に悪いけど、苦手なものは苦手なんだ。
四月の終わり。初夏の緑の風が吹いて、心地良い。
何気無く窓の方を見てたら、夏野さんが不意に、こちらを見て、ドキッとした。
目と目が合った後、ニコッと笑ってそっと手を振る。
僕は、照れくさくて机にふしてしまう。
あの子だけだな。ぼっちの僕に積極的に関わってこようとするのは。
放課後、帰り支度をして席を立つと、クラスの里見に呼び止められた。
「悪い、掃除当番代わってくれない?」
拝むように言われる。確か、サッカー部だったっけ?
もうすぐ練習試合で、少しでも多く練習したいのだと言う。
雰囲気と気配で、ホントにそうなんだなと分かる。
中学の時は、見下されてるのか、よく押し付けられたりしたから。同性は、めんどくさいね。
人より、どっちが上か決めたがる。
「分かったよ。やっておくよ」
「わりー、サンキュ。今度、奢るから!」
そう言って、そそくさと出ていこうとして、それに気づいた君が、廊下に出て叫ぶ。
「こらー!さとみぃー!サボるなーなー!」
「俺は行く!サッカーをしに!」
「あいつ!」
君は、プンスカ頬を膨らませて怒ると、僕の方を睨みながらやって来る。
「風見流星くん!」
「はい!」
なぜに君は、僕のことフルネームで呼ぶ。
「嫌なら、ちゃんと断んなよー!ああいう、自分に甘い奴は、厳しくしないとだよー!」
かわいい子は、怒ってもかわいいんだなと、別のことを考えてると、また怒られた。
「風見流星くんや!」
今度は、おばあさんのような呼び方に、キョトンとした後、吹き出してしまう。
「ははは!」
普段、無関心のぼっちの僕が、笑ったのだから、みんな、珍しそうな表情をしている?
しまった。昔はこれで、余計に馬鹿にされて、感情をセーブしてたのに。しかし、杞憂だったようだ。
「おお!氷の王子が、笑ったぞ!」
「やったね!」
女子たちは、ハイタッチしてる。
「???」
僕は、訳も分からずクラスを見回す。なに?その恥ずかしいあだ名は?王子ってほど、イケメンでもないし。
「君は、もっと笑った方がいいよ!」
夏野さんが僕の手を握って、ぶんぶんする。暖かい手。
そうじゃなくて、どう言うこと?
「いやー、風見流星くんは、いつも一人でいるって、一年の頃から、噂になってて」
「あー」
独りでいつもいるから、そうやっていじってる奴もいたからな。
「同じクラスになった時は、すぐに君がそうだと分かって」
「迷惑かと思ったんだけどさ」
クラスの男子が、苦笑する。
「我らの姫が、どうしても仲良くしたいって言うからさ」
「だって、独りは寂しいよ。心と身体が、不健康になっちゃう気がするから」
うつむいてしゃべる君に、ほまっちのなにが分かるのかと言おうとして止めた。
夏野さんは、少し震えていたから。
「……ありがとう」
「え?」
「いや、ホントにありがとう」
さっきも言ったように、僕は同性は苦手だ。すぐ、下に見られていたから。
一緒にいても、つまらないと感じてしまう。絶望したんだ。
だけど、夏野さんが、僕の手を握って少し、引っ張ってくれたから。
君となら、少し関わってもいいかな。まずは、そこから。簡単なもんじゃないだろうけど。
「今日は、みんなで帰ろっか?」
「あー、俺、部活!」
「私も!」
「みんな、付き合いわるっ!」
「頑張んなよ」
成瀬さんが、夏野さんの耳元でなにか囁くと、顔を真っ赤にする夏野さんを見て、にやにやしながら去っていく。
「ち、ちょっと、かりん!」
「いーから、いーから!風見、この子のこと、よろしくね!」
しっかりウインクまでされた。なに?なに?ウインク下手だね。思いっきり、両目つぶってたし。
いつの間にか、夏野さんと帰ることになってる?
君にだけ、反応する心は、慌てん坊みたいにドキドキしてる。
「ほら、馬鹿言ってないで、掃除するよー!」
「わー!姫が怒ったー!」
「ははは!」
掃除が終わり、それぞれが、教室を出ていくと、辺りはしんと、静かになる。
「結唯、じゃね!また、明日!」
「うん、またねー!」
僕は、自分の席で帰り支度をして、覚悟を決める
「あ、あの、夏野さん」
「……なに?」
「その、良ければ、一緒に帰ろっか」
「いいよ」
「うん、ホントに良ければだけど……て、いいの?」
「君こそ、独りじゃなくて、いいの?」
いたずらっぽく、言わないでよ。
「まあ、今日は誰かと帰るのも、たまにはいいかな?」
君は、クスッと笑うと歩き出す。すぐに後を追う。
「ところで、氷の王子ってなに?」
「あー、いつも、表情変えずにいるから、クールに見えるから…」
「氷の王子?」
「そ」
クスクス笑う君に、僕は苦笑する。そのあだ名は、皮肉も込められてるのかもしれないけど、どっちにしても恥ずかしい。
そして、僕は実感した。ぼっちも気楽だけど、誰かと話すのは楽しい。
心が、健康になる感じだ。心が健康になるから、身体もいつもより軽くなる。
心と直結してるから、身体も健康になる………のかな?
ともかく、僕は今日、初めて友達と返る。
その半年後には、恋人どうしになってるとは、今の僕にはしるよしもない