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死霊の王と炎氷の魔法使い 7話

 カーラが、オルカを連れてダンジョンから戻ってきたとき、魔窟番たちは一瞬、死人でも見たかような顔をして固まってしまった。そしてそのうちの一人が実際に、半分死人になりかけているのを知ると、急いで番小屋のベッドをあけ、そこにオルカを運び込んだ。

 オルカには、急性マナ欠乏症によるショック状態の症状が出ていた。この場合、第一選択肢は魔術や聖術による処置である。しかしそれができるのは、特殊な技能を持った術士だけである。第二選択肢として、血中にマナを流し込む処置である。これは、門番の一人に、この応急処置の出来る者がいた。早速、マナフェン注射の緊急補助治療が行われた。

 残りの番人はイクイ村に向かい、治療の出来る者を探しにいた。三人の番人の内一人はイクイ村の出身であったため、村にこの治療の出来そうな者の心当たりがあった。村の皆からはエイゲル婆さんと呼ばれている妖術師である。

 半時ほどして、番人がイクイ村からエイゲル老婆を馬に乗せ連れて帰ってきた。エイゲル老は盲目の人であったが、馬が小屋の前にとまると、馬から飛び降り、小屋の中へ迷わず歩いて行った。番の一人が慌てて小屋の扉を開け、老婆を小屋に入れた。

「布団をどけてくれ」

 老人に言われ、番の三人は小間使いのように、てきぱき動いた。オルカの、細いが引き締まった淺麦色の肌が露わになる。

 エイゲル老は持ってきた道具袋の中から紙包み引っ張りだし、その中に入っていた粘土を引きちぎり、それを、オルカの鎖骨の下や臍の上の辺り、心臓のあたりなどに置いた。

 身体の十カ所以上に粘土を置き終わったエイゲル老人は、うめき声を上げて、大樽を抱え上げるように、天井へ腕を伸ばした。うめき声に続いて、低いしわがれた呪文が、老婆の口からは発せられる。その呪文の文言は、ソーサラーであるカーラにもまったくわからないものだった。

 カーラはオルカが運び込まれてから、部屋の端で、なす術なく座っていた。しかし老婆の呪文の詠唱が始まると、その迫力に思わず立ちあがった。一瞬、オルカが殺されてしまうのではないかと思ったのだ。

 エイゲルの両手の手のひらに、緑のとろりとした光体が現われた。エイゲルはその手で、オルカの身体を撫でた。実際には、老婆の手はオルカの身体には触れず、緑の光体だけが、オルカの肌を撫でていた。

 四半時ほどで、エイゲルの儀式のような治療が終わった。オルカの身体に乗せられていた粘土は、治療の過程で、真っ黒い黒曜石のような石になっていた。いつの間にかオルカの息も心臓も、安定を取り戻していた。

「〈イクイコロド〉に挑むとは、命知らずなことをしたものだ」

 処置を終えた老婆は、四人がけの机の一座に座って言った。番人の用意した茶をすする。

「だが、〈イクイコロド〉から帰って来られるとはのぉ」

 エイゲルも、〈イクイコロド〉の挑戦者で、逃げ帰ることが出来た者を見たのは、これが初めてだった。〈イクイコロド〉の中がどのようになっているか、これまでは占術によって推見するしかなかった。

 番人とエイゲルは、オルカと、その横に座るカーラを見つめた。

「オルカは、大丈夫なんでしょうか」

 カーラが、エイゲルに質問した。

 エイゲルは唸るように考え込み、それから口を開いた。

「わしが行ったのは、延命処置に過ぎん」

 番人たちは互いに顔を見交わした。マナ欠乏は、急性期が怖いのであって、そこでしかるべき治療を施せば、特別体が弱い者でなければ、回復に向かうはずである。カーラもそのことは心得ていたので、驚きをもってエイゲルを見返した。

「この者は、マナのみを失ったのではない。マナと同時に、魂を放出したのじゃ。マナや気力――お主らの言うヘルスパワーというものか――それは回復できても、ヘルスパワーを生み出す元――魂の蝋芯を戻すことは、わしにはできなかった」

 エイゲルの言葉に、他の皆は、唖然とした。

「それじゃあ、オルカは、助からないんですか」

 縋り付くように、カーラが訊ねる。

「手がないわけでもない。魂の結晶を見つけることが出来れば、それを用いて、魂の灯火を再び輝かせることもできよう」

 魂の結晶というものは、カーラも書の中で読んだことがあった。マンドラゴラを採集していた冒険家が見つけた、という記述をカーラは思い出した。その場所は、古戦場だったとカーラは記憶していた。

「魂の結晶は、生命の多く生まれる場所、無くなる場所に形成されるという。エルフの守る太古の泉や古い戦場、信仰のある山岳の奥――いずれも、立ち入るのさえ困難な場所じゃ」

 エイゲルが言った。

 カーラはしかし、魂の結晶のありそうな場所に覚えがあった。

「〈イクイコロド〉の主は、無数の亡者を操る〈アラクベラ〉でした。〈アラクベラ〉の体内に魂の結晶が生成されていると言うことはないでしょうか。あるいは、あのダンジョンの中に。――ダンジョンの中は墓地でした。数え切れないほどの屍が埋まっていて、死霊の魔物の大群が襲ってきたんです」

「なんと――」

 カーラの言葉を聞いて、エイゲルは言葉を失った。三人の魔窟番も、言い知れぬ興奮を覚えた。これが、〈イクイコロド〉の内部を語った初めての証言なのだ。

「〈イクイコロド〉は、古いダンジョンじゃ。多くの魂がその中に眠っておるのは間違いない。その主が〈アラクベラ〉であれば、なおさらじゃ。魂の結晶が、きやつの腹の中に生成されていたとしても、何らおかしくはない」

 カーラの疲れ切った目の奥に、再び光が宿った。

「だがカーラ、再び〈イクイコロド〉に赴き、〈アラクベラ〉を倒すことは出来るのか」

 誤魔化しは利かないエイゲルの問いに、カーラの瞳は、再び闇を帯びた。

「人には天命がある。死は悲しいものだが、受け入れなければならぬ時もある」

 カーラはきゅっと唇を結び、訴えるようにエイゲルに質問した。

「どうしてこんなことになったんですか。魔法を使って、魂が削られるなんて、聞いたことがありません。魔法による死は、マナ欠乏によるショック状態によって起こるものじゃないんですか。オルカに、何があったって言うんですか」

 エイゲルは考え込み、やがて口を開いた。

「術者の中には、マナではなく、自らの魂を代償に魔法を使う者があると聞く。『杯零命泉』の技――仙人や、わしら妖術師は、そう呼んでいる。魔術と言うよりは、仙術に近いが、仙人にてっても外法扱いされる術じゃ。この者は、その使い手なのかもしれぬな」

 これ以上は、わしに出来ることはないと、エイゲルは茶を飲み干すと、番の男の付き添いでイクイの村に帰っていった。その後夕方までに、〈イクイコロド〉から帰還した英雄にと、村人から酒や肉の差し入れがあった。しかしカーラは、とても酒を飲んだり、美味しいヤマネの丸焼きや兎のペガサス焼きを食べる気分にはならなかった。野菜のスープと干し肉のサラダを食べ、そのあとはオルカのベッドの隣に座り、考えにふけっていた。

 オルカが意識を取り戻したのは、翌日の昼過ぎだった。

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