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死霊の王と炎氷の魔法使い 6話

 少しずつ歩みを進めながら、地面から、霧の中から現われる幽鬼を、カーラは飛光剣で倒してゆく。やがて、木の立つ丘の手前までやってくると、〈スケルトン〉や〈ノフィニス〉はいなくなり、代わりに〈リッチ〉と〈サイズゴート〉が現われた。〈リッチ〉は、フードローブを被った薄暗い半透明の魔物で、物質的な攻撃は全く通用しない。〈サイズゴート〉は、大鎌を持ち、〈リッチ〉同様フードローブを被った半透明だが、顔の部分は山羊の頭蓋骨であり、風のように低空を素早く移動する。そして、この二種の魔物は、〈マナドレイン〉を使える。

 早速、新手の幽鬼たちは、カーラとオルカに、〈マナドレイン〉をかけてきた。

「カーラ、対抗手段がない! 倒すしかない!」

「わかってます!」

 カーラはオルカに応えると、〈クラウソラス〉を放った。〈リッチ〉は、飛光剣に貫かれると、一撃で霞と消えたが、〈サイズゴート〉は動きが素早く、飛光剣を交わしてしまうのだった。しかも、〈サイズゴート〉の胴体部分を飛光剣が貫いても、〈サイズゴート〉は全くダメージを受けないのだ。

 がくん、とカーラは地面に膝をついた。オルカは、慌てて〈カースバリア〉の呪文を唱えた。呪いから受ける効果を軽減する魔法である。〈マナドレイン〉で吸い取られるマナも一時的に減らすことが出来る。

 カーラは、〈マナドレイン〉の効果が緩んだ瞬間に、〈クラウソラス〉の雨を魔物に浴びせ、立ち上がった。それでも〈サイズゴート〉は生き残り、鎌を振り回しながらカーラに襲いかかる。

「〈マナウォール〉」

 カーラの眼前に霊的な防壁が作られ、〈サイズゴート〉の鎌の一撃を弾いた。攻撃を弾かれてつんのめった所に、カーラは透かさず、飛光剣を射込んだ。飛光剣は、〈サイズゴート〉の唯一の弱点である、頭部の頭蓋骨を貫き割り、〈サイズゴート〉を霞に変えた。カーラは、残りの〈サイズゴート〉も、冷静に一体ずつ相手にしていく。

「これは、あの高飛車も納得だ……」

 オルカは、立て膝を突いてカーラの戦いを見ながら呟いた。レベル20のブロンズ等級の戦い方とは到底思えない。少なくとも、30レベルか40レベルの、シルバー等級、下手をするとゴールド等級のソーサラーに匹敵する戦闘能力だ。これだけの幽鬼を前にして、ここまで落ち着いていられることがオルカには信じられなかった。これなら、聖域魔法を習得できなかったとしても、今すぐにでもギルドの名声を高められるのではないだろうかとオルカは思った。

 〈サイズゴート〉が残り数体まで減ったとき、丘の上に、何かが現われた。それと時を同じくして、墓地の土の中から、赤い気体が静かに放出され始めた。霧状のそれは、二人の踝までの高さで地面をすぐに覆ってしまった。

「これは――」

 オルカが言葉を発し終わる前に、カーラがよろめいた。ハルバードを支えにして、何とか倒れるのは堪えたが、堪えるのが精一杯で、近くを飛び回り、隙あればその首を刈り斬ろうとする〈サイズゴート〉に対して無防備になってしまった。

 オルカは急いでカーラの元に駆け寄り、ローブを引っ張って後退させた。次の瞬間、カーラのいた場所に、〈サイズゴート〉の鎌が振り下ろされ、ぶんと空を薙いだ。

 オルカはカーラを支えきれず、そのままカーラの下敷きになるように転んだ。

 オルカは顔を上げた。

 あれだけ倒したはずの〈リッチ〉の群れが、また、赤い霧の中に浮かんでいた。そして他方、丘に現われ、この霧を発生させた主の姿が、今やはっきり見えてきた。家二軒分ほどもある巨大な蜘蛛だ。しかしその頭部は蜘蛛のそれでなく、人間の頭蓋骨の形をしている。

「〈アラクベラ〉……」

 カーラは、オルカの胸に頭を乗せたまま、辛うじて目を開き、その魔物の名前を呟いた。

 その魔物は、〈アラクベラ〉に間違いなかった。髑髏の頭を持ち、死者の霊魂を引き寄せて操るという。そのテリトリーは〈アラクベラ〉の呪毒で汚染され、踏み入った者を骸に変える。その呪毒は複雑で、呪いが回ると、マナロストが起こる。霊的な出血である。霧の範囲外に出れば、やがて呪毒の効果は薄れていくが、〈アラクベラ〉が呪毒の霧を発生させるのは、獲物が自分のテリトリーの深部に、充分踏み込んだ後である。そうやって〈アラクベラ〉は、生者を殺し、その魂を捕らえ、死者を操るのである。

「カーラ、こいつは倒せない。逃げよう」

 オルカが言った。カーラはぎゅっとハルバードを握り、立とうと試みたが、身体に力が入らず、上半身を起こすことも出来なかった。

「くっ……」

 カーラは、悔しそうに唇をかんだ。そして、霧の中に漂う〈リッチ〉の大群を見渡した。

「カーラ、諦めろ」

 オルカが諭すように言った。

「ここで、終わりなんて……」

 カーラは目をつむる。閉じた目尻から、涙がすうっと流れ落ちる。

「いや、死ぬにしても、あんな陰気な奴の仲間にはなりたくないよ」

 オルカは軽口を叩く。

「もう、逃げられません……」

 カーラは諦めを口にしたが、オルカはそれを無視して言った。

「カーラ、頼みがある」

「何ですか」

「俺が倒れたら、引きずってでも良いから、ダンジョンを脱出してくれないか」

「無理です。私はもう、立つことも出来ません。それに、もし立てたとしても、あの〈リッチ〉の大群……〈マナドレイン〉でミイラにされますよ」

「〈リッチ〉は倒す。君も動けるようになるはずだ」

 オルカはそう言うと、右手を月に向かって掲げた。

「俺は今から一つ魔法を試す。運が良ければ、〈リッチ〉は消滅して、退路が確保できる。それから、君もマナを回復して動けるようになる。ダメなら、その時は、マナを吸うのが趣味の陰気な連中の仲間になる覚悟を決めろよ」

 オルカはそう言うと、力を込めて言った。

「〈マナエクスプロージョン〉!」

 オルカの手のひらの上で、魔力の大爆発が起きた。墓地全体にオルカのマナが、爆風のように、一瞬にして広がった。マナの爆風を浴びた〈リッチ〉たちは、許容量を遙かに超えるマナの流入を受け、次々に消滅していく。呪毒の霧も、地面の中に押し戻される。

 まさかと思い、カーラは身体を起こした。身体の中に、マナが満ち満ちていくのを感じた。背後のオルカを見れば、オルカは目を閉じて、気を失っていた。

 カーラは立ち上がり、ハルバードを掲げた。

「〈クラウソラス〉!」

 二人の周囲を飛び回っていた〈サイズゴート〉は、急に飛んできた飛光剣を躱わせず、頭蓋にその直撃を受け、消滅した。〈アラクベラ〉も、驚いて大きく飛び退った。カーラはハルバードを魔方陣にしまい、両手をオルカに向けて唱えた。

「〈レビュオカス〉!」

 オルカの身体が、ひょいと浮かんだ。

 カーラはオルカの身体に両手を伸べて前に浮かべたまま、出口に向かって走った。すでに〈リッチ〉は大方消滅していて、追ってくるのは〈アラクベラ〉だけである。一度は飛び退いた〈アラクベラ〉だったが、今度は一転、せっかくの獲物を逃がしてなるものかと、髑髏の口を大きく開けてカーラの背後に迫った。

 ダンジョンの扉まであと少し。

 カーラは一旦浮遊魔法〈レビュオカス〉を解き、両手に印を結んだ。小さな声で呪文を詠唱していく。破擦音の連続にしか聞こえない、すさまじい早口の詠唱である。背後には〈アラクベラ〉が迫っていたが、カーラの周囲に大きなマナが集まり始めたので、〈アラクベラ〉は再び飛び退って、カーラから距離をとった。

 詠唱を終えたカーラは、両手に結んだ魔法の型を決まった順序で変化させ、最後に、気合いのかけ声を発した。

「破っ!」

 カーラの結んだ手の前に魔方陣が現われ、かと思うと、そこから、炎の槍が出現し、一直線に、ダンジョンの扉に突き刺さった。槍なのか矢なのか、はたまた交線だったのか、目で追えないようは魔法の一撃。

 バキンッ――。

 扉の解錠を阻んでいた結界が、砕け散った。カーラはめまいを覚えながらも、再びオルカを浮遊させ、そのまま、開いた扉の向こうに飛び込んだ。その背後から、〈アラクベラ〉が、捨て身の突進を試みる。

 ずべしゃあっと、カーラは広場の床に、腹から飛び込んだ。〈アラクベラ〉の突進より一瞬早く、ダンジョンを出たのだった。カーラは、倒れても浮遊魔法を切らさず、オルカを床に落とすことは防いだ。おかげでカーラは、倒れたときに受け身が取れず、鼻を打ってしまった。鼻から熱い血が流れ出す。

 しかし今は鼻血どころではない。ローブの袖で血を拭うと、カーラはオルカにかけた浮遊魔法を解き、意識のないオルカを抱きかかえるようにして、その顔を覗いた。急性マナ欠乏の症状が出ている。汗がひどく、心臓が狂ったように鼓動し、ぴくりぴくりと、身体が小さく痙攣している。

 カーラは再びオルカに浮遊魔法をかけ、階段を上り、洞窟の外へと急いだ。

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