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死霊の王と炎氷の魔法使い 5話

 翌日、二人は軽い朝食を摂り、昇時(のぼりとき)のうちに村を出た。二人が〈イクイコロド〉に挑戦することを知っていた宿の客や店の者は、二人が宿を出るのをわざわざ待っていて、応援の言葉を二人に掛けたのだった。カーラは目立つのは嫌いらしく、「余計なことを言わないで下さい」とばかりに、オルカを睨んだ。

 二人は村の北門を出て、猟馬を道になりに走らせた。北門から伸び、ダンジョン〈イクイコロド〉へと続く道は、馬が二頭並ぶのが手一杯という狭さだった。もっとも、二人は並んで進んだわけではない。カーラの走らせる猟馬が先頭、そのあとを、馬一頭か二頭分あけて、オルカの猟馬が続いた。ハイダンジョンに挑むというのに、カーラは全く、オルカと打ち合わせをする気は無いらしかった。

 半時ほどで、ダンジョン〈イクイコロド〉に二人はたどり着いた。ダンジョンの入り口は、熊の巣穴ほどの大きさで、三日月型の黒い闇が、ぽっかりと口を開けている。ゴゴゴー、ゴゴゴーと、呼吸をしているような風の音が、暗闇の奥から聞こえてくる。

 入り口の前には二人の魔窟(まくつ)番が座っていて、その横には木造の小屋、その傍らには三階建てほどの高さのある見張り棟が建てられ、見張りが一人、見張り台に立っていた。

 オルカとカーラが馬から下りると、番の二人も立ち上がった。〈イクイコロド〉に挑む傭兵がやってくるのは、半年に一度くらいである。挑戦者の傭兵たちはダンジョンの穴を潜り、暗い地下へと入っていくが、戻ってきたものはついぞいなかった。小屋の横には石碑と石版がいくつも並んであり、石版には千や二千を優に超える名前が刻まれている。これまでに、〈イクイコロド〉に挑戦した勇士たちの名前である。

「挑戦者か」

 静かな声で、魔窟番の一人が訊ねる。カーラは「そうです」と短く答え、左手の手首の付け根を見せた。ブロンズ等級の傭兵であることを示す紋章が描かれている。魔法の施されたインクで皮膚に押された印章である。

 魔窟番の二人は、顔を見合わせ、片方が少し震えながら言った。

「早まらない方が良い」

 カーラは魔窟番を冷たく見、何も言わず、洞窟の前に歩み出た。オルカも二人に左手首の紋章を見せた。オルカのは傭兵ギルドの職員を示す紋章である。指導員の印章というのはないので、オルカとカーラの関係は、魔窟番にはわからない。

 ゴゴゴー、ゴゴゴー。

 ダンジョンは生きている。がま口を開け、無謀な人間が口の中に飛び込んでくるのを待っている。富や名誉、人間のあらゆる欲望が――俺を倒せれば手に入るぞ、手に入るぞ、さぁ――と、そんな声が、オルカには聞こえてくるような気がした。

「カーラ――」

 カーラに引き返すよう声を掛けようとしたオルカだったが、オルカは、それよりも一瞬早く、ダンジョンへ降りる一歩を歩み出していた。

 二人が入り口を潜ると、ぼう、ぼうっと、洞窟内の壁にかけられていた松明が、入口側から順に、階段の下に向かって火をともした。

 二人は階段を降りていった。

 二百段ほど下ると、ついに階段が終わり、丸いちょっとした広場にたどり着いた。広場といっても、トロールが寝転んだらそれでいっぱいになってしまうくらいの広さである。その部屋の正面には、扉のない入り口があり、そこから先が、本当のダンジョンの入り口なのだった。そこに一歩でも足を踏み入れれば、いよいよ後戻りは出来ない。

「戻るなら今ですよ」

 部屋の真ん中で、カーラは後に続くオルカに背を向けたまま言った。

「ダンジョンは、入っても一定の魔物を倒せば引き返せる」

 オルカが言うと、カーラは振り向いた。

「ダンジョンは生き物だ。一度入ると、ダンジョンはその獲物を逃がさないように、入り口に結界を張る。でもその結界も、ダンジョンが弱まるとともに、綻んでいく。このダンジョンは、逃げ帰ることも難しいらしいけど――」

「私は、このダンジョンの主を倒しに来たんです」

 逃げ帰るくらいなら死を選びます、というように、カーラは鋭い視線をオルカに浴びせた。

 オルカは、カーラの説得は諦めていたので、カーラの言葉に反論はしなかった。

「自分の身は自分で守って下さい。貴方が死にそうになっても、私は知りません」

 カーラはそう言うと、ダンジョンに足を踏み入れた。オルカもそれに続いた。

 入り口から一歩、ダンジョンの中に足を踏み入れた瞬間、辺りの様子が一変した。出てきたのは、洞窟の狭くて暗い通路ではなく、墓地の真ん中だった。ただの墓地ではない。荒れ果てた墓地である。朽ちかけた屍や、骸の白い骨の腕が、土の表面から突き出している。生臭い血の匂いが漂い、薄雲の中から微かにのぞく月の光が、おぼろげに墓地を漂う霧を映し出している。その墓地の真ん中に、ダンジョンの扉だけが浮かび上がっている。

「ここが……」

 オルカは息を止め、言葉を失った。

 突然墓地の真ん中に出てきてしまったという驚きと、初めてダンジョンに入った興奮とが、同時に湧き上がってきたのだ。

 カーラも、オルカと同じように、数瞬の間、肩を緊張させて辺りを見回していた。辺りが雲越しの月明かりだけでも物が見えるのは、魔物を倒し、その力を得た事による身体構造の変化である。夜目が利くようになるのは、10レベル前後である。

 10レベルに満たないオルカは、ベルトに挟んでいた小瓶から、一粒の黒い玉状薬を取り出して口に放り込んだ。身体機能を活性化させる霊薬〈ランガン〉である。免疫力向上・血行促進・鎮痛作用、そして、夜目が利くようになる。

 オルカは、自分たちの近くから、小さな道が出ているのに気づいた。道は墓地の中を通り、小山の上へと続いている。小山の天辺には、一本の枯れ木が墓地を見渡している。

 カーラは魔方陣から一突きの杖を引っ張り出した。否、オルカはカーラの獲物を確認し、驚きを隠せなかった。それは杖ではなく、ハルバードだったのだ。槍の先端に小斧をつけたような刃を持つ槍剣である。しかも、飾り気のない、実践主義の代物である。

「ソーサラーじゃなかったのか!?」

 オルカの驚きをよそに、カーラはさも涼しげに、ハルバードを握ったまま応えた。

「これが私の‘杖’です」

 カーラはそう言って歩き出した。

 すると、早速周囲の気が淀んだ。

 金属のこすれあうような声が、頭上の霧の中から聞こえてくる。すぐにその声の正体が姿を現した。巨大なコウモリである。

 しかし、〈エビルバッド〉や〈ヒュリーバッド〉ではない。コウモリのような形をしているが、死霊系の魔物〈ノフィニス〉である。コウモリのようだが、翼はずっと開きっぱなしで羽ばたくことがなく、コウモリのような顔は、身体と同じほど大きい。

 墓地のあちこちから、低いうめき声が聞こえてきた。ぼこぼこと、土が盛り上がり――〈スケルトン〉が出現する。〈スケルトン〉だけではない。〈イシルデュカス〉もいる。〈イシルデュカス〉は、死霊の戦士である。外見は、半透明の人間の屍である。それが、数えられないほど、どんどん出てきている。

 オルカは、この時点で絶望しかけていた。〈スケルトン〉でさえ、大群となれば、並の傭兵にとってはかなりの脅威である。それに加えて〈イシュルデュカス〉である。〈イシリュデュカス〉は、一体でも強敵である。空からは〈ノフィニス〉が迫っている。

「マナシェード!」

 オルカが唱えると、カーラとオルカを、青白い光が繋いだ。魔物たちは、二人を包囲し、じわじわ迫ってくる。

 カーラはすうっと息を吸い、ハルバードの柄先で地面を突いた。

「剣よ、敵を滅せ!」

 カーラが言った瞬間、カーラの周囲に金の光を放つ剣が、無数に現われた。そうと思うと、光の剣は、矢のように、あるいはくるくると回転しながら、予測不可能な軌道で魔物に遅いかかった。

 あっという間に、魔物の作った包囲が崩壊した。魔物も魔物で、どんどん沸いて出てくるが、カーラの飛光剣の魔法――〈クラウソラス〉の殲滅力は、それを上回っていた。二度、三度とカーラは〈クラウソラス〉を放ち、魔物を一気に片付けてゆく。

 オルカは、自分の近くを飛び交う光剣に驚き、尻餅をついていた。飛光剣〈クラウソラス〉、ソーサラーや、クルセイダーにとっても人気の魔法である。誰もが使えるほど簡単な魔法ではないが、使い手は少なくない。しかし、これほどの飛光剣を同時に運用できるソーサラーというのは、オルカも聞いたことがなかった。

 驚いていたのは、実はカーラも同じだった。いつもは、一度に操る飛光剣の量はもっと少ない。しかし、敵の数が多いので、マナの大量消費を覚悟で、いつもの倍以上をやってみたのだ。ところが、以外にも、マナの消費が少なかった。二度、三度と大量の飛光剣を放ってみるが、少し息が上がる程度で、めまいも息切れも起こらない。――その時初めて、カーラは、オルカの存在を認識したのだった。

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