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死霊の王と炎氷の魔法使い 4話

 カーラは夕食を早々に済ませると、二階の借り部屋にすぐに引っ込んでしまった。オルカは、一人のんびり、一階で食事を続けた。

 一階の酒場にいるのはこの日の宿泊客で、商人、傭兵、若い職人だった。商人は二人、傭兵は六人、若職人は三人いた。皆、この村に仕事をしに来たのだ。

「なぁあんた、二階の別嬪さんは、連れかい?」

 オルカは、テーブルの近い職人の一人に質問された。オルカは、首を傾げながら頷いた。自分はそう思っているが、向こうはそれを認めていないので、半分は連れ、半分は赤の他人と言ったところだろう。

「傭兵には見えないが、ここには仕事かい?」

「ハイダンジョンに」

 オルカが答えると、残り二人の若職人も、店の奥に固まって一杯やっていた傭兵たちも、オルカに注目した。

「ハイダンジョンって、この北にある〈イクイコロド〉か!?」

 オルカは頷いた。〈イクイコロド〉――それが、これから二人が挑戦しようとしているダンジョンの名前だった。イクイ村の近くにあるからイクイの名がダンジョン名に入っているのか、ダンジョンが先にあって、その近くの村だからここが〈イクイ〉という名なのか、どちらが先かはまだ判明していない。つまり〈イクイコロド〉は、それほど古いダンジョンなのである。ダンジョンは誰かに踏破されると、その土地から消えることがほとんどである。つまり〈イクイコロド〉は、昔からその場所にありながら、未だ誰一人踏破していない、ということになる。

「あんた、正気か」

 いつの間にか、傭兵たちもオルカの近くの席に、酒と皿を持って移動してきていた。

「俺も正気を疑ってる」

 明日もオルカは、ハイダンジョンを諦めるようカーラを説得するつもりではいるが、聞き入れて貰えないだろうと言うことはわかっていた。

「あんた、等級は?」

 オルカは傭兵から質問されたが、答えないことにした。そもそもオルカは傭兵ではなく、ギルドの職員である。上司の一存カストラストラクターにされてしまったが、傭兵として等級を与えられるとすれば、ブロンズか、下手をすればスクラップである。‘スクラップ’というのは、ブロンズ等級の傭兵の内でも、使い物にならない弱い傭兵の蔑称だ。

「あそこはただのダンジョンじゃない。ダンジョンのうちでも最も攻略の難しい部類の、古ダンジョンだ」

 年配の傭兵がオルカに行った。

「〈イクイコロド〉は、エント語の『墓場』が語源だって説もある。あそこに出る魔物は、古い幽鬼だ。俺の友人も、若さに任せて挑戦したが、それきり帰ってこなかった。昔の話だが」

 琥珀色の瞳で、年配の傭兵はオルカを見つめた。オルカ自身は、もうそれだけで、「やめておこう」という気になるのだった。ダンジョンに挑戦して得られるものは名誉と金、さもなくば絶望と死である。ダンジョンは、その中で死んだ者を取り込んで成長するといわれている。〈イクイコロド〉で果てれば、自分もカーラも、その中に潜む灰色の幽鬼として、闇の中を永劫に彷徨うことになるのだろう。

「お前さんくらいの若さには、死を恐れない無茶な勇気があるのを知っている。俺もかつては、そんな若者の一人だった。だがな、傭兵の誉れも、唸るような金も、生きている事に比べればちっぽけなものだ。それは、こうして、この年までこの世にのさばってる俺みたいな人間の口からでないと言えないことだ。やめといたほうがいい」

 オルカは、このベテラン傭兵の話をカーラに聞かせてやりたかった。彼のような傭兵は、村の警護や、商人や旅人の護衛を請け負ったりして生計を立てている。華はないかもしれないが、傭兵の地位を高めているのは、実はそういう細々とした傭兵たちなのだ。彼らのような傭兵がいなければ、村も畑も魔物に荒らされ、交通は滞り、人間の生活圏は、どんどんどんどん、森と魔物に侵食されていくことだろう。

「俺もそう思ってます」

 しみじみと、ベテラン傭兵にオルカが応える。ベテランは琥珀の瞳でじっとオルカを見つめ、やがて口を結んだまま鼻から深いため息をついた。

「そうか、止むに止まれぬ事情があるわけか」

 オルカは、答えを濁した。止むに止まれぬ事情は、カーラにはあるらしい。しかし自分には、命をかけるほどの事情はないはずなのだ。それなのに、どうしてか、これから死地に赴くというのに、なぜそうするのだと聞かれても、こうだと言い切れるほどの事情もないようなのだ。それなのに、どうしてか、カーラに付いていく気でいる自分がいる。指導員の責務を負っているからだろうか? いや、とオルカはこの考えを自ら否定した。社会上の責任や義務を第一に考える人間でないから、俺は今、道士ではないのだ。修道院を逃げ出したとき、多くの人を裏切ったはずだ。それでも実際の所、そのことについては、気にしていない、そういう性分なのだ。

「答えを――」

 オルカはぽつりと口にした。

「答えを見つけてきます」

 闇時を過ぎ、オルカは二階の借り部屋に上がった。ベッドに腰掛け、靴を脱ぎ、仰向けに倒れる。テーブルの上に灯るチューリップ型の魔煌(まこう)ランプ。グラスの中の火の粉の影が天井に映る。

 オルカは荷袋に入れてある羽軸を一本抜きだし、くるりと身体を反転させてうつ伏せになった。枕の上に左肘をつき、壁の前の虚空に、羽根ペンのように持った羽軸(うじく)の先を差し置く。

「イトイト ヒカリイト ウツロツナギトメヨ トトカミトトカミ」

 オルカが呪文を唱えると、羽軸うじくの先が小さく銀色に光った。羽軸で宙に文字を書く。するとその文字が、オルカには銀色に光って宙に止まって見える。空間に落書きの出来る魔法、〈グリフェイト〉である。描いた線や文字は、術者にとって見やすい色や輝度になる。術者が望まなければ、その文字は、術者にしか見ることはできない。

 オルカは、ハイダンジョンについての情報を、宙にぽんぽんと記述した。出てくる魔物、その魔物と関係のある情報、考えられる危機、危機回避の方法、必要な道具――そういったものを、地図のようにどんどん書いて、作戦マップを広げていく。

「出てくるのは幽鬼――死霊系の魔物とすると、ソーサラーとの相性は、うーん……」

 あまり良くないなと、オルカは銀色の文字や図をぐるりと眺めながら思った。死霊系の魔物には、マナ操作に長けたモノがいる。魔法を反転させたり、消し去ったり、マナに作用する毒――呪毒を使ったり、そういうことが得意なのだ。真っ向から直接攻撃魔法で勝負しても、搦め手から反撃を受けて、追い込まれるのは間違いない。カーラが死霊の術に対抗する術を持っていれば良いが、望みは薄いだろう。

 特に恐ろしいのは、やはり呪毒だ。呪毒を受けた魔法クラスほど悲惨なものはない。呪毒の効果は多岐にわたるが、どの呪毒でも、受ければ正常に魔法が使えなくなる。魔法クラスにとっては天敵であるから、ソーサラーなら,それに対する防御手段を持っているものだ。しかしそれは、ある程度戦い慣れたソーサラーの話で、カーラは果たしてどうだろうか。

 オルカは、自分が出来る呪毒の対応策を戦略マップに付け足した。

 一つは〈ディスペル〉。解呪の基本的なスキルである。万能だが、呪いを解くまでに時間とマナがかかる。戦闘時であれば、本当は破呪のスキル――例えば〈プルコーカス〉や〈デマリーカス〉がほしいところである。しかし破呪のスキルは、その道の専門でないと習得できないような、習得難度の高いスキルである。

 次に恐ろしいのは、〈マナドレイン〉だ。相手が死霊なら、間違いなく、それを使う魔物もいるはずだ。〈マナドレイン〉は、マナを吸い取る魔法である。集団から受けると、あっという間にマナが尽きてしまう。マナが急激に減ると、マナ欠乏症で、貧血のような状態になってしまう。ひどい場合は痙攣、呼吸困難、意識消失が起こり、この急性症状が出た場合、処置をせず症状が進むと、その日のうちに命を落とす。

「〈マナドレイン〉は厄介だな……」

 オルカは羽軸を宙に走らせる。

 対処の一つは〈カースバリア〉だ。呪いに対抗する魔法で、敵意のある呪いの効果を軽減させる。しかしこれも、呪いそのものを無効化できるわけではない。無効化できるようなスキルは、やはり習得難易度が高い。〈マナシェード〉は仲間の使った魔法の消費マナを肩代わりする魔法だから、〈マナドレイン〉には対処できない。

「やっぱり、カーラ頼みか……」

 オルカはベッドに仰向けになり、作戦マップを眺め見ながら、いつの間にか眠ってしまった。

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