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死霊の王と炎氷の魔法使い 3話

「カーラ、俺は指導員だ、置いていくな」

 文句を言うオルカに、カーラは目もくれず、大通りをずんずん進んでいく。

「私が頼んだわけじゃありません。付いてきたかったら、勝手にして下さい。私も勝手にします」

 生意気というか、礼儀知らずな娘だなとオルカは思った。クラン経由じゃ、きっと推薦なんて貰えなかっただろう。

「そんなに急いでどこに行くんだ?」

「ハイダンジョンです」

「今からか!?」

 オルカの質問に、カーラは答えない。答えない代わりに、歩みを止めずどんどん歩いて行く。

「準備して、明日にしたほうがいい。慌てるとロクなことがない」

「それなら貴方はそうしたらよろしいでしょう」

 オルカは額を撫でる。とんだ傭兵を任されてしまったと思ったのだ。しかし、何とかしてハイダンジョン入りは阻止しなければならなかった。どんな奇跡が起きたって、今のレベルではハイダンジョンの踏破などできるはずがない。踏破はおろか、入ったが最後、生きて戻ることさえできないだろう。

 カーラは町の北門の前で猟馬を借りると、それに乗って、北に伸びた街道に馬を走らせた。オルカも馬を借りて、カーラについてゆく。

「全く、本当に俺の事なんて、全然気にしてないな……」

 オルカの呟く声は、風の音にかき消される。カーラは、馬を駆歩で走らせている。一般の馬の駆歩なら大した速度にはならないが、猟馬の駆歩というと、普通の馬の軽い襲歩に匹敵する。そんな速度で馬を走らせた経験のほとんどないオルカは、姿勢を維持するだけでも大仕事だった。

 太陽が南中するまで休まず馬を走らせ、そこでやっと一度、街道沿いの酒場宿でカーラは休息を取った。カーラと猟馬とオルカ、一番堪えていたのはオルカだった。カーラは例の通りで、猟馬は、ウォーミングアップを終えたとばかり、むしろ一層やる気になっている。オルカはと言えば、すでに腹筋、背筋、内転筋や上腕筋にもガタがきていた。カーラは宿の一階、テーブル席に座りパンと野菜、それに枝豆のスープを注文した。遅れてオルカが店に入り、カーラの向かいの席に座る。水を貰い、それから、ベルトに指していた薬――エネルギーポーションの小瓶の栓を抜き、くいっとあおった。そうしてそのまま、テーブルに突っ伏する。食事を摂る元気はなかった。

 料理が運ばれてきて、カーラはそれを、無表情で口に運んでいく。オルカは、死霊術師が作るという精巧なゴーレムのことをふと思い出した。そのゴーレムは、美しい人間の容姿をしているという。本当にいるとすれば、それはカーラみたいな感じなのだろうか。ぼんやりそんなことを考える。

「そんなことで、私の指導員をやるつもりなのですか?」

 パンを片手に、カーラがオルカを見下ろして言った。オルカは答えなかった。「そうだ」とはっきり答えられるほど、まだオルカは、その覚悟を決めていなかったのだ。

「命を落としますよ」

 オルカは、カーラを目だけを動かして見上げた。

「そうさせないための指導員だよ」

「私でなく、貴方の命です」

 カーラが、心配してそう言っているのではなく、単なる警告としてそう言ったのだと、オルカにはわかった。足手まといになるくらいなら、この場で引き返せと、そう言っているのである。

 それもいいかな、とオルカは思った。

 別に、ここで引き返えしたとて、明日からはまた普通の、いつも通りの生活に戻るだけだ。ロドリゴは少しガッカリするだろうが、またすぐ元気になるだろう。

「そんなに〈聖域の主〉がほしいですか」

 この子はやぱり鋭いなぁと感心しながらも、オルカは微かに笑い、答えた。

「いらないよ、そんなもん」

 意外な答えに、カーラは眉を微かにつり上げた。

「金でも地位でもない。じゃあなんカストラストラクターなんて引き受けたのか……さっきからずっと考えてる」

「私はこれからハイダンジョンに挑みます。付いてくる気ですか?」

「そう決めれば、そうする」

「命をかけてまですることですか?」

「それは俺が聞きたい。命をかけてまですることなのか?」

「私と貴方では、立場が違います!」

 カーラが強い口調でオルカに言った。怒ったようだった。

「私は、早くハイダンジョンを踏破する必要があるんです。例え命を失ったとしても、私には、挑戦するだけの価値があります」

 迷いのない目、覚悟を決めた口ぶり。オルカは、彼女のような人種に心当たりがあった。彼女の行動の底にあるのは、「名誉」ではないだろうかと、オルカは思った。金銭欲や支配欲から派生して現われる名誉欲ではない。騎士や聖騎士や、本物の貴族が言う「名誉」である。

「どういう魂胆かは知りませんが、私を利用するために、そんなくだらない理由のために命をかけるような人間となんて、一緒に行動したくありません」

「俺はプリヤカーンだ。しかも、〈マナシェード〉を使える」

「貴方がプラチナ等級の傭兵だったとしても、お断りです」

 この世間知らずめ、とオルカは内心毒づいた。信念に一途なことは美徳かもしれないが、それも行きすぎれば我が儘に映る。異性や恋愛に対する生娘の潔癖が、価値観全般にわたって影響を及ぼしているのかもしれない。

「意固地になるのは勝手だよ。でもカーラ、君はハイダンジョンを踏破したいのか、自分の美学が貫ければそれで満足なのか、どっちなんだ」

 オルカの問いに、カーラは黙り込み、目だけをオルカに向ける。あくまで、挑戦するような瞳である。冷たく燃えるような、という表現がぴったりくる。しかし、これは効いているなと、オルカは思った。カーラは、自問しているのだろう。

「ダンジョンを踏破する可能性を上げたいなら、俺を連れて行くべきだ。大事な目的があるなら、小さいことはこのさい、捨て置くべきだと思うよ」

 オルカは、唇を強く結ぶと、やがて緩ませて、口を開いた。

「わかりました。貴方の好きにして下さい」

 そう言うとカーラは、再び昼食を食べ始めた。昼食を終えると、再び馬を走らせ、北へ、北へと街道を進む。やがて、街道から逸れた小さな道――村道に入り、一回の休憩を挟んで、夕日が沈み始めた頃、二人はイクイという村落にたどり着いた。その間、カーラは一言も、オルカに口を利かなかった。オルカも、触らぬ神にたたりなしと、カーラに話しかけはしなかった。

 イクイの村は、他の大方の村落や都市同様、周囲を高い石塀で囲まれた村である。村の建物は木造で、地面は舗装されていない。村落の人々は、皆畑をやって暮らしている。

 二人は、馬を下りて鉄門を潜り、入ってすぐの酒場宿に身を寄せた。イクイの村から、カーラが目指すハイダンジョンまでは、三キプスほどである。猟馬の駆歩なら一時とかからない。今日は宿で休んで、ハイダンジョンには明日挑戦することになった。「ことになった」というのは、オルカの勘である。カーラが口を利かないので、本当の予定は、オルカにはわからなかった。しかしカーラのことである、ここまでこんなに急いでやってきて、わざわざダンジョンを前に二日も三日も過ごすとは思えない。オルカは、下手をすれば今日の内に、このままハイダンジョンに行くのではないかと、日が落ちて外が真っ暗になるまでは、オルカは気が気ではなかった。関時の半ばを過ぎてもカーラの動きがないので、そこをもって初めて、オルカは一息つくことが出来た。

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