死霊の王と炎氷の魔法使い 12話
こうして二人は、今度は、ダンジョン主を倒して、悠々と結界扉を出た。〈イクイコロド〉の発生以来〈アラクベラ〉がため込んでいた、あるいは、その体内で形成された大量の呪物は、カーラの浮遊魔法によって、ダンジョンの外に運び出された。運び出すだけでも一苦労だったが、ダンジョンの入り口手前の小部屋まで先に全ての呪物を運び、そこから先は、番人とロドリゴも手伝って、手分けして運んだ。二人がダンジョンを踏破したことについて、皆が驚き、喜んだのは言うまでもない。荷物を運んでいる内に、ダンジョンの入り口は小さくなっていき、やがて塞がっていった。
オルカは、荷運びをロドリゴたちに任せ、カーラの付き添いでイクイ村の妖術師エイゲルのもとに赴いた。オルカはエイゲルの家で魂の結晶を用いた治療を受けた。魂の結晶は砕けてしまったが、オルカの命は、再び光を取り戻したのだった。
〈イクイコロド〉が踏破されたという知らせは、その日の高時前にイクイ村にもたらされた。村の若い衆は〈イクイコロド〉に行き、その入り口のあった場所が岩肌になっているのを自らの目で確認した。村では昼間から宴の準備が始まり、夕方になると、村の広場に大きなたき火が燃えた。酒が振る舞われ、民謡の合唱が、たき火の火の粉とともに、浅闇の空に舞い上がった。
乾杯の栄誉は、この日の主役であるカーラが受けることになった。新たな英雄の誕生に、近隣の村や町からも早馬を飛ばしてやってくる者があった。その夜カーラは、何度〈アラクベラ〉との戦いを語ったか知れない。
オルカはというと、体調不良を理由にして、早々に宿へと引き上げていた。疲労はしていたが、それよりも、居心地の悪さために、酒の席から離れたのだった。
ベッドに腰掛け、ぼうっとしていると、宴会の声が微かに聞こえてくる。宴の賑わいが、まるで他人事のように、オルカには思えてならなかった。
「オルカ様」
ノックとともに、扉越しにカーラの声が聞こえてきた。オルカは扉を開けた。カーラが、盆を持って立っていた。盆には瓶のボトルが一本、ガラスのグラスが二杯乗っている。
「中、いいですか?」
「もちろん」
オルカは、カーラを部屋の中に招き、扉を閉めた。カーラはテーブルにボトルと、グラスを置いた。
「焼葡萄酒です。ロドリゴさんから、オルカ様が好きだと聞きました」
そう言うとカーラは、二人分のグラスに焼葡萄酒の蜂蜜色の液体を注いだ。
「あぁ、ありがとう」
オルカはそう言うと、グラスを持った。カーラは椅子に座り、オルカに言った。
「乾杯の栄誉は、オルカ様のものです」
「おいおい、俺じゃないよ」
「いいえ、私にとっては、オルカ様です」
カーラにそう言われては、オルカもそれ以上断るわけにはいかなかった。
「じゃあ――勇伯家の新たな伝説に乾杯」
カーラが眉を顰める。オルカは仕方なく言い直す。
「大蜘蛛の成仏と大博打の勝利、それから、生きて帰れたことに乾杯」
「はい!」
二つのグラスが、カチリと音を立てる。一口飲んで、カーラはケホケホと蒸せてしまった。焼葡萄酒は強いのだ。オルカは焼葡萄酒を舌の中ほどから奥で転がして、風味を楽しんだ。
「さて、これで、俺たちの魂胆にまんまと乗っかったわけだけど――」
カーラは、オルカのそのもの言いにくすくすと笑った。
「ロドリゴさんに聞いたか?」
「カストラのことですか?」
「うん。メンバー入りできそうだってな」
そりゃあそうだと、オルカも、ロドリゴに聞いたときにはそう思った。傭兵としての経験は浅いが、これまでどの戦士も踏破できなかったダンジョンを破ったのだ。それだけではなく、聖域魔法――しかも炎氷霊気の使い手となれば、選ばない理由がない。その上ハルベルト勇伯家の出となれば、皆の指揮も上がるだろう。
「傭兵としては、ゴールド等級に飛び級するだろうってさ」
しかし実際には、もはやカーラに、傭兵の等級などは関係ないだろう。一夜にして、この国きってのソーサラーになってしまったのだから。
「オルカ様は、この後はどうするんですか?」
オルカは肩をすくめた。
「オルカ様がいなかったら、私は今頃、〈アラクベラ〉の〈リッチ〉になっていました。今回のことは、全部オルカ様のおかげです。呪物は全て、オルカ様にお譲りします」
「やめてくれ」
オルカは首を振った。
「二人で戦ったんだ。でも、どっちかといえば、君の功績の方が大分大きいよ。俺は,後ろからちょっとサポートしてただけだ」
今度はカーラが首を振った。
「あの時――私が、牛蜘蛛に襲われそうになった時、オルカ様は〈マナエクスプロージョン〉で助けてくれました。あれがなかったら、私は、魔力を制御できていませんでした」
オルカはグラスを傾け、液体をくるくる回した。
「その後も、〈マナシェード〉で……私が、一人ではまだあの魔法を制御できないのが、わかってたんですよね?」
オルカはグラスに口を付け、くいっと一口、口に含んだ。ゆっくりと酒を喉に流して、オルカは答えた。
「次は一人でもやれるさ」
「はい」
カーラは力強く頷く。〈ガウラカストラ〉には、オルカは入れない。頭数を増やせば増やすほど、カストラやダンジョンというのは、強化されるのだ。つまりは、人海戦術は圧倒的に不利であり、少数精鋭が、カストラやダンジョンの攻略の基本である。カーラはその『精鋭』であるが、オルカは違う。
宴のどんちゃん騒ぎが聞こえてきて、カーラは思わず笑みをこぼした。
「どうして逃げてきたんですか?」
オルカは、少し考えてから答えた。
「今までこういう勝利を掴んだことがない。慣れてないんだ」
カーラにとっては意外な答えだった。オルカほどの実力があれば、これまでに何度も、『主役』になる経験をしてきただろうと思っていたのである。
「だんだん慣れますよ」
「もうご免だ」
オルカの反応に、カーラは可笑しそうに笑った。オルカは笑い事じゃないよと鼻を鳴らし、グラスを口に運んだ。宴の笑い声と笛とリュートの弾むようなメロディーが、白時を過ぎるまで続いた。
これで「死霊の王と炎氷の魔法使い」編終了になります。
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