死霊の王と炎氷の魔法使い 10話
それから五日の間、オルカは小屋で療養生活を送ることになった。命の蝋芯が減っているというのが嘘のように、オルカの身体は調子が良かった。まるで、太陽が、沈む直前にまばゆい光を放つがごとくだな、とオルカは思った。三人の魔窟番とも仲良くなり、夜は同じテーブルを囲んだ。
その五日の間、カーラはイクイ村を拠点にして、村の近くの森の中で、技の習得に励んでいた。オルカが〈マナリンク〉に踏破の可能性を見いだしたのと同じように、カーラもカーラで、〈イクイコロド〉踏破の方略を見出していた。
他方ロドリゴは、オルカの魔法契約のための素材と道具集めに奔走していた。白酒とラム酒、桔梗の花は、何と言うこともなかった。糸と糸車も、容易かった。しかし他の素材は難しかった。クサリヘビの抜け殻は魔道具屋をはしごしてやっと見つけることが出来た。プラチナの装飾品は、ギルド会館の地下倉庫のから失敬した。プラチナ製の指輪である。
最後に残ったのが、ブルーダイヤである。傭兵ギルドとドワーフの取引記録や、ギルド倉庫の保管記録を丸一日かけて洗ったが、ブルーダイヤの記録は見つからなかった。
仕方がないので、ロドリゴはある筋から盗賊団に依頼を出し、町の領主邸からブルーダイヤを盗ませてきたのだった。これがバレれば絞首刑である。ともあれ、ロドリゴはまんまとブルーダイヤはじめオルカの魔法契約に必要な道具の一切を揃えたのであった。
ロドリゴが、荷馬車を引いてオルカの寝泊まりする番小屋へとやってきたのは、六日目の昼前だった。
オルカはその日、日が暮れるのを待ち、月が白く輝き始めた頃、小屋を出て、その裏で魔法契約の準備を始めた。呪物を並べ、並べ終えると、オルカはその前にあぐらを掻き、両手で印を結んで、瞑想を始めた。
風が吹き、ごとごとと白酒を入れた樽が震え出す。くるん、くるんと、その中に入れていたひしゃくが、回転する。蛇の抜け殻が微かに動き始める。
音と呪物をめぐる動きと振動は、次第に、月の光が強く白くなるに従って、勢いを増していった。風が舞い上がり草花を巻き上げ、桔梗の花が渦を巻く。糸車がくるくるくるくる回転し、白糸が風に紡ぎとられていく。突風が竜巻となり、オルカと呪物を包み込む。プラチナの指輪も、ラム酒も、桔梗も蛇の抜け殻も、竜巻の中に飲み込まれていった。
やがて、竜巻はおだやかな撫で風となっていった。月の光も、優しさを取り戻した。オルカが目を開けると、白酒の樽が二つ、中身を空にして倒れていた。
オルカはゆっくり息を吐き、自分の両手を見下ろした。それか立ち上がり、そしてふと、オルカは視線を感じて振り返った。そこには、ロドリゴと、イクイ村から戻ってきたカーラの姿があった。
オルカは、半ばカーラの方に向き直り、下を向き、それから、空に出ている十三夜の月を見上げた。そうして再び地面に視線を落とし、腕を組んだ。頬に手をやり、顎に手をやって目をつむる。
そうしてやっと、オルカは口を開いた。
「明日行こう」
カーラは力強く頷いた。
翌日、まだ日も昇らぬ露時のうちに二人は起きて、パンと冷たいスープで朝食を摂った。それから、ブーツの紐を固く結び、ベルトに必要な道具を装備して、準備を整え始める。ロドリゴと三人の番人は、二人をダンジョンの前まで見送った。日の出前、鳴時の二つくらいの時間である。
「それじゃあ、行ってきます」
オルカが、見送りの四人に言った。
「一旗揚げてこい」
ロドリゴの言葉に、オルカは頷いた。そうして二人は、見送りの四人に背を向けて、ダンジョンの穴の中に入っていった。階段を下り、丸い小部屋に降りてゆく。
オルカは〈マナシェード〉をカーラにかけ、腕と肩を回した。カーラも魔方陣からハルバードを引き出した。
「カーラ、今なら戻れるぞ」
ダンジョンの入り口の前で立ち止まり、オルカが言った。カーラは微かに笑って答えた。
「私は、このダンジョンの主を倒しに来たんです」
「必ず帰ろう」
オルカはそう言うと、ダンジョンに入った。そのあとにカーラが続く。景色が変わり、墓地の中。入ってきた扉が閉まり、結界が施される。
カーラを先頭に、二人は小山に立つ枯れ木に向かって歩いて行く。しかし今回は、進んでも進んでも、幽鬼は出現しなかった。
「おかしいですね」
カーラが呟く。
「冷静に、作戦通りやれば大丈夫だ」
オルカは、自分にも言い聞かせるように言った。小山を登り始めた時、ついにダンジョンのボス、〈アラクベラ〉が木の麓から現われた。同時に赤い霧の呪毒と、大量の幽鬼が現われた。
透かさず、オルカは〈マナリンク〉を、その場の、〈アラクベラ〉以外の全員にかけた。それに遅れて、〈リッチ〉たちの、大量の〈マナドレイン〉が二人に向けられる。呪毒によるマナロスト、そして〈マナドレイン〉によるマナの喪失――二人は一瞬にして、全ての魔力を吸い取られるはずだった。
しかし、オルカの〈マナリンク〉を使った作戦が、見事にはまった。カーラのみならず、〈アラクベラ〉以外の全ての魔物に〈マナリンク〉をかけたために、全ての幽鬼のマナと、オルカとカーラのマナは、共有された状態になった。つまり今、このダンジョンにおける〈アラクベラ〉以外の全員のマナは、大きな一つの桶の中に入っている状態である。この『桶』にあるマナは、この場にいる〈アラクベラ〉以外の全員のマナの総和分という、膨大な量となっている。幽鬼が〈マナドレイン〉を使う度に、〈マナドレイン〉を使うために消費したマナだけが少しずつ、この「桶」の中から消費されるが、それは全体からみれば微々たる量だった。
「クラウソラス!」
カーラが、『桶』のマナを使って飛光剣を放つ。狙いは、〈リッチ〉以外の魔物である。〈リッチ〉は、マナの貯蔵庫としてとっておく作戦だ。他の魔物は、放っておくと厄介なので、できるだけ迅速に倒したい。
カーラの飛光剣は、冴えに冴えていた。前回は〈サイズゴート〉に苦戦をしていたが、今回は、〈サイズゴート〉の動きを先読みしているかのように、鮮やかに飛光剣を操り、どんどん倒していった。
『力なき人間よ、我が僕となり果てよ』
低い声が墓場に響く。〈アラクベラ〉の声だ。ついに〈アラクベラ〉が、カーラの前にまでやってきた。周囲を囲むのは、〈マナドレイン〉を使い続ける哀れな〈リッチ〉たちである。
「剣よ、貫け!」
カーラの声に呼応して、飛光剣が宙を舞い、〈アラクベラ〉を斬り、貫いた。〈アラクベラ〉は堪らず後退したが、カーラの追撃は隙がなかった。膨大なマナの支えによって、カーラは、いくらでも飛光剣を作り出すことが出来た。もともと才のない者であれば、どんなにマナがあっても、扱える魔法の数もたかがしれているが、カーラの場合は、常人ではとても扱いきれぬ量の飛光剣を、同時に扱うことが出来た。
『いまいましい定命の輩め』
ぐわっと、〈アラクベラ〉が、髑髏の口をあんぐり開けた。すさまじい呪毒を帯びた瘴気が、墓地全体に広がる。すると、〈リッチ〉が、とたんに消滅し始めた。
「カーラ、まずい!」
〈リッチ〉がいなくなれば、そのマナを拠り所にしていたこの作戦が機能しなくなる。呪毒によるマナロスト分のマナを補填できない。
ここまでか、とオルカは膝を突いた。が、カーラはハルバードを後ろ手で隠すように持ち、左手を前に――〈アラクベラ〉に向ける構えをとっていた。カーラの身体から凍てついた霊気がほとばしる。同時に、オルカがカーラにかけていた〈マナリンク〉と〈マナシェード〉が解除される。
オルカには、カーラが何をしたのかわからなかった。しかし‘何か’をしたのは確かだった。その証拠に、カーラは、すでに〈リッチ〉が消滅してほとんど無尽蔵だったマナを失い、〈マナリンク〉と〈マナシェード〉がどういうわけか解除された今においても、よろめいたり、倒れたりしていない。マナロストによる影響を受けていないのだ。
〈アラクベラ〉が、前足を鎌のようにつかって、カーラに挑んだ。カーラはそれを横に動いて交わし、身体を回転させながらハルバードを振り下ろした。その瞬間、ハルバードから凍てついた剣気が放たれた。ハルバードの空を裂く剣気は、〈アラクベラ〉の胴を斬った。
グアアアアッと、〈アラグベラ〉は叫びを上げる。カーラは、〈アラクベラ〉を見据えながら、ゆっくり呼吸をする。
〈アラクベラ〉は再び口を開けて瘴気を放つが、その直撃を受けても、カーラは何ともなかった。そのあんぐり開けている口の中に、再びハルバードの剣気をたたき込む。
〈アラクベラ〉は頭を右に左に、上下にと揺さぶり、口から赤黒い気体をぼくぼくと吐き出した。
『おのれ人間。八つ裂きにしてくれる』
〈アラクベラ〉の声が響いた直後、赤い呪毒の霧の中から、牛ほどの大きさの蜘蛛が出現し始めた。〈アラクベラ〉は後退した。
「カーラ、気をつけろ!」
カーラはハルバードを構え直し、四方から飛びかかてくる牛蜘蛛に斬戟を浴びせた。しかし、後から後から切りがない。
『そうだ人間。踊れ、朽ち果てよ。我が毒の中で』
オルカは、地面から飛び出してきた骸骨の腕に足首をつかまれ、倒された。
「はあっ!」
カーラの剣気が、オルカの背後に迫っていた牛蜘蛛をなぎ払う。しかしその一撃で、カーラの魔力は底を突いてしまった。カーラは体捌きと槍術によって,飛びかかってきた牛蜘蛛を倒し、〈アラクベラ〉と対峙した。しかしその間を、すぐに牛蜘蛛が埋めてしまう。カーラの呼吸が震えているのを、オルカは感じ取った。
カーラがどんな技を使ったのか、オルカはこのときにやっと理解できた。プリヤカーンの技に〈セルノクチクル〉という聖術がある。自分を聖なる膜で覆い、外部からのマナの流入、内部からのマナの流出を防ぐ技である。カーラの使った技も、それと似たような効果を持つ魔法だろう。外部からのマナの流入をシャットアウトしているので、マナの回復に時間がかかり、魔法もほとんど使えない。その代わりに、呪毒をうけてもマナロストは発生しない。ここでは確かに、奥の手になり得る技だ。
――が。
カーラのマナも剣気による攻撃でほとんどなくなってしまったようだ。あとは、ハルバードによる直接攻撃しかないが、狡猾な〈アラクベラ〉は、それを感じ取っているのだろう、遠間から、手下の蜘蛛をけしかけるばかりだ。これでは、近づくことすら出来ない。オルカは試しに、牛蜘蛛に〈マナリンク〉をかけてみたが、牛蜘蛛はさすがに〈アラクベラ〉の同族の手下だけあって、振り払われてしまった。
『息絶えよ』
赤い霧が濃くなってゆく。牛蜘蛛の目が、赤く爛々と輝き始める。ついにオルカも、呪毒によるマナ消失の影響が出始めて、視界がくらくらと回り始めた。




