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死霊の王と炎氷の魔法使い 1話

 珍しい才能に会ったぞ――。

 酒場の二階で、ロドリゴは一杯やりながら、部下のオルカにそんなことを言った。ロドリゴは傭兵ギルドの傭事部傭兵登録課の職員で、オルカは今は彼の元で働いている。

「才能、ですか?」

 オルカは聞き返す。

「傭兵志望の十五、六の娘でな、見た目もなかなかに、良かった。いや、それはまぁいいんだ。その娘がな、ソーサラーなんだ」

 ソーサラーというのは、直接的な攻撃の魔法を得意とするバトルクラスのことである。ソーサラーは、男よりも女の方が多いから、女性ソーサラーというのは、特に珍しいわけでも無い。

「何か、すごいんですか?」

「あぁ、すごい」

 ロドリゴはきらりと目を光らせた。一度言葉を切ると、もったいぶった充分な間を置き、続けた。

「〈聖域の主〉、知ってるか?」

「簡単には。本で読みました」

 オルカは答えた。まだ日は浅いが、傭兵ギルドの一職員として、オルカは〈センス〉や〈スキル〉などの知識を、本でできるだけ調べるようにしていた。〈聖域の主〉というセンス持ちは、いわゆる〈聖域魔法〉と呼ばれる術を習得できる素養を持っていることを示している。〈聖域魔法〉は、ソーサラーにとっては「最強」「究極」「奥義」ともいえる魔法で、使い手はなかなかいない。

「なんだよ、もうちょっと驚け、張り合いがないだろう」

 ロドリゴが言った。しかし、オルカはオルカで、特別に驚かない理由もあった。

「〈聖域の主〉を持っているからといって、聖域魔法を必ず使いこなせるようになるわけじゃない――本にはそう書いてあったので」

「あぁ、確かにそうだ。なんだ、しっかり勉強してるじゃないか。その通り、お前の言うとおりで、〈センス〉があるからといて、必ずスキルが習得できるわけじゃない」

 オルカは、ロドリゴの後を続けるように言った。

「特に、聖域魔法は、習得も制御も難しく、〈聖域の主〉を持っている者のほとんどは、聖域魔法を習得できていない――そうなんですよね?」

 ロドリゴは、「参ったな」と笑って、腸詰めをフォークで刺し、がぶりと食いちぎった。

「だが、もし習得できたら、すごいと思わないか。ギルドの看板になる」

「はぁ……」

 ぼんやりとした返事を返すオルカに、ロドリゴはフォークを突きつけて言った。

「お前はな、もう少し野心を持て。その〈センス〉持ちは、カーラって名前だ。カーラは、今は俺の担当だ。そして彼女は、まだどこのクランにも所属してない」

「それじゃあ、まずクランを紹介しないと」

 傭兵ギルドに新人を登録する場合は、手順として、傭兵入りを希望するその新人にクランを紹介して、そのクランで、その人物が傭兵に相応しいかどうかを判断し、相応しいとなれば、クランからギルドへ、その新人の傭兵登録が推薦され、ギルドはそこで、推薦された新人の登録推薦用紙に印を押す――そういう流れになっている。要するに、クランによってふるいにかけるのだ。傭兵といっても、誰彼構わず認めたのではやはり問題が起きて、ギルドの名前に傷が付いてしまう。

 しかし、ロドリゴはオルカの答えに、額に手をやって大げさに首を振った。

「ロドリゴさん、どうしようって言うんですか?」

 オルカはロドリゴに質問した。

「俺たち傭兵ギルドの役目は、クランを管理することだ。だが知っての通り、あいつら、ちょっと力を付けると調子に乗って、クラン同士で喧嘩したり、ギルドに変に強く出たりする。ギルドを通さないで、クランとつ伺爵家が関係を作ろうとした事件が、つい三年前にもあった」

 オルカは曖昧に頷いた。

「つまりだ、ギルドは、クランに侮られないよう、ある程度の力を保有しておく必要がある。聖域魔法を使えるソーサラーを育て上げ、そのソーサラーがギルドの役員になったら、ギルドにとっては万々歳だ」

 そこまで聞いて、オルカはやっと、ロドリゴの狙いがわかった。その、センスを持っているカーラというソーサラーを、ギルドで抱え込もうというわけである。

「上手くいけば、俺もお前も大出世間違いなし」

「でも、育てるって、どう育てるんですか」

 ロドリゴは、オルカをじっと見つめた。

「俺がどうしてこの話をお前にしたか、わかるか?」

 オルカは、恐る恐る首を振った。

「カーラの指導員をやってもらうためだ」

「どうして、俺なんですか……」

「プリヤカーンだからだ。しかも、〈マナシェード〉持ちのな」

 オルカは、反論できなかった。戦闘補助役としてプリヤカーンはあらゆるバトルクラスと相性が良い。特に〈マナシェード〉持ちのプリヤカーンは、ソーサラーを代表する、マナを大量に消費して戦闘をするバトルクラスにとっては、最高のパートナーである。

 その〈マナシェード〉というのは、簡単に言えば、対象の使う魔法の消費マナを〈マナシェード〉の術主が肩代わりするという魔法である。肩代わりするマナの割合は、術主の霊的能力が高ければ高いほど、多くなる。つまりパートナーにとっては、マナの負担が少なくなるのだ。

 そして実は、オルカは他に、〈ハートコンバカス〉というスキルも習得している。命をマナに変換させるスキルである。ロドリゴは、当然そのことも知っている。加えてオルカは、プリヤカーンの代名詞である〈ヒール〉も、しっかり習得している。

「オルカ、やってくれないか。俺は、悪い賭けじゃないと思ってる」

「俺は賭けが嫌いですよ。ポーカーも、ルーレットも、サイコロだって、勝った試しがない」

「本当に強い奴ってのは、そんな道草みたいなゲームに勝つような奴じゃなく、人生の賭けに勝つ奴だ。お前は、勝てそうな気がする。それに俺は、運が良い」

 オルカは、大金や、裕福な生活というものにはロドリゴほど頓着はなかったが、ロドリゴの運になら賭けても良いかもしれない、と一瞬思った。オルカは、ロドリゴと知り合ってまだ一年と経っていないが、その中でも、ロドリゴという人間の運の良さ、引きの強さというのには何度も驚かされていた。それはロドリゴの仕事のことだけでなく、カードでも何でも、金がかかったゲームで、ロドリゴが負けたところをオルカは見たことがなかった。

「俺、血見たくないんですよ」

「プリヤカーンのくせにか?」

「だから修道院から逃げたんです」

 なるほどな、とロドリゴは笑った。聖職に就く場合、その入り口は修道院である。そこで修道士として修行をし、助療師(じょりょうし)や読師といった専門の職に就いてゆく。その修道士の修業は、座学や、菜園での野菜作りだけではない。魔物退治や戦闘訓練があり、それが、かなり厳しいものなのだ。特にオルカが嫌いだったのが対人の戦闘訓練で、結局それが嫌で、オルカは青年になる前に修道院を出てしまっていた。

「もったいないことをしたもんだ」

 ロドリゴが言った。

 誰でも望めば修道院に入れるわけではない。聖職者としてのスキルを習得でき可能性――〈セイントセンス〉がなければ、修道士にすらなれないのだ。修道士こそ身分は高くなく、生活も貧しいものの、修行を終え『道士』の位を得れば、聖職についても、聖職を離れて別の仕事をしたとしても、不自由のない生活が出来る。傭兵としても、道士は引く手あまたの高給取りであり、道士の資格を得る前にリタイアした修道士崩れでも、傭兵クランは獲得に余念が無い。

 もっとも、修道士崩れの実力はピンキリで、オルカのように、修道士を五年とやらずにリタイアした者は、クランに入っても厚遇は期待できない。

「お前、ほしいものとかないのか。出世したいとか」

 ロドリゴに聞かれ、オルカは考えた。

 オルカにも、人並みの欲望はあった。おいしい料理が食べたいとか、もうちょっと広い家に住みたいとか、それくらいは。しかし例えば、屋敷がほしいとか、村や町の領主になりたいとか、ギルドの幹部役員になりたいとか、そういった希望は全くなかった。

「そうですねぇ……。週に一回でも焼葡萄酒(やきぶどうしゅ)が飲めるようになりたい、ですかね」

「お前、焼葡萄酒が好きなのか?」

「一度だけ、飲ませて貰ったことがあって」

「そうかそうか。よしわかった。週に一度といわず、日に一度飲めるような生活は、俺が保証する」

「保証って、どうするんですか」

「お前が件のソーサラー、カーラお嬢さんをいっぱしのソーサラーに育て上げたら、その時は、ギルドのお偉い方に、お前の功績をしっかり伝える」

「いっぱしって言うのは、聖域魔法が使えるようになるまで、ということですか?」

「そうだ」

 そんな雲を掴むような話、とオルカは思った。しかし、ロドリゴの確信めいた口調に、いつの間にかオルカは、心を動かされていた。ロドリゴは大胆だが、決して馬鹿ではない。勝てるギャンブルには全財産を掛けるが、負けるようなギャンブルなら、角銭(かくせん)一枚掛けないような男である。

 つまり今回の件は、ロドリゴからすると、「勝てるギャンブル」ということらしかった。ロドリゴの頭の中では、すでに勝利の方程式が完成していると見える。

「人間、どこかで決断は迫られるものだ。どうせ人生をかける決断なら、リターンが大きい方が良い。お前にとって、今回がそれだと俺は思うよ。これは、チャンスだ。俺にとても、お前にとっても」

 オルカはしばらく考え、やがて答えた。

「わかりました。やってみます」

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