浮遊霊と地縛霊
ここはまるで座敷牢、壁の高い位置にある小さな明り取り窓からしか、外の様子を見ることができない。
私はさながら籠の鳥、この地に縛られ自分の意志では逃げ出すことなんて、できない。
床に座る私は窓の外を見ようと身じろぎをする、足元でシャラリ……と音がした。音の方へ目を向ける、私の瞳に映るのは、私を縛る冷たい鎖。
━━あぁ、私はいつまでこの鎖に縛られ続けるんだろう?
手を伸ばして足元の鎖に触れ、溜息を一つ吐いていると急に私の部屋が揺れた。
「めぎょ!?」
謎の悲鳴が聞こえ、窓を見上げると頭があった。私は立ち上がり、壁際に駆け寄った。私の鎖が立てる足音が聞こえたのか、頭を僅かに動かす。
「ん? 誰かいるの!? ちょっと引っ張ってくれない?」
「え、えぇ……」
彼女は窓に引っかかってしまったらしい。私は軽く床を蹴り、ふわりと宙に浮きあがる。丁度窓の高さでぴたりと止まり、彼女の頭に手を添えた。
「じゃあ、いく、よ?」
「任せた!」
手に力を込め、部屋の中へと引っ張る。すると、ポンッという景気のいい音とともに彼女は私の部屋に入ってきた。
「ほわぁー、助かったぁ……」
首をコキコキと鳴らしながら彼女は仰向けに寝転がる。そして引っかかっていた首をぐるりと回し私を見ると、パッと浮き上がりその場に正座し居住まいを正す。
「ごめんごめん、ほっとしたら気が抜けちゃってさ……。いやー、ほんと助かったわ。ありがとね」
「ううん、気にしなくていいよ。ちょっとびっくりしただけで……」
「そっかー、そうだよね。んー、通れると思ったんだけどなぁ……」
窓があるから通ってみよう、なんて考えしたこともない。だって私は……。
「……ぇ」
なんだか呼ばれているような?
「ねぇってば!」
「へ!?」
見ると彼女は私の手を握りしめている、そのことに気が付いた私は反射的に振りほどいてしまった。
「あ……、ごめん」
「んん? いーよいーよ。いろんな人がいるもんねー」
彼女は「あはは」と屈託なく笑う。
「そうそう、君はなんていうの? 君の名前を教えてよ」
自分の名前を誰かに言うなんて、何時振りだろう。喉が震えているのが分かる。
「……私の名前は、紗夜」
「そっか。私は由宇! よろしくね、紗夜」
「う、うん」
由宇は微笑んで私に手を伸ばすから、私はその手に自分の手を重ねる。すると由宇は私の手を握り締め、自らの方へと引っ張ったのだ。急に引っ張られた私はバランスを崩し、由宇の上に倒れこんでしまう。
「きゃ!」
「あっはは、紗夜面白いね!」
「お、面白くないよ」
わざとらしく少し頬を膨らませて由宇をちらりと見てみると、心底楽しいようでけらけらと軽快に笑っている。
「まぁまぁ、そうむくれなさんな」
そういう由宇の目尻には薄らと涙が溜まっていて、私の反応がよっぽど面白かったことを物語っていた。そして、由宇は急に「決めた!」と何かを決意すると、私を見つめる。
「紗夜、私と一緒に外に出よう? きっと面白いことがいっぱいだよ! 毎日がワクワク、ドキドキだよ!?」
「由宇……。ごめん、私……」
由宇の言葉は、嬉しかった。でも、私は自分の足首に目を落とす。由宇は私の視線を追うと不思議そうな顔をする、私の鎖がシャラリ……と小さな音を立てた。
「それは、鎖?」
「うん……。私ね、地縛霊なの。だから由宇と一緒には、行けないんだ……」
「うーん、『じばくれい』なんだね?」
腕組みをして由宇は何やら考え込んでいる。
「ねぇ紗夜。ちょっと聞いてもいーい?」
私はこくりと小さく頷いて、由宇の言葉を待った。
「紗夜は、このままずっと一人でいるつもりなの?」
「この鎖が解けない限りは、ずっとここにいるんだろうなって思っているよ」
外に出てみたいと、思ったことはある。私を縛る鎖が解けたら、いつかは――。でも、それは諦めにも似た感覚だった。
「『自縛霊』って、知ってる? 土地に縛られてるんじゃなくって、自分で自分に鎖をかけている状態」
由宇が話し出したのは聞いたことのない言葉。自分で自分に鎖を、だなんて……。そんなことあるのだろうか。
ぱちくりと目を瞬かせる私を見て、由宇はふふふっと楽しそうに笑う。そして重大な秘密を打ち明けるかのように真面目な顔をする。
「不思議そうな顔をしてる。私ね、昔は『自縛霊』だったんだ」
━━え? 今、由宇はなんて?
私は由宇の言葉が理解できなかった。
「んー? その顔まさか信じてない? まぁ、今はのんびり自由気ままに浮遊霊をしてるからね。でもあの頃は、自分を責めたり、嘆いたりもしてたな……」
由宇は当時を懐かしむように「うん、辛かった」などと独りごちて、悲しそうに俯いた。室内に僅かに重苦しい空気が流れる。その空気を振り払うかのように由宇が顔を上げた。
「でもね、私は変わろうと思ったの。変わりたいって願ったの。そうしたら、私を縛る鎖が消えてなくなっていったの」
「そんな、私にはとても……」
にわかには信じがたい話だった。でも、もしも本当に由宇が自縛霊だったとしたら? 私も、外に出られるのだろうか。
「私も由宇と一緒に、由宇みたいに外に出たい」
私の気持ちをそのまま由宇に告げると、由宇は優しく微笑んで柔らかい眼差しを私に向けた。
「鎖を解くのは紗夜、だって解けるのは紗夜だけだもん。紗夜を縛るのは鎖だけじゃない、紗夜の心が紗夜を縛るの」
「私の、心……」
私は胸にそっと右手を当てる。由宇のように自由になりたい、でも今までの自分が変わってしましそうで怖い。私の相反する二つの気持ちが、私の中でぶつかり合って、一体どうなってしまうのか。分からないということが、堪らなく怖かった。
そんな私の左手に温かい何かが触れる。そっと見てみると、その正体は由宇だった。由宇は私の手をきゅっと優しく包み込む。
「大丈夫だよ。変わるのは怖いかもしれないけど、私がついてるから」
「由宇、うん。ありがとう」
私は変わりたいと、由宇と一緒にいたいと強く願う。変化はちょっぴり怖いけど、ずっとこのままなんて嫌だった。
すると、私の鎖はパキパキッと音を立てて崩れ始め、最後にはサラサラとした砂のように消えていった。本当に、私の鎖が無くなってしまった。あまりのことに呆然としてしまい、何も言えなくなってしまう。
「紗夜!!」
勢いよく私に抱き着く由宇は「よかったね、よかったね」としきりに繰り返している。まるで自分のことのように喜ぶ由宇が私の上に覆い被さっているから少し重かったけれど、不思議と嫌ではなかった。
鎖の解けた自縛霊も、今になっては浮遊霊。外は自由で楽しいな、まだまだ緊張と驚きの連続だけど……。でもきっと大丈夫。私には、由宇がいてくれるから。




