あめとむち
朝ごはんを食べ終えて私が食器を洗いっている間、エルが廊下の縁に座りながら私に話しかけるタイミングを伺っていた。
以前食器を洗っている最中に私が話しかけられたタイミングと、油と水の相性が悪く手を滑らせたタイミングが同じで、割れた食器を自分が話しかけたせいだと思ってしまったようで……いや、エルのせいじゃないと言ったんだけどね。
でも、待っているものだから、待たせるのも可愛い…じゃなくて、悪いから、いつもより急いだよ。弟よ。
「ねぇ、おねぇちゃん。今日はなにするの?」
「午前中は家事のお仕事で、午後からは厨房の食器洗いとこじいんで遊び相手」
「!!!」
私の仕事の日程を聞いたエルは、いや正確には最後の方に言った言葉に、ワクワクを隠せないような仕草をしたのだ。
「今日はエルもお仕事あるよ」
「いやったー!」
そう。孤児院の子供達の世話の仕事は、エルが行うことになってる。
エルはまだ細かいことや指示を受ける仕事は無理だし、覚えはいいけどやってはダメなことを、まだダメだなことだというのを理解してくれない。
だから、孤児院の仕事はただ子供達と遊ぶだけ。
「ただし、こじいんからは絶対に何があっても出ちゃダメだし、院長さん以外の言葉にはしたがっちゃダメだよ?分かった?」
「うん!いちばんえらい人のいうことだけきく!」
「うん。絶対、出ちゃダメが抜けてる」
「・・・うん!出ないよ!」
毎回孤児院の仕事がある度に言ってるが、どれかは破る。だから本当強く根気よく言い続けている。もうそろそろ、覚えてよ、エル。
私はその思いを込めて――
「・・・てぃ!」
「いだっ!!」
――エルの頭に手刀を食らわした。
姉弟だから出来る愛のある行為だ。他の人にやったら、ただの暴力なのは理解しているから、エルの覚えが良くなったり、成長したらやめると思う。多分。
「もう一度聞くけど、何をしちゃダメだっけ?エル」
「いちばんえらい人のいうこときいて、しごとばからでない!」
エルは声を張り、一言一句はっきりと発音して答えた。
最初からそういっていれば、手刀を食らわずにすんだのに……でも、言えたんだしご褒美をあげなきゃね。
「うん!良くできました!お仕事がちゃんとできた子にはごほうびをあげちゃうよ」
「え!」
「夕食に、デザートつけてあげる」
おばあちゃんが言っていた。『アメとムチ』らしい。嫌いなものをした後に甘い、つまり相手の喜ぶことをすることらしい。
逆でもいいから、とにかく好きと嫌いを交互にやるのが大切らしい。私もおばあちゃんから聞くまでは、おばあちゃんからやられていた。
エルの場合は、手刀で痛い思いをした後に大好きな甘い物をあげることだ。
ちなみにエルは、卵と牛乳等を使ったプリンだ。……卵と牛乳を使わないプリンは、おばあちゃんから聞いたことがあるけど材料がないから無理だし、普通に作った方がまだ安い。
「ほんと!」
「ほんと、ほんと」
「わーい!ぼく、おしごとがんばるね!」
アメとムチは、エルには効果的みたいで助かる。
「午後からだからそれまでは家でおるすばんしててね。連れていったら、迎えに行くまでおしごとしててね」
「りょーかいです!たいちょー!」
「任せました、エル隊員」
最近エルの間で流行ってる部隊ごっこで返事をするので、私も合わせておく。
さて、食器を片付けよう。
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――ある日の一幕。
エル『ふはははは!おねぇちゃんよ!我にしたがうのだ!』
レイヴン『(またか。)エルはどんな人なの?』
エル『エルはまおうなり!おねぇちゃんよ!今日のよるごはんには、ピーマンを入れるな!』
レイヴン『エル魔王様。それは出来ない相談です』
エル『え!なんで!まおうは何でもしじできる王さまなんだよ!』
レイヴン『エル。魔王には好き嫌いはないから。エルの読んだ『勇者vs魔王』に魔王は好き嫌いなく育ったがって書いてあったでしょ』
エル『うぅ~じゃあ、魔王やめる!勇者にする!』
レイヴン『勇者も同じだよ』
エル『むぅー!!おねぇちゃん!ピーマン入れないで!おねがい!』
レイヴン『(揺らぐ心)ダメ…。でも、ピーマン食べられたらデザートならつけてあげる』
エル『え!ほんと!プリン?』
レイヴン『プリン』
エル『ぼく、ピーマンたべる!』
レイヴン『がんばれ~』