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デイジーの村で 4

本日二度目の投稿です。

リーフィアスは、己の歌に難のあることはよくわかっていた。それを恥じ、自分は吟遊詩人(バルド)見習いか、下手をすれば吟遊詩人(バード)にもなれないかもしれないと思っていた。だから、そんな師の言葉に注意を払わず、ほとんど聞き流していたのだ。


置き去りのように無理やり独り立ちをさせれられ、途方に暮れながらも頭に浮かんだことは、「歌わなければならない」「遍歴しなければならない」そのふたつだけ。だが、放り出されてすぐのこと、どこに行けばいいのかわからない。──仕方なく目指した、デイジーの村。師の語った、呪われた穢魔の地。


そこは師の言葉どおりに荒れ果て、気枯れていた。


師に拾われ、育てられ、歌や楽器を教わってきた。可愛がられてもいた。風変わりな養い親だったが、確かに愛されていたとリーフィアスは思う。その養い親が──お師匠様が言うのだから、自分は吟遊詩人(バルド)であらなければいけない。


デイジーの地を見て、そう思った。


何より、シダリアスは<バルドの竪琴>をリーフィアスに預けて行ったのだ。なら、見習いといえど歌わなければならない。──穢魔の風にさらされている、今、こんな状態であろうとも。


かろうじて半身を起き上がらせ、リーフィアスは手に触れた<バルドの竪琴>を胸に抱いた。穢魔の風が威嚇するように吹き抜けていく。冷たいのか熱いのか、痛いのかもわからない瘴気に煽られ、平衡を失いそうになる。かろうじて耐えたとき、肘に何かが触れた。


それは儀式の事前準備のため、言霊の韻律の中心に据えていた古い石の祠だった。ごつごつした背の低い石組に背を預け、なんとか身を起そうとしたが、動くと酷く傷が痛む。それでも、最低限身体を支えることができた。


息を吐き、落ち着いて、再生の祝詞を歌おうとする。


「っ……!」


声が、出ない。歌に難があっても、お前の声はいい、とてもいいと、それだけは誰にでも褒められた、声が。


竪琴を抱いた反対の手で、リーフィアスは喉をまさぐった。そうだ、不意打ちに背中を刺され、なすすべもなくこの場に倒れたとき。自分はこの祠の石で喉を打った。まさか、それで声が出なくなったのか。──自分は、言霊を紡ぐことができなくなったのか。


絶望に囚われるリーフィアスを嘲笑うように、ごうごうと穢魔の風が唸る。禍つ歌を歌う。



  かれろ 枯れろ しね 死ね

    無だ、むになれ

   枯れてしまえ

     かれろ 死ね しね


  死ね



──うるさい! 


リーフィアスは心に叫んだ。


──死んでたまるか、蔓延ってやる。


そう強く念じ、竪琴の弦を指先で弾く。

  

──私は草だ、私たちはみんな草の末裔。草とは蔓延るもの。簡単に、枯れさせられてたまるものか! 


そうして、歌う。心の中で、再生の祝詞を歌う。

  

  

  始まりのさき 始まりのあと めぐりめぐりつづける神々よ

  流転は御身らの力なり 


  我らその御力より生ずれば

  葉をひとふり ゆらゆら

  葉をふたふり ふるふる

  

  御身らをたたえるなり

  ふるべゆらゆら ゆらゆらふるべ

  

  我ら流転の風に身をふりひらく

  おのずと ひらひら 歌のこぼれる

  

  流れあふれる うたの泉は地を潤し 森を養う 

  おお 緑の森

  そは緑柱石の炎のごとく燃え上がり……



「……?」


歌いながら、リーフィアスは霞む眼の端に、妙なものがちらちら動くのに気づいた。祠の根元で、驚くほど鮮やかな、緑の葉っぱが揺れている。瑞々しい双葉だ。


さっきまでそこにそんなものは無かった。この瘴気あふれる穢魔の地で、これほど生気のある葉っぱを見逃すはずはない。


見ているうちに、双葉はさらに大きくなった。次の葉が生えてくるのかと思ったとき。ずぼっと何かが躍り出た。くるりと一回転し、それは地面に降り立つ──。


大きさは、痩せた畑でやっと掘り出せた短いニンジンくらいだった。双葉の生えた頭にはさらに緑の髪がそろっており、薄い砂色をしたからだには手も足もある。まるで不格好な人形のようだった。あるいは、伝説の化け草、マンドラークの似姿彫刻か……。


ぴちぴちと元気の良さそうな双葉とは逆に、その下の砂色の顔はなぜか哀愁を帯びている──たるんで薄く皺のある、くたびれた中年男の顔だった。そういえば、腹もその年配の男たちのようにぽよんと出てたるんでいる。


おっさんだ、おっさんの草……いや、おっさん草だ……! 


リーフィアスは思った。思ってしまった。

そんな名前の草など、今まで見たことも聞いたこともないが。


「……」


そして、おっさん草は踊りだした。頭の双葉をふりふり、短い両手を打ち鳴らし、軽快な足取りで、輪を描くように、とても楽しげに。


そして、リーフィアスは感じた。声のない歌があたりに満ちるのを。リーフィアスが心で歌う祝詞に、重ね合わせるような明るい言霊の韻律を。


  

  ♪~ ♪~ ♪ ♪



耳には聞こえない。心に聞こえるわけでもない。



  ♪♪♪ ♪ ♪♪ ♪~♪



それでも感じる。魂に感じる。明るい歌声を。



  ♪~ ♪♪ ♪~♪ ♪~



栄えよと、命よ栄えよと。小さな口が動く。歌いながら、ケンケンパと、子供のような足取りで飛び跳ねる。

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