5「剣士あらわる」
正直、タルクさまとかゾンバァロ(元凶その1&その2)、チートクソガキや大陸塗り替えるマンみたいな魔将軍よりドルト将軍のほうが好き。自分の領分が分かってるし相手への信頼もあるし……
どうぞ。
2ルーケの剱蜥蜴が、数倍もある同じトカゲに頭をぺろぺろとなめられているのは、なかなか微笑ましい光景だった。
「団長、よくご無事で」
「トゥロスもよく無事だったな」
二日目の夜が明けて、大きな音を立てながら現れた何者かに二人は身構えたが――敵ではなく、青等級までに成長した剱蜥蜴のクルナールに乗って、ドルトの部下だったトゥロスが現れた。
「飼い馴らされたのですか」
「いや、馴れてはいないようだ」
独立しているが協力はするといった程度のもので、道行きでも背中に乗せようだの荷物を背負ってやろうといった意思はさっぱり見えなかった。強いて表現するなら、男同士の友情といったところであろうか。
「かわいがられているな……」
「親子ではなくとも、仲間意識の強い種族ですからね」
ちっちゃい子供が知り合いのお姉ちゃんにかわいがられている、といった風情である。実際どのような関係なのかはさっぱりだが、種族単位で仲が良いというのも珍しい。爬虫類はおろか、モンスターのほとんどは出会った瞬間に敵対するようなものばかりで、それには同族も含まれる。共食いを続けた結果の変異など、モンスターには珍しくもない。
「トカゲはどうするのだろうな?」
「さすがにわかりかねますが。あの様子なら、我が道を行くのでは?」
やがてトカゲは臨戦態勢でない尻尾をふにゃふにゃとぶつけ合い、いつか再会しようとでもいうふうに尻尾を振り合って別方向を向く。
「クルナールが「行こう」だそうです」
「ああ。名残惜しいが……さらばだ、トカゲ」
トカゲは尻尾を大きく振り、鱗を一枚飛ばして地面に刺した。
「団長、これは友好の証ですよ」
「……そうだったな。確か、鱗を見ると安否が分かるという……」
この鱗の持つ呪術的な意味は、一枚の鱗がかれの安否をそのままに反映するという「離れ形見の鱗」という伝説にもある通りである。
「トカゲ、これはもらっておく。お前たちの寿命は長いのだから……ゆめゆめ、この鱗が朽ちるのを私に見せたりはするなよ」
トカゲは、ただドルトを見ていた。
「これを持つものは変わるかも知れん。そのときは、お前の判断に任せる」
意味深長な言葉を残し、ドルトは剱蜥蜴のそばを去った。
銀色の鱗を持つ剱蜥蜴の背に揺られながら、「気付きましたか」とトゥロスは問いかけた。クルナールの歩くリズムはゆったりしていて、騒音もない。聞こえないはずはないのに、将軍は聞いているそぶりさえ見せなかった。
「何に」
「あの剱蜥蜴……。青等級の我々をまったく恐れていませんでした」
「愚鈍だからではないのか?」
「将軍らしくもないご冗談をおっしゃいますね」
トゥロスは、ドルトが自分の方を向かずに答えたのを見ている。目を見て話す男がそれをするということがどういうことか、言わずとも知れたことである。
「報告には何等級と書かれるつもりです」
「黄緑から緑、といったところだろう」
「……妥当でしょうね」
気能を使いこなす剱蜥蜴はごく普通に、いくらでも存在する。しかし液能を使う剱蜥蜴はほとんどおらず、そもそもの魔力が少ないこともあって適性がないとされ、通説ではかれらは液能を持たないとされている。
「将軍のおっしゃった紅い剣、確実に液能でしょうが……いったいどうやって」
「可能性があるとすれば、タルク・ザーンの改造だ」
トゥロスは目を見開き、すぐに呆れたような声を出した。
「……あれは、また操りもせずに」
「自由にさせておいた方が強くなる……とでも言いたいのだろうな」
彼がどういう思考回路をしているのか、それは彼が作ったとされるモンスターから察せられる。好き勝手に成長し、でたらめな力を手に入れた怪物が大量にいる以上、きっちりと監視して管理し、制御できないならば芽を摘むなどといった処置がまったく為されていないことは確かだ。
「剱蜥蜴ならば……どのようにでも強くなるでしょうね」
「そう、そこだ。タルクもいいところに目を付けている」
敵を褒めている場合ですか、とトゥロスはあきれたが、ドルトは本気だ。
「竜でも場合によっては早くに成長が止まる。しかしトカゲならばそう早くは止まるまい。そして鱗に取り込む部類でもかなり下級……」
「そうなれば、この鱗が同期して大きくなる、と」
「伝承にある通りだ。吉と出るか凶と出るか、それは分からぬ」
食べたものを取り込んで成長する種族は、成長の選択肢が多い。生活環境によって否応なく選ばれるものであり、それはある程度「運命」とも言えるものだ。
「はるか上の等級を誇る怪物を前にしても恐れぬものは、大成する竜児だという。ならばこれがただ単なる鱗であり続けることはありえん」
「将軍は成長する新人を見つけるのが上手ですからね……。ここは信用しておきましょう」
クルナールはごく普通の育ち方をして、肉と骨をまるごとバリバリと食らい硬い甲殻を得ている。そして鋭変を使いこなし、攻防一体の青等級モンスターとして護衛に乗り物にと大活躍していた。ただ、その成長はあまりにも普通すぎる。かれは種族として剱蜥蜴のままであり、装甲の材質や尾剣の輝きについても大きな変化はない。そのため、「強力なモンスター」という形容に留まっているのである。
黄緑等級においてすでに液能を持ち、かつ鋭変を使いこなす剱蜥蜴が鱗の材質を変えるほどに旅を重ね、成長を続けたならば――かれは藍等級に届き得る。
「少しずつでいい、見守っていこう」
「気の長い話で……」
やれやれ、と肩をすくめながらトゥロスはクルナールを操る。クルナールはそれに従ってゆっくりと歩いていった。
一方のトカゲは、ドルト・グリースの言ったことをそれなりに理解し、安住という言葉を放棄することにした。あてのない旅に出ることによって強くなり、それが彼の言っていた何かにつながるのだろうとなんとなく考えたのである。とはいえ言葉にできるほど明快な思考でもなく、それはあくまで「適当な目標がなく、当面は歩き回る」程度のものだった。
幸い土地は肥沃であり、鋭変を使いこなす剱蜥蜴は穏やかだが危険な生物として近寄る者はいない。人の気配を避けて移動していればそうトラブルも起こらないだろう、とかれは親に育てられた期間の経験から察していた。栄養豊富な肉をたらふく食ったあとなのでそう腹が空くこともなく、森の中を川沿いに進んでいく。
「む……それがしはミヅノと申す」
燃えるようなオレンジの刀を構えた、奇妙な剣士が立っていた。
「そなたからただならぬ気配を感じたが……? はて、幾度も見たようなとかげにござるな、その逆立ても見慣れた技……」
胸だけに鎧を当て、恐ろしく大きく広がった裾を持て余している。ある種、蝶のようにも見える装束だった。下半身は伸びあがったスライムのように三角形を成してはいるが、中身の足自体は存在しているらしい。トカゲにとってはまったく未知の、袴に胸当てというかなり軽度の武装である。
ただ、トカゲが鱗を立ててはいても攻撃に踏み切らないのには理由があった。
全体の特徴は、トカゲの見たことのあるものばかりだった。裾からわずかにのぞく白くて細い腕や、鎧を調節する程度には膨らんだ胸、立ち姿に動き方の特徴まで人間や亜人種族の「オンナ」のシルエットに酷似しているが、顔に角の生えた仮面を付けている。
いや、それを“仮”面といっていいのかは分からない。顔に付けていると見るにはあまりに深く食い込み過ぎていて、それは顔そのものがそうだとしか思えないのだ。悪魔的趣味を持つ老人が整えた盆栽のような、想像力のない人間が作った星座のような、簡潔に言えば異形の樹木とでも表現できそうな紋様がぐにゃりぐにゃりと仮面に踊っている。声からして年端もいかぬ若い娘、このような悪趣味な仮面を好き好んで付けるとも思えない。
「それがしは人間を捨て申した。この身はとうに亜人、細腕も刀を受け付けぬほどには研ぎ澄まされてござる。ときにとかげ、そなた言葉を理解してござるな?」
ドルトが言っていたひとりごとの意味は、半分ほど察していた。双命核によってそれなりの知能が付与された結果である。
「それがしの身を切り裂くほどの刀を試してみたかった……というのは、言い訳として不十分でござろうか。否、言葉を理解しようと魔物には変わりなし」
ミヅノはすっと跳躍し、ごく軽くふわりと降りてくる。そして上から切り裂くように振り下ろされた刀を、トカゲはいつもの調子で受け止めた。
「シュ……ッ」
骨が歪んだのがはっきりと分かるほどの――恐るべき、衝撃。
「これは「えでぃるむ・もーると」? の刀……兄者たちの刀のように、ただ鋭いだけではござらぬ」
鱗が欠けている。鋭さもそうだが、重さ、そして技のキレもなかなかのものだ。鉄の剣くらいならば問題はないと信じ込んでいたトカゲは、考えを改める。
鉄ではない。
そして、人間ではない。
トカゲは意識を集中し、「刃気」を放った。
「ちっちゃい子供が知り合いのお姉ちゃんにかわいがられている」とは言うけど、深い意味はない……というかそのまんまです。私も下着ドロやって捕まったとかいう不審者のおっさんに虫もらって観察してたなぁ……めちゃくちゃ怒られたっけ。父親は「捕食」という行為が嫌いらしく、産卵期に入って水すら口にしないカマキリでも、コオロギと一緒にしたら「食われるだろ! 離せバカが!!」とブチ切れてましたね。私は捕食見るの大好きです。抑圧されすぎたんでしょうね、きっと。
なにげに、トカゲくんそんなに雑魚くないやん、と気付いてしまった。身長のアドバンテージはともかく、鉄の剣も通じないし尻尾よく切れるし……タングステン並みの重さで刀の数倍切れる剣とかゴロゴロしてるけど、うん、地球基準では害獣ってレベルじゃなく強いかも。そのうち等級ごとの強さとか解説を入れるつもりですが、黄色より下の橙等級ですでに害獣レベル……。案外強いんですね、トカゲくん。