プロローグ・蟲毒の壺
漫画を読んでいたら、思いついたネタのひとつを先に取られてしまったことに気付きました。もうこれ以上待ってたらこれもやられるやん! と思って慌てて投稿。
どうぞ、お楽しみください。
「ほほう、ほう、ほう」
金色のローブを纏う男が、ひどく楽しげな声を漏らした。四角い板の表面に映像が映し出されているのを見て言ったことであろう、とあたりを付けた付き人は「どうなさいました」と声をかける。
「今回の蠱毒は失敗だな」
「……そのわりには嬉しそうですが」
「百のうち、五が想定外の結果。十五は全滅、残りは想定内の結果だが……その半数は要求される強さを満たしていない」
「歴史的な大失敗ですね」
なるほど、報告するも馬鹿らしい失敗である。諦めと自嘲を含めた笑いかと察した配下が言葉を断つと、「いやいや、気付かないか」と男はつぶやく。
「これまでも必ず成功とは限らなかったが、今回の失敗は多すぎると」
「――まさかとは思いますが」
「やや配置を変えてみたのだ」
「王がどのように思われるか――」
男は「王のご命令だとも」と口角をつり上げる。
「今回はまともなモンスターを集められなかったのでな。可能性を手に入れるモンスターが多い方が良かろう、との私の意見だ」
数百から千のモンスターをかき集め、ひとつの洞窟に閉じ込める。そして殺し合わせ、残ったものを従える。これが彼らの行う「蠱毒の術」である。いつもならば中級以上のモンスターを大量に集めることができるのだが、なぜか強力なモンスターが連続して狩られるという困った事態が相次いでおり、今回の蠱毒は有象無象の殺し合いになってしまった。
「ダーク・ストレージを使っている時点で結果は察せられよう。ところが今回は、五匹ものモンスターが可能性を掴んだ。これはじゅうぶんに成功と言えるな」
「……すると?」
「いずれも封印を破って外界へ飛び出している。等級が青から青藍、もしくは藍色に達したところで回収に向かわせよう」
「よいお考えで……」
虹の色になぞらえて、等級は赤から紫までが設定されている。いつもならば黄色から青までを揃えるところが、今回は赤から緑という、古き良き時代を知る者からすれば言葉も出ないようなむごい有様だった。ただ彼らのうちでもとくに弱く、単純な能力しか持たず、それこそエサというにふさわしいものの等級が上がるという稀有な事態が起こったのならば、それは注目すべきことである。
「……ところで、本気で仰せなのでしょうか?」
「何が」
「緑青から藍、など……夢物語にもほどがあるかと」
「なに、多くは死ぬだろう。失敗ならば失敗したまま死んだ方がありがたいというもの。下手にこちらの制御を超えるほど強くなられても、王が興味を示しかねん。こちらの研究材料を集めているだけだというのに、王の軍勢に加えられては丸損だ」
そう、趣味の悪い金色のローブを羽織る男はタルク・ザーンという名の知られた研究者である。彼ほどの人物になれば、王――「魔王」に進言することさえ許される。モンスターの配置を変えたのは王の意見などではなく、命令された要件に足るだけのモンスターを持って来られなかった部下をフォローするためにタルクが提案したことにすぎない。そしてまた、彼の狙いに沿うものをわざと集めているだけだ。
「それに今回は……魔王軍のネズミめに、こちら陣営の混ざりもの、楽しませてくれそうなものがいくつも混じっている。結果が出るまで王には報告しないでおくつもりだが、お前は賛成してくれるか、テケリ?」
「タルクさまの意のままに」
付き人は深く体を曲げた。
「さて、さて……。紫とは言わん、せめて青藍に成長するものがいればいい。欲を言えば紫など超越して欲しいところだが、可能性のみでそこまで登り詰めるモンスターもそういるまい……。監視を続けよう」
男は、壁一面にずらりと並ぶ四角い板に何体かのモンスターを写す。
あるものは互い違いに模様が組み合わさった不可思議な粘液であり、またあるものは黒い球体であり、尾が武器になったトカゲや雷を帯びた鳥、金緑のカマキリもいる。
「大きなポテンシャルと成長性がある個体ばかりだ。こいつはこちらの手を煩わせてくれそうだが、それも一興。王の興味を引くような個体が作れれば、ひとつとして成功例ではあるだろう……期待を背負うことになるのは面倒だがな」
「――ところでタルク様。なぜ双命核を持ち出されたのでしょう」
「たかだか百程度使ったところで怒られるものではないと思うが」
「命を対価として作られているものを、ですか」
男は、のぞき込む付き人から目を逸らす。
「失敗の原因は――」
「言うな。私とて予想はできていたが……投下を止めるタイミングがなかった」
双命核は、本来ならばひとつしかない命――というよりはそのエネルギーを、もうひとつ分だけ増やすものである。増えた力はその生物本来の力を活性化させ、より強力な生命体への変化を促す。増えた分だけ強力になる、というものでもなく、それは二倍に増えた心拍数や大きくなりすぎた脳、発達しすぎた筋肉のように無用の長物と化し、命を縮めたり直接の死をもたらしたりといった異常を引き起こす。
「無理なく五つに適合しているあの化け物……こちらのものではないな。あちらこちらに侵入しては荒らし回っているが、回収することはできそうだ」
想定外の結果が起こることはよくある。予想外に強力な生物が混じっていることも多い。しかし蠱毒のただなかに正統派のイレギュラーな要素が混じることは珍しかった。
「成功したものはすぐに回収されますか?」
「頼む。正直に言うと、固有の力に目覚めていないものは放置しておいてほしいが……あまりぜいたくも言えまい」
大した力を持たず、ただ強いだけの個体は相当数いる。そういった個体の中でもとくに必要のない個体はすぐさま加工され、双命核へと変換されることになっていた。加工は比較的簡単だが、捕獲は手間がかかる。テケリがそれを遂行するのは当然のことだ。
「我々の寿命で間に合う時間ならいいが――」
「それで間に合わないモンスターなど、ほとんどいないかと存じますが」
いるじゃないか、と男は笑う。
「分からないか? これらが龍クラスの生物になれば」
「それは、こちらの制御に入るものなのでしょうか?」
テケリの言葉は悪意なく事実を指摘している。強大な力を持つ生物が誕生すれば、それはわがまま勝手に振る舞うのが常、何者かの支配を受けるとすればより強いものに負けるほかない。テケリにはそれができる自信があるが、タルク・ザーンの考えひとつによっては「元気なまま連れてこい」などと命じられる可能性もあった。
「制御か……まあ、勝手に育ったものだから放っておく可能性もある。それに、どれも知能自体はそれなりに付いているようだからな。交渉すれば協力する道くらいはあるだろう」
彼はそれを軽く考えているらしい――とテケリは思った。しかし、同時にもうひとつの事実を想起する。百を超える軍勢を消し飛ばし、ようやく主に並んだと思っていたテケリは執務室に戻って報告をした。しかし、想定通りというよりは昔を懐かしむような笑顔で「そうか、ようやくたどり着いたんだな」とタルクは言った。
「さあ、待つという時間を楽しむとしよう。成果が出るも出ないも知ったことではない、我々はただ成果物を研究するのみ、経過を観察するのみ。王が代替わりしようが魔将軍が何人か死のうが、私が揺らぐことはない」
それは当然のことだった。金色のローブを纏うその男こそ「従魔将軍」タルク・ザーン、魔将軍のなかでも第二の力を持つ、最古参の魔将軍である。――のみならず、「炎魔将軍」や「剛魔将軍」を作ったとも言われる男なのだ。政治的な力はさほど強くないが、その代わり誰もが例外なく研究を邪魔することを許されない、という絶大な権力を有している。
「魔将軍が作れるくらいの成果は、五百年に一度あればいい。それよりも欲しいのは独立した強力な生命だよ。どうにも、この世界には命が凝集しすぎて気持ちが悪い」
モンスターについてほとんどすべてを知った彼は、あまりにも俯瞰的な立場にいる。
「一番星のように輝く魔力が見たいのさ……」
ほとんどのもの――否、彼ともうひとり以外のすべての命にとって、その言葉はまったく意味不明のものだったことだろう。それは切実な願いであり、実現不可能な夢だった。
「二日ほど寝ていなかった気がするな……。というわけで私は寝るよ、テケリ。何か異常や報告すべきことがあれば教えてくれ」
「承知いたしました」
足早に寝台に向かい、彼はカーテンを閉めた。
「――おやすみなさい、タルクさま」
「ああ、おやすみ」
まるでこの世から消えたかのように、彼は音を途切れさせる。就寝中の安全を確保するため、彼は眠っているあいだ空間から切り離されているのだ。空間が違えど時間が同じという謎については、彼自身がさんざん頭を悩ませた結果「まあ、いいか」で済ませたということも付記しておこう。
「タルクさま――」
テケリは、自らの主を思った。
「さぞ、ご期待されているのでしょうね」
強大なモンスターを蟲毒に使うべし、というセオリーはない。むしろ弱い、とてつもなく弱く、人の手で殺すこともできるほどに弱いものを使うべきだとされている。知能もなく制御しやすく集めやすいから、という身もふたもない理由だけでなく、それにはきちんと意味があった。
成長の過程で幾度も修羅場をくぐったモンスターは、強くなってからも手を抜くことをしない。強者との戦いにおいて磨かれた勘が生き続け、恐ろしいまでの強さを誇る絶対強者へと成長するから、という実際的な理由こそ、今回の蟲毒で緑等級以下の弱いものたちが集められた真の理由である。もとから強い生物はその力を過信したり、通じないはずがないと思い込むゆえの憂き目を見たり、ということがある。その点、創意工夫を用いて自らの得意とするものを押し通すちからを持ったものは、弱くとも『強い』。その力を持ったモンスターができあがるかどうか――それは運次第だ。そもそも弱いものを使っておいて強者に勝てというのもどだい無理な話、文字通り日々が生きるか死ぬかの渦中に放り込まれて容易く命を保てるはずもない。
上には上がいるとはいえ、青等級モンスターよりも強いものを集めることは非常に難しく、等級自体もそこから上は(便宜上)ふたつしかない。小さなものが大きくなっていくさまを見ること、それは親心のようなものを刺激される行為でもある。
テケリは微笑み、部屋を辞した。
今回のインスピレーション:「蜘蛛ですが何か?」
人外転生ものでも、バトルを主眼に置いたなかでおそらく一番の作品。ほかのやつ全然バトルしてないしまともなモンスター出てこないし好きじゃない。めちゃくちゃたくさんモンスターが出てくるし、効率的に振る舞って相手を倒す様子がとても好き。感想としてよく語られる「迷宮出てからつまらなくなった」には完全に同意、だって命がけのバトル見たいし。
人外を主人公にした作品は以前から書いていたんですが、ニッチのなかでもさらにニッチを狙ってトカゲやってみた。だってみんな「能力多すぎ」「人になるな」って繰り返し言ってますし。やったところでほんとに人気出るの? って話ですけども。トカゲくんは次から登場。……インスピレーションどこに持って行こうかなぁ。