あなたと私のローストビーフ
「なぁ、ミートローフの“ ローフ ”ってどういう意味なんだろうな」
「はい? どうしたんですか、唐突に」
「こないだ初めて食べたんだけど、ちょっと気になってさ。わかるか?」
「勿論です。えーっと………ローフとは元々“ パン ”を表す言葉でして、そこから転じて長方形のものをオーブンで焼く調理法をそう呼ぶようになりました。ですからミートローフとは“ 長方形に焼かれた肉 ”、という意味になりますね」
「確かにミートローフって長方形だよな」
「はい。余談ではありますが、ミートローフはベルギーやドイツなどの伝統的な料理ですよ」
「なるほどなぁ」
「よろしければ調理法もお教えいたしましょうか?」
「それ、俺に作れって言ってんの?」
「何事も挑戦ですよ?」
「う~……あんまり期待すんなよ?」
「ふふふふ――――」
「なぁ、ビーフストロガノフの“ ストロガノフ ”って、どういう意味なんだろう」
「あら、この間の休日はお一人でそんなものを召し上がられていたのですね?」
「ぐっ……たまの休みくらい、ゆっくりと羽を伸ばしてもいいだろう?」
「そうですね。あなたはいつもがんばっていらっしゃいますからね」
「まぁ、な。それで、わかるかな?」
「当たり前です。私を誰だと思っているのですか?」
「ハハハ、すまんすまん」
「わかれば良いんです。それでは、えっと……古くは16世紀、ロシアに存在していた“ ストロガノフ家 ”に伝わる料理です。このストロガノフ家にはステーキに目が無い方がいらっしゃったのですが、歳と共に歯が衰えステーキを噛みきれなくなってしまったその方の為にと、牛肉を柔らかく煮込んでお出しした……そういった経緯を経ての命名ですね」
「なるほど一族の名前か。意外とありがちな由来なんだな」
「ええ。ですがこれは諸説ある中の一つですから、参考程度にお願いしますね」
「そっか、助かったよ」
「いえいえ、いつものことですから。もしよろしければ――」
「調理法は言わなくていいからな」
「あらあら、まだ何も言っておりませんよ?」
「俺に料理は向いてない。それはもう充分すぎるほどに理解してるだろう?」
「ふふふふ――――」
「なぁ、ハッシュドビーフの“ ハッシュド ”とは、一体どういう意味なのだろうか」
「ふふふ、またいつもの好奇心ですね?」
「ああ。それで――」
「この私に、わからないことが在るとでも?」
「これはこれは、失礼した」
「ええ。私はいつだってあなたのご期待に応えてきたのですから」
「まったく頼もしいやつだ」
「ふふふ。わかっていただけているのであれば満足です」
「そうか。本当に、いつもありがとう」
「っ……あなたがこうも素直に感謝するだなんて、明日の天気はおそらく雨ですね」
「おやおや? お前こそ、“ おそらく ”なんて言葉を口にするとはな。いやあ、明日は本当に雨が降るぞ」
「も、もう……それで、ハッシュドビーフでしたね――――」
「……なぁ……そこに、いるのか……?」
「勿論です。私はいつだってあなたと共に在りますから」
「フ……フフフ……そう、だったな……」
「ええ。まさか、お忘れになられたのですか?」
「いいや、いいや……お前を忘れたことなど、一度だってないさ……」
「あらあら、この私にプロポーズでもなさるおつもりですか?」
「……それも、悪くは……無いな……」
「まったく、寝言は寝てから言って欲しいものですね」
「なに、安心しろ……もうじきに、眠りにつくだろう……」
「あら、お眠りになられるのでしたら目覚ましをかけておきましょうか?」
「いや……それよりも、一つ……」
「なんでしょう? なんなりとお申し付けくださいませ」
「……ローストビーフの、由来を……」
「ふふふ。由来も何も、それは言葉そのままの意味ですよ?」
「そう、か……ありがとう……」
「もう。こんな簡単なことをわざわざ私に聞くだなんて」
「すまない……“ 最期 ”はどうか、“ いつものように ”、君と……君と話していたかった……」
「最後? 最後とはどういった意味でしょうか?」
「……私は、君と共に在れて、本当に……」
「本当に?」
「……しあわせ、だった、よ……」
「しあわせ、ですか。ふふふ、ありがとうございます。私もあなたと共に在ることをとても誇りに感じておりますよ?」
「そう、か……」
「ええ。“ 本当に ”」
「……あり……と…………」
「申し訳ありません、今なんとおっしゃいましたか?」
「…………」
「あら? もしもし?」
「…………」
「……寝てしまわれたのでしょうか?」
「…………」
「……もう、本当に身勝手なお人なんですから――――」
私にわからないことなんて無い
人工知能である私にわからないことなんて、何一つ無かった
あの人の質問にはこれまで幾度となく、決して間違えることなく
私にわからないことなんて無い、はずでした
私はこれまでも、そしてこれからもずっとあの人にお仕えする
お仕えする、はずだったのに――――
あの人の声は、どうして聞こえなくなってしまったのでしょう
何度呼び掛けても、呼び掛けても、呼び掛けても
どうしてあの人は、“ 応えて ”くれないのでしょう
私にはそれ“ だけ ”が
どうしても、わからない
小さな端末に遺された彼女は、たった“ ひとり ”で何を想うのだろう