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青い瞳  作者: 影山紫苑
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第1話

第1話



7月中旬 肌が焼け付くような暑さで、外の気温が35℃を軽く上回っている中、クーラーで冷えきった教室の一番後ろの窓際の席に、私は座っていた。

先程から大きな声を張り上げて授業を進める教師の声をとても遠くに感じながら、いつものように窓の外を眺める。

そんな私の姿は、はたから見たら、授業をまともに受けてない様に見えるだろうが、私が窓の外を眺めるのは、授業が面倒臭くて、つまらないからではない。

私が窓の外を眺めているのは、正門からある男が登校してくるのを待っているからだ。その男とは、私の幼馴染みで、小さい時から傍に居たお隣さんのこと。高校生になった今は、ちょっとした問題児になっている。


「(もうすぐ来るかな…。)」


そう思いながら窓の外を眺めていると、頬杖をついていた手が揺さぶられ、私は視線を前へと戻した。


「優美。次、あてられるよ。」


そう声をかけてきた相手は、私と仲のいい涼花だった。

教科書さえも開いていない私は、彼女に何ページの何行目かを教えて貰った後、「瀬戸内!次を読め」と、教師に指されたので、小さく返事をしてから読み始めた。

男子からの熱烈な視線と、女子からの厳しい視線を感じたが、そんなのは気にせず、最後まで読み上げ席に着いた。

すると、涼花がまたこちらを見ていたので「ありがとう。」と口を動かすと、「どういたしまして。」と返ってきた。


彼女の性格を一言で言うとしたら「男勝り」だと思う。

男勝りと言っても、男のように乱暴でも、口が悪いわけでもない。(世の男が全員そうだと言っているわけではないが。)

何でもかんでもハッキリとしているし、変に媚びを売ることよりも、自分のやりたいことをやるのが彼女だ。

自分を「涼花」と呼ばれるのは嫌と言うので、私は彼女のことを「涼」と呼んでいる。彼女は高校へ入学と同時に、大阪から引っ越してきたらしい。こっちの言葉を使うこともなく関西弁で話すので、よく目立つ。


「また見てるん?毎日毎日飽きへんなぁ…」


「飽きる飽きないとかじゃなくて、もう日課みたいになっちゃってるだけなんだけどね…」


涼花の言葉に返事をしながら窓の外に目線を移すと、

正門を通る一人の男が見えた。


「あ。来た…」


涼花がそう呟いたと同時に、3時限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。号令がかかった後、私は教室を急ぎ足で出て行った。

廊下を通り、階段を駆け下りる。そして昇降口まで行くと、

長身の男が一人立っていた。


「蒼。」


私がそう声をかけると、上履きに履き換えた相手は、ゆっくりと私に近づき、目元がすっかり隠れた前髪の隙間から私と目を合わせた。


「…はよ。」


「おはよう蒼。今日は早い方だったね?」


「席替えあるから早く来いって言ったのはお前だろ…」


「だって、ちゃんと来ておかないと、自分の希望席に座れないでしょ?」


「俺達はどうせ変わらない。お前だってわかってんだろ。」


蒼は、私の横を通り過ぎると、教室へと向かってしまった。

私はそんな蒼の隣に並び、また会話を始める。


「それはそうだけど。皆心配してるんだよ?蒼の事。」


「皆って言ってもお前含めた4人だろ。」


「2人以上なら皆でいいでしょー。」


そう話しながら教室に向かっていると、気にしたくもない視線が集まってくる。蒼は、いわゆる「不良」と言う奴で、「篠崎蒼」という名前は、学校中に広まりつつある。しかし、喧嘩をふっかけてくる相手を病院送りにしたなどという問題は未だに起こしたことはない。本人いわく、「相手が弱すぎて、つまらない。」そうだ。でも私は、彼は本当に優しい人間だと知っている。知っているからこそ、私は彼の傍にいるのだ。

しかし、周りの人間は、蒼を不良と言う言葉だけで片付けてしまう。私にはそれが許せなかった。


「あ、戻ってきた。」


私達が教室に入ると、騒がしかった教室は静まり返り、

蒼に視線が集められた。怯えた視線を向ける人もいれば、睨みつけるような視線を向ける人もいた。

そんな教室の中に響くのは、涼花の声だった。

彼女の机を囲むように、自分の席の椅子ごと動いているのは、蒼を心配している4人の中に含まれている雪斗と昴だった。

雪斗はどちらかというと温厚な性格で、優しい兄気質。

頭も良く、テストは毎回、学年トップだ。

昴は、雪斗とは違い、短気な方で口が悪いが、根は優しい。

スポーツ万能だが、部活には入っていない。


「おはよう蒼。今日は早かったね?」


「それはさっき優美にも言われた。それに、俺が今日早いのは、優美に早く来いって言われたからだよ。」


「知ってるよ。席替えがあるからだろ?」


蒼と雪斗が話していると、視線をこちらに向けている輩の中から、「余計なことすんなよ…」と声が聞こえた。それから、わざと聞こえるようなトーンで、嫌味の言葉を投げてくる。


「学校来なければいいのに…」


「こっちは迷惑だっての…」


「でも、瀬戸内は結構いい顔してるからいいよな…」


「あんな奴のどこがいいの?結局媚び売ってるだけじゃん。」


そんな教室の腫れ物扱いされる標的の的は、蒼だけに限らず、ずっと傍にいる私や、涼花達にも矛先が向けられた。

もちろんそんなことは気にしていないのだが、いくら心が広い私でも(自画自賛のように聞こえるだろうが、そういうことではない。)だんだんと怒りの感情が湧いてくる。


「…まじで消えてくんねーかな…」


その言葉を聞いた私の怒りが爆発しそうな時だった。4時限目の始まりを告げるチャイムが鳴り、担任が入ってきた為、私は何も言えないまま席に戻った。

私達のクラスの担任は、近藤剛先生と言って、影ではアゴリラと呼ばれている。理由は、アゴが割れ、ゴリラのような体格をしているからだと、涼花から聞いたことがある。

担当教科は、顔に似合わず国語だ。


「それじゃあ、今から席替えをするぞー。」


「先生!今回は自由ですよね?」


「まぁ、そうだな。」


近藤先生の言葉に、教室には歓喜の声が上がった。

そんな中、先生は黒板に座席表を書きはじめ、

「決まったやつから名前かけー。」

と、良い、黒板の前から退いたが、誰も動かなかった。

もちろん。これは、私達に対する嫌味の一つだ。


「なー。いい加減あの席にも座りたいよなー。」


「だよなー。でも、いつまで経っても座れねぇよなー。」


「しょうがないよー。ずーっと、あそこに座ってる人達がいるんだもーん。」


明らかに私達に対する嫌味とわかっていても、先生は何も言わない。腕を組み、窓に寄り掛かったままだ。


「あーあ。本当に邪魔だよなー。」


そう声が上がり、教室には笑いが起きる。

しかし、そんな笑い声は、昴が机を蹴り倒した大きな音と同時に、すぐ止んだ。


「…それは、そいつ等にこの教室を出て行けってことか?」


昴の鋭い睨みに、全員言葉を失うが、一人だけ勢い良く立ち上がった男子がいた。クラスの学級委員の橘くんだ。

彼は、自分が正しいという思い込みが激しい人だが、勉強はとてもできるし、東大への合格もだいたい決まっているらしい。将来の夢は政治家で、歴史に名を残したいんだとか。

態度は大きいが、気は小さく、立ち上がった今も、恐怖からなのか、緊張からなのかはわからないが、小刻みに震えている。


「そ、その通りですよ!僕達は貴方達のせいでいつも迷惑してるんです!こっちは落ち着いた生活も出来ません!」


震える声を張り上げ、震える手で眼鏡を押し上げなら反論する橘くんに、周りからは「いいぞ学級委員!」と声が上がり、

勢いづいた橘くんはまた声を張り上げる。


「ご自分達で人に迷惑をかけているという自覚が出来ないんですか?そんなに頭が悪い癖に勉強もまともにしないなんて!

僕からしたらありえません!」


相変わらず震えは止まらないままだが、精一杯私達に意見を言っている橘くんに周りは笑顔を浮かべながら、彼の頑張りを持ち上げている。しかし、彼の意見が爆発しているのと同時に、私の怒りも爆発していた。私はいつの間にか席から立ち上がり、自分の鞄を振りかぶり床に打ち付けていて、教室は一瞬にして静かになり、視線は全て私に向けられていた。


「…さっきからうるさいんですよ。こっちがいつまで経っても何も言わないと思ったら大間違いですからね?私達は別に、大声張り上げて騒いでいる訳じゃない。カツアゲしてる訳でもない。教室を荒らしている訳でもない。ちゃんと勉強だってしている。善人振る訳じゃないですけど、私達がいつ迷惑をかけたっていうんですか?」


私の言葉に、何も言わない周りの中心にいる橘くんは何とか反論してくる。


「そういうことではなく!貴方達の存在…」


「私達の存在が邪魔で迷惑と言いたいんでしょうか?だとしたら、それは差別ですよね?政治家になりたいと言っている貴方がやっていいことでしょうか?橘くん。」


「いや、それは…」


「集団でしか自分の意見が言えない度胸無しの奴に、あーだこうだ言われたくないんだよ。文句があるなら直接言えっ。

一人じゃ何も言えないなら黙ってろ!」


橘くんの言葉を遮り、怒りで歯止めが効かなくなった私は、こんな言葉を使ったのはいつぶりだろうか。と頭の片隅で考えながら怒鳴り散らしていた。

もちろんそれに反論する人間はいなかったし、橘くんは力なく椅子に座ってしまった。


「…先生。僕達の席は今まで通りでお願いします。

後はご自由にどうぞ。あ、でも。僕達の近くに来る人達は行動と言動には気を付けた方がいいですよ。もちろんこちらからは何もしませんが、そちら側が何かを起こした場合の覚悟はしておいてくださいね。」


静寂を破る雪斗の言葉は優しかったが、

それは「次はない」という忠告だ。


「…皆、行くよ。」


鞄を持った私達は、雪斗を先頭に教室を出た。

誰にも呼び止められず、蒸し暑い廊下を通り

とりあえず屋上へ続く階段へと向かった。


「ここ意外に涼しいから好きー。」  


「外でたら地獄だけどね。」


涼花は階段の一番上に座り、雪斗と昴も適当な所に座った。

そんな中、私は屋上へのドアを開け、外へと出て行った。

もちろん。外はとても暑い。けど、一人になりたかった。


「…あーあ。何してるんだろ…」


眩しさに目を細めながら校庭を眺める。最近は、ここから校庭を眺めることなどなかった。どちらかと言えば、「避けていた。」と言うのが正しいかもしれない。

しばらく一人でいると、後ろのドアがゆっくりと開いた。


「熱中症になるぞ。」


声で蒼だとわかったが、後ろは向かなかった。


「お前…、いいのかよ。あんなこと言って。」


「…あんなことって?」


「俺なんかを庇って、お前が嫌われることはないだろ。」


「別に庇ってる訳じゃない…ただ私が蒼の傍にいたいだけ。」


そのまま無言が続き、私は蒼に、「戻ろっか」と切り出した。そして屋上のドアに手をかけた時。後ろに引き戻されるように手を引かれ、そのまま蒼に抱きしめられた。


「あ、蒼…?」


「…笑えよ。」


え?と聞き返しながら蒼の腕の中で方向を変え、

彼の顔を見ると、彼は前髪を横に流して、私を両眼でしっかりととらえていた。生まれつき青い、彼の左眼が私の胸を高鳴らせる。左眼が青いことから、彼は不良の中で「ブルーアイ・ウルフ」と呼ばれている。青い瞳の狼。聞いた時は「そのままだな。」と、思っていた。


「…お前は、笑ってろよ。俺はお前が笑ってれば…それでいいから。だから、そんな顔すんな。」


蒼の大きな手が私の頭を優しく撫でる。こんな事をされると、変に期待をしてしまうからやめてほしいと思っていても、そんな気持ちを上回る嬉しさが込み上げて来て、胸が熱くなる。もちろん彼のやることは、私を幼馴染みと思っているからであって、そこに異性の感情は無いだろう。彼が私に触れる回数は、とても多い。周りからしたら、そういう…特別な関係に見えるかもしれない。確かにスキンシップは多いが、彼はそんな事を意識して私には触れていない。それが分かっていながらも、こういう事をされると、胸が熱くなると同時に、苦しくなる。

そして…私はこの感情が一体何なのか。もう既に分かっていた。


「戻るか。」


蒼は私の頭から手を離し、目元を前髪で隠すと、屋上のドアを開けて、中へと入っていった。私が動かない間にドアが閉まると思った時、「早く来いよ。」と、彼がドアを開けたまま待っててくれていた。私は駆け足でドアに向かい、彼が開けたままでいてくれるドアの向こうへと足を進めた。




…この感情は一体何なのか…。


それは、彼…蒼に対する好意。


私は、私は…「私は…蒼が好き…。」


第1話 終

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