8 後始末と魔王と勇者
やっと本題に入れそうです
交易都市ルーフェンを治めるルーフェン子爵の城は、実際には城というほどの規模を持たず、大きな邸宅というに近い。
経済的には豊かだったから繊細かつ豪奢な作りではあったのだが。
軍事用の城塞では無かったのだ。
そこにドラゴン相手でも前線で戦えるような常軌を逸した戦士が二人に。
手加減を知らない無限放火魔の魔法使いが襲って来たので。
高度な技術で設計され、芸術的な繊細さも併せ持った、後世になれば世界遺産間違い無しというレベルの見事な邸宅は、半壊半焼の有様で。
あとはもう取り壊して立て直すしか無いだろう……
イリアス王家としてはルーフェン領を潰して直轄地にしたかった。
これは両者のみならず誰でも、そうなんだろうなと内心薄々分かっていたことで。
だからいつかやるだろうとは誰もが思っていたが。
こんな強引で雑なやり方をするとは誰も思わなかった。
リヒャルドは、表側の制圧と散発的な抵抗は皆殺しにすることを二人に頼み
自分は邸宅の奥に乗り込み、事前に入手したリストと照らし合わせて、一人ずつ確認しながら子爵の一族を皆殺しに。二人の妻、三人の妾、男の子が五人に女の子が二人……
最年少は三歳女児だったけど、まあ仕方ないよね!
念のため、側仕えの女官や執事や侍従など奥に仕えていた人々も皆殺しに
この中に紛れ込んで逃げられたら面倒だからね!
抵抗できるものがいなくなり、状況が落ち着いてから
わずかな生き残りに、身分を明かす
国王陛下直属、監察官、第五王子リヒャルドである!
暴れ〇坊将軍なら身分を明かしてから乱闘……
暴れた後で身分を明かす、うん、俺たちは水〇黄門タイプなんだな
とか黄門様が聞いたら助走をつけて殴りに来そうな気楽な感想を持ちつつ
重蔵は生き残りの子爵家家臣の前に腕を組んで立つ。
重蔵は、普段の冒険ではフットワーク優先して皮鎧装備で済ませている。こだわりがあるのは盾の方で、こちらは高品質の金属製の大盾を常に携行。ただし今回のような人間相手のガチ戦闘の時は、全身金属鎧を引っ張り出して来て装備する。これは昔にリヒャルドの伝手で手に入れたイリアス王国の正式鎧をベースに、体に合わせてあちこち加工したもので、よく見れば微妙に正式鎧と違うことは分かるのだが……
しかしパッと見には、王国騎士にしか見えない。
つまりルーフェン子爵家家臣の生き残りの皆さんから見たら、イリアス王家の王子が強力な騎士を連れて殴り込みに来たようにしか思えない。
さらに制圧後、城外に待たせていた王国文官の皆さんが乗り込んでくる。
騎士も少しいる。
何考えてんだ! このクソ王子! やりすぎだろ!
と内心で思っていたとしても既に終わってしまったことだ。
その日のうちにルーフェン子爵家の廃絶が宣告され
以降、王家の直轄領となることも併せて宣告された。
こういう派手な政変があると治安が悪化したりするものだが……
ロックとアイーダの二人が、王子に協力して大暴れして、子爵家をぶっ潰したとの情報が城下に流れると……暴れようとする無法者もいなくなった。二人の実力は良く知られていたので。
子爵がアイーダの美貌に目をつけて召し上げようと企み、それにロックが激怒していたのは街中の評判だったので……
女を守るためなら誰が相手でも容赦しねえ! ロックは男だ! と
むしろ評判が上がったりしていた。
§ § §
「丁度、現地の高ランク冒険者と揉め事を起こしていたので、それに便乗して子爵家を討つことになりました、戦いの中で偶然、火災が発生し、非常に不運なことに、子爵の一族は皆、死亡するという結果となったことは実に遺憾でありますが……」
「それ、報告書か?」
リヒャルドが書類と格闘してるのをロックこと重蔵は見物していた。
「うん。しかし、ゴメンね。ある程度は君の事情も書かないと事態の説明が出来ないからさ、少しだけど書かせてもらうよ。」
リヒャルドは平常モードの胡散臭いスマイルで答える。
「それで俺に……いやアイーダに迷惑かけるってことは無いだろうな。」
重蔵も冷静に質問する。
「なるほど君じゃなくて彼女ね。分かった、そこは配慮する。」
「分かってると思うがあいつに何かあったら、お前でも……」
にじみ出る殺意。それが分かっていてもリヒャルドは笑顔で返答。
「大丈夫だって! いや、僕も君と一対一ならともかくね! 君たち二人を同時に相手するのは無理だから、ちゃんと注意するってば!」
リヒャルドの笑顔は見慣れない人ならいつも通りに見えただろうが、ごくわずかに垣間見える真剣さを感じ取って、重蔵も頷いた。
しばらく二人は沈黙し、リヒャルドが書類を書き進めるペンの音だけがする。
重蔵がポツリと、呟いた。
「それにしても……タイミングが良すぎるな。」
「なんのことかな?」
「俺達が子爵に絡まれてトラブル発生、そこに丁度、お前が来た。やはりタイミングが良すぎる。」
「そんな偶然もあるんだなあ。いや、お互いラッキーだったね!」
「ふん……」
あえて互いに目を逸らしたままで
二人の会話は途切れ、重蔵は静かに身を起こして部屋から出て行った。
「やれやれ……やりやすくなったのか、やりにくくなったのか……昔のあいつは完全な一匹狼で、動かすのが大変だったけど……今のあいつは動く理由は簡単に作れるにしても下手うつとすぐに逆鱗に……」
リヒャルドの独り言を聞いている人間は誰もいなかった。
「ま、なんとかなるでしょ。ならなくても、ま、どうでもいいし!」
笑顔で本音を言いながら、リヒャルドは仕事に戻った。
§ § §
どうも、お久しぶりです!
アイーダこと明です!
近頃は周囲の人がみんなアイーダって呼んで、ご主人様も二人きりの時しか明って呼ばないので……私の本当の名前がどちらか分からなくなりつつあります!
まあそんなことは些細な問題です!
ご主人様が傍にいれば問題ありません!
私たちは今、交易都市ルーフェンから、王都イリアスへと向かう、船に乗っているところです!
私たちがいるイリアス王国は、イリアス河という大河に沿って領土が広がっている王国なんです。
この河は、なんというか、日本で見るような川とは全然違います! 大陸にしか無いようなタイプの本当の大河……船の上からどの方向をみても水平線しか見えない状態になるくらいに広いです! 流れも非常にゆるやかで、どちらから流れているのか分かりません!
私たちが乗っている船も、百人乗りの大きな貨客船です! 動力は風で、形状は普通の帆船に見えますが、風が弱い時は船に乗っている魔法使いが風を起こして進ませるあたりはファンタジーですね!
どうして私たちが王都に向かっているかと言うと……
いくつか理由はあるんですが
まず第一にご主人様があげたのは、ほとぼりを冷ますため、ですね。
交易都市ルーフェンは経済的に繁栄していて、買い物に便利な、なかなか住みやすい良い街だったんですが、少し私たちは暴れ過ぎたということで……
ご主人様と出会えた、私にとっては思い出深い都市だったのですが……
まあ仕方ないですね!
世の中には逆恨みする人もいるかもしれませんから!
次の理由は、いかにもファンタジーな胡散臭い理由です!
王都にある「光の神殿」の巫女様とかいう人に
神託が下ったそうなんです!
魔王が復活する可能性があるとか何とか
六人の勇者を集めよとか何とか
それって私たちに関係あるの? と思う所ですが
六人の勇者というのは、光、闇、火、水、風、土の六属性の並外れた適性を持った存在であるそうで。
どうもご主人様が……土属性の勇者なのでは無いか?と
その可能性が高いって話なんですよ!
さすがご主人様、本物の異世界の勇者ってわけですね!
まあ今の段階だとまだ分かりませんが……
あと別にどうでもいいことですが
なぜかまだついてきているリヒャルドさんも
風属性の勇者である可能性が高いそうです。
いや全くどうでもいいですね!
光の巫女さんとやらがどうしてそんな推測が出来たかというと
実はその光の巫女さんも、ご主人様たちの昔の仲間だったそうなんです!
彼女はパーティー解散後、神殿で修行の日々を送っていたそうですが
その修行中にいきなり、神託を得た、と
神託を得た後で、六人の勇者の心当たりを考えてみると……
異常なタフネス、並外れた防御力を持つご主人様が、強力な土属性の力を持っていた可能性に思い至ったそうです。
あとついでに身も軽いし性格も軽いリヒャルドさんは風っぽいなーとか。
神託を得た後、あらためて確認しないと正確には分からないそうですが。
ちなみに巫女さん自身、自分が光の勇者であることを発見したそうです。
光属性の魔法は、命の魔法でもあり、つまり回復魔法が使えるそうです。
なおこの世界では回復魔法は結構、難易度が高いです。
かなり偏った光属性がまず前提として必要で……
さらに一番初歩的な回復魔法でも、他の魔法でいう中級レベルからです!
だから光属性の回復魔法は他の魔法より特別視されていて……
俗に神聖魔法とか呼ばれたりもします。
巫女さんは元から王国一の癒し手と呼ばれた女性で……
勇者の力に覚醒した後は、さらにその力が上がっているとか
だからこの世界では光の勇者と言っても、前線で戦う主役というよりは……
回復型のサポートキャラ、神官タイプになるんですね!
ちなみに私は回復魔法、無理でした
ご主人様の怪我を癒せるようになりたいな……と結構期待してたんですが
私は徹底した火属性
燃やす、破壊する、ぶっ放す!って方向性なんですね……
光属性の魔法はどうも苦手で……
水属性より苦手なくらいである、と中級レベルの魔法を習って実感しました
無理に詠唱を覚えた回復魔法は
魔力を全部消費して気絶した上で
かすり傷も治せないというレベルで
ああ絶対無理なんだなあと分かりました……
いいんです、お小遣いを節約してポーションを買い溜めしてますから……
ご主人様はポーション費用は俺が出すからいいと言いますけど
でも万一のことを考えたら……だってご主人様は自分の防御力と生命力に自信があるので、いざとなったら結構、大雑把になってしまうんですよ
だから貨客船の中でちょっと怪しげな商人が
これは非常に珍しい高級ポーションなんだ! 効果は桁違い!って言うのなら
値段は高いですね、でも効果が宣伝通りなら……
これは買うべきですね!
「待て、アホ、そんな胡散臭いポーション買うな。」
どうみてもインチキぽい商人相手に騙されて、ふらふらと財布の紐を緩めようとしていた明を、重蔵は捕獲して連行する。
「あ、ご主人様! 珍しい高級ポーションなんですよ! 買えるうちに買っておかないと後で後悔するかも!」
明はじたばたと抵抗するが無駄である。重蔵からしたら片手で軽く運べるし。
商人は商売の邪魔されてちょっと腹が立ったが……みるからに恐ろし気な戦士である重蔵を見て表情を切り替え、愛想笑いを浮かべる。
「旦那! そんなこと仰らずに、効果は保証しますよ!」
「いらん。」
無愛想に切り捨ててそのまま明を連れて去る重蔵。
離れた位置まで来ると明はなんとか重蔵の手を振りほどけた。
まあ実際には重蔵が力を緩めただけだが。
「もう! どうして邪魔するんですか!」
明が抗議するも
「あのな……専門店でもない場所で高品質なポーションなんて絶対売ってないから。」
重蔵は前線で身を張る戦士であるからポーションにもこだわりがあり、一時、真剣に調べたこともあり、結論として信用できる専門店で買う以外に方法は無いという、実に常識的かつ穏当な解答を得た。自分の体で品質を試してきたから間違いない。
対して明は実は……かすり傷さえほとんど負ったことが無い。ゆえにポーションを必要とするほどの負傷というのがそもそも経験が無い。だから本当のところはポーションの品質の差というものも分からない。重蔵の防御は正に鉄壁であったから。
「でも……もしかしたら効果があるかも……」
「いや無いって、マジで、経験談。」
流血を伴う負傷を何度も負って、負った端からポーションで強引に回復、さらにそのまま戦闘続行してまた怪我してはまた飲んでと。
そういう体験を過去にした上で出した結論。
重蔵の言うことの方が正しいだろう、それは明も分かっているが。
「でも……万が一……」
「大丈夫だって。」
「大丈夫ってなんで言えるんですか!」
明が涙目で重蔵を見上げる。内心怯む重蔵。
「ご主人様に……万一のことがあったら……どうするんですか……心配なんです、どうして分かってくれないんですか……」
「いや、だからな……」
「もう! ご主人様なんて嫌いです!」
明は重蔵に背を向けて駆け出した。
走っていった方向は……さっきの胡散臭い商人のいる方じゃない。
まあ流石に、あの商人からまた買おうとはしないだろ……
溜息をついて、ゆっくりと明の後を追って歩き出した重蔵の前に。
にやにやしながらリヒャルドが現れた。
「いやー、愛されてるね! でもちょっと大変そう?」
「あいつは心配性でな……確かにちょっと困ってる。」
「ま、確かにね。ロックが死んだらアイーダちゃん、きっと即、後を追うよね。いやあ大変だなあロック! 彼女の命は完全に君にかかっている!」
「うるせえ。」
実際そうなりそうで怖い。
自分が死ぬのはいいのだが、自分が死ねば彼女も死ぬというのが本当に怖い。
それを思うと、やはり何度でも聞いておきたくなる。
「リヒャルド、王都では本当に……危険は無いんだな?」
「やれやれ、君まで心配性になったか。何度も言ってるけどさ……」
明が認識していない、または重視していない、王都へ向かう理由の一つが。
リヒャルド宛の、王太子からの召還命令である。
これはリヒャルド主体の話だから明にとってはどうでもよかったのかもしれない。
内容は、取り繕った貴族的文飾を剥いでシンプルにすると
「てめーやり過ぎなんだよ舐めてんのか。即刻帰ってこいコラ!」
というものだった。
「大丈夫だって、兄上の目はあくまで僕に向いている。君たちはおまけだよ。」
「それならいいんだがな……」
普通の王族は、冒険者なんて底辺の事情はほとんど知らない。
リヒャルドについても、彼が強いことを認めている理由は、実は彼が迷宮探索で功を挙げたからって理由は弱く……
民間で名を挙げたらしいから確認のためひとまず、帰らせた後で、王家に仕える凄腕の騎士たちを相手に試合をさせて……
その試合でリヒャルドが常勝無敗。意地になった騎士団長がついには百人連続試合までやらせたのに、それでも全部勝つという異常な結果を出したからだ。
そして王族としてのプライドの高い王太子は、リヒャルドが強いのは冒険者であるからとは考えていない。それよりも王族の血筋として、昔は勇者も出したことがあるし、たまに王族の中から異常に強いやつが出るのも歴史的事実だったし、つまりリヒャルドが強いのは王族だから、と考えている、考えたがっている。
百人切りのリヒャルドの力なら、実際に単身でルーフェン子爵の館を落とせる可能性もあると、騎士団長も言っていたし。
やはり問題はリヒャルド、危険なのはリヒャルド。ただしその危険性も、彼が持つ「王族の」戦闘力によるものだから複雑である、というのが王太子の考え。
「だから兄上ってバカだから、目が曇ってるから。意地でも一介の冒険者である君達の力とか認めないから大丈夫だって。」
「それなら助かるな。ただ今回の問題は……」
「ああ、ソフィアも余計なことしてくれるよね。」
ソフィアとは光の神殿の巫女、今回の神託を下した女性であり、重蔵たちの昔のパーティーメンバーだった。回復魔法の腕前は間違いなく、彼女一人がいるだけで安定度が圧倒的、非常に頼りになる仲間だったのだが……
「勇者の選定だとか、魔王を倒せとか、知ったこっちゃないよねー」
「全くだ。アホらしい。今からサボってやろうか。」
「それもいいね! ソフィアの泣き顔を見るためだけでもサボりたい!」
「あー……でもあいつ真面目だし、しつこいから、延々と追っかけてくるだろな。」
「だねえ……あー面倒だ。」
ある程度は、強者として認められねば、安定した暮らしは得られないだろうが。
しかし、あくまである程度で良いのだ。
目立ち過ぎると、厄介ごとが増えるだけ。
勇者として選ばれるとか、厄介の極みだ。
それに大体、重蔵としては、この世界の人間のために魔王相手に戦うとか。
まったく、論外である。そんな気になるはずがない、アホらしい。
約束された苦労人、後世に聖女ソフィアとして伝わる女性の苦労は
今の段階から既に始まっていた!
修行の旅に出たことは彼女の意志だったし
迷宮探索に参加したのも彼女が自分で決めたことだったけど
しかし自由過ぎるパーティーメンバーに泣くほど苦労を繰り返し
パーティー解散したときは本音ではせいせいしていたのに!
また苦労せねばならないソフィアさんが一番
神託にガッカリしていることを、彼らは知らない。
勇者と魔王の話に、やっと持ってこれた
ソフィアさんが出るのは次かな
彼女も主役級キャラクターの予定です