7 王子の事情と大暴れ
注意事項
・戦闘シーンなので多少残虐な描写があります
迷宮探索で名を挙げた後、リヒャルドは強制的に王宮に連れ戻された。
そこで二十は年上の兄上、正妃腹の王太子殿下に仕事を押し付けられる。
もちろんゴネた、ゴネにゴネて嫌がった。
王族の一員としての義務? 僕さー王族の一員としての権利とか受け取った覚えが無いんだなーいつでも助けてくれたのは昔の母上の知り合いばかりだし。
権利なしで義務だけ負えって言われても納得行かないなー
その剣と魔法の腕だって王族だから習えたものだろう? あのさー兄上、本気で僕のこと知らないんだねー興味も関心も無いんだねー、僕は王城では何一つまともな教育を受けられなかった、街に抜け出して母上の知人関係からしか習ってないよ。ぶっちゃけ富裕な平民の方が僕より良い教育を受けてるね!
正妃様の親戚関係から令嬢を見繕って僕に宛がってくれる? そうすれば今後はその貴族令嬢の実家の援助が期待できる? ははは、絶対嫌だ。死んでも断るぞ。僕は小さい頃から王城の貴族連中にはいじめられてきたけどさ、中でも最悪なのは貴族令嬢だった、陰湿な言葉の暴力は当たり前で徹底的にこちらを貶めてくるし、僕がある程度、成長したら見目が良いもんで性的な悪戯をしてこようとする連中とか、マジだよ、マジで沢山いたんだよ、貴族令嬢だけは嫌だ、本気で死ぬほど嫌だ!
王族としての籍を奪って追放? 望むところだ、是非やってくれ! 国内にとどまると問題になるだろから外国いってまた一から冒険者やるよ、どこにいってもやっていける自信はある!
「とまあ、そんな具合で抵抗したんだけどね。」
宿屋の中に戻って部屋で茶を飲みながらもリヒャルドの勢いは止まらない。
「いや、お前の事情はともかくだな、とりあえず俺の方の……」
重蔵が何とか話を本筋に戻そうとするのだが。
「大丈夫、分かってるって! まあ結論から言うと、残念ながら僕にも見捨てることが出来ない親族がいた……三十年前から王都の下町で酒場を経営してる爺さんで、母上の育ての親さ。ガキだった僕が何も持たずに飛び込んできても、黙って面倒みてくれて……ああ、あの人だけが本当の僕の親族、僕の祖父なんだ。爺さんの年だと今さら別の街に行って一からやり直すとか出来ない……なにがあってもこのまま王都で死ぬまで酒場を続けるつもりなんだよ、説得とか無理。爺さんの安楽な余生を人質にとられると……僕は兄上に従うしかなかったわけだ。」
「それは大変でしたね、それはともかく私たちの事情も……」
今度は明が軌道修正を試みる。
リヒャルドは明が相手だと、蕩けるような甘い笑顔を向け、意味ありげな眼差しで見つめる。金髪碧眼の正統派美形、誰もが夢見る王子様そのものの外見をしている彼がこうして見詰めるとそれだけで落ちない女はいなかったのだが。
明は苦虫を噛んだかのような、実に嫌そうな顔をして、
さっと重蔵の背後に隠れ、リヒャルドの視線を切る。
「ご主人様、この人、気持ち悪いです!」
「あのさーリヒャルド、とにかく真面目な話をだな……」
明は全くリヒャルドに、なびく気配も見せないし、重蔵は重蔵で、リヒャルドがどれだけ彼女に粉をかけようとしても全く動じていない。
凄いな! 僕なんて論外、二人は互いのことしか目に入ってない!
ますます楽しくなってきたリヒャルド。
「いや、アイーダちゃん、いいね! オーガロードと言われたロックがこんな可愛い子とくっつくとか予想外だよ!」
「オーガロード?」
明が、重蔵の後ろから疑問の声をあげる。
「オーガは知ってる? 人食い鬼とか、大鬼とか言われる強力なモンスターさ。さらにその中でもオーガの集団を統率し指揮する上位種がオーガロード。昔、僕たちでオーガの群れと戦った時ね、混戦の中で、オーガロードとロックが一騎打ちになったんだけど。見た目の迫力だと、どっちがオーガロードか分かんねえな、これって仲間が言い出してさ、それだったらこれは真のオーガロードがどちらか決める戦いに違いない、勝った方が本物だ!って冗談で言ってたら、ロックが勝った後、オーガの群れが一斉に抵抗をやめてロックに頭を下げるんだよ! 群れのボス、真のオーガロードだと、オーガたちに認められたんだ! 凄いよね、ロックは!」
「さすがご主人様ですね! 格好良いです!」
明は無邪気に喜び、重蔵の首に抱き着く。
「うーん、この話をきくと大抵の女性はドン引きなんだけどな……」
「あの後、残ったオーガを潰して回るのに妙に罪悪感感じたよな。」
「だよね、オーガでも無抵抗だと後味悪かったよね。」
「ああ、結局その後、倒しちゃったんですね……」
「オーガだからな、あいつらマジで人喰うから、仕方ない。」
「うん、仕方ない。」
なぜかしんみりしてしまう三人。
そんな雑談してる場合でないので切り替えようと重蔵が
話そうとした出鼻を、またリヒャルドが挫く。
「それで……」
「ま、それで結局ね、僕、兄上に監察官を押し付けられて、以前から悪い噂のあったこの交易都市ルーフェンの領主を潰しに来たってわけだから!」
重蔵たちが滞在している都市は、大河イリアスの中流域に位置する交易都市ルーフェン、陸上交易と河川交易の要衝であり、ぶっちゃけ王都より経済的に繁栄している。
王都はイリアス河の上流域にあり防衛は堅固だが交通はやや不便なのだ。
交易都市ルーフェンは交通の便は良い分、防衛には不向き。上流域に堅固な拠点を構えたイリアス王家の攻撃に耐えかねて降伏し、被支配下に入った経緯がある。
元々敵対勢力だったためルーフェンの支配者の血筋は代々冷遇されており、経済力に比べて著しく低い爵位しか与えられていない。ルーフェンは子爵領となっており、またその支配地も都市内に限定され、周囲の肥沃な穀倉地帯は全部取り上げられている。
こんなことではルーフェン子爵が王家に忠誠心を抱くわけもなく、長年、潜在的敵対勢力と見なされてきたのだが……
「おいおい……大事だな、ついにルーフェン子爵を滅ぼして……王家の直轄地にするつもりなのか?」
重蔵は大体事情が分かる。明は全く分からないが
「あのヒヒ親父がクビになるんですね! 大賛成です、やりましょう!」
すごく乗り気だった。
「そう言ってくれると思っていたよ、ロック! ありがとう!」
笑顔で重蔵と握手して強引に手を振るリヒャルト。
「ん? なんでお前が礼を言うんだ?」
「ははは! では事情を説明しよう!」
リヒャルトが言うには。
徹底的に反抗的な態度を貫くリヒャルトに、王太子殿下も切れた。
切れた末に無茶な仕事を押し付けてきた。
長年の王国の懸案事項、ルーフェン子爵領の問題である。
「どうしろって?」
「なんとかしろってさ!」
具体的な方策など無い!
大体どこの領主だって収賄とか贈賄とか汚職の類、多少の差はあれどもやっているものだしそんなもん一々咎めていてはキリがない。要は程度の問題であり、やり過ぎて悪評が立つようになって、しかも政治的に同調してくれる味方を持っておらず孤立していれば槍玉に挙げられて運悪く裁かれるだけの話であって。
つまるとこ、言葉を飾らずはっきり言えば!
「ルーフェン子爵に難癖をつけて潰せ!ってことだね。」
「無茶言うなあ……」
「ついでに言うなら、最悪の場合として僕がルーフェン子爵に返り討ちにあって殺されてしまっても……それはそれで良いわけだ、王族殺しで国家反逆罪に問える! つまり僕は犠牲の羊扱いってことだね!」
「お前、とことん兄貴に嫌われてんだな……」
「なに、僕の方がもっと大嫌いさ!」
重蔵は日本人としての良識が十分に固まる前、中学生でこちらに来ている。
ゆえに倫理観などは既にこちら寄りである。
明は重蔵の意見を基本全面肯定である。
この場にストッパーはいなかった。
「まあ、あのオッサン、むかつくからいいけど……つまり殺るんだな?」
こっちの都合で殺る、このくらい今の重蔵は平気の平左であった。
「ああ。でも、できればさ、ロックがアイーダちゃんを連れて逃げようとしてる所で、子爵の追っ手に阻まれて、止むを得ず抵抗して、その時に僕も偶然君たちと一緒にいる、子爵の手勢はそれを知らず僕ごと殺そうとして反逆罪に! って流れがベストなんだけどそういうふうに持っていけないかな?」
笑顔でハメ殺す策略を立てるリヒャルドも大概だが。
「うーん、アイーダ、どう思う?」
これは重蔵の台詞である。人前では一応、こう呼ぶことにしている。
そしてアイーダこと明は実はこの中で一番人生経験は長い。
また性格的にも本来は思慮深く慎重であった。
人格は崩壊して少女と化しても、思考能力自体が失われたわけでは無く……
そして今の明は、重蔵を第一に考える。
「うーん、その必要は無いと思います。」
明は慎重に言葉を選ぶ。
「どういうことかな?」
リヒャルドが問い返す。口元は笑顔だが、目は笑ってない。
「いえ、そんな猿芝居は必要無いでしょう。すぐに殺りに行きましょう。」
明の意見が一番、過激だった。
なぜならば……
「リヒャルドさんの言われたお芝居をすると一時的でも多くの敵に囲まれた状態になります。リヒャルドさんとご主人様だけならそんな状態でも切り抜けられるのでしょうが私が足手まといになります。街中では全力で魔法を放つこともできませんし。」
リヒャルドの知っていた昔の重蔵には無かった要素。
明という守るべき存在。確かにそれを計算に入れていなかった。
しかしこの言い方だと二人が一緒にいるのは前提で当然、さらに囲まれる状況になった場合は重蔵が明を守るのも当然だから不利になるのも当然。
そして重蔵もそれを当然と考えてると言ってるように聞こえるが……
「だな、お前が全開で魔法を使えば延焼は避けられないし……囲まれるのは悪手か。攻めてこそ、お前の魔法は活きるから。」
なるほど重蔵も、二人が一緒にいること、守ると不利なこと、当然としている。
リヒャルドが知っていたロックという男は鉄壁の防御力を誇り、周囲を騎士団に包囲されても怯まない、全方位から攻撃されても全て受け止め跳ね返し、逆襲して叩きのめす……だから包囲されること前提の策は受け入れられやすいと思っていたが。
「なるほどね……うん、変わったんだね、ロック。」
いつものわざとらしいスマイルではなく、自然な笑顔でリヒャルドは言った。
「そうか? 自分では分からんが。」
「ご主人様はずっとこうですよ?」
二人の息の合った返答に、リヒャルドの笑みが苦みを含む。
ああ羨ましい。僕も彼女欲しい。
「まあそれはともかく! それじゃどうやって子爵に罪を被せるのさ!」
「どうしたら良い? アイーダ。」
「それは重要な問題ではありません。まず殺してから考えましょう。」
彼女の冷酷な返答にリヒャルドは爆笑する。
「ぷっ! ふはははは! ひでえ! アイーダちゃんひでえ! 先に殺してしまえば確かに後から悪名なんて付け放題! 勝てば官軍、まず勝たなきゃね! 後で政治的調整に困るのは兄上だけだし、確かにそれはどうでもいい! 鬼の女房は蛇か! うーん、いいね! 実にお似合いだよ君たち!」
「も、もう! そんな……女房だなんて……」
紅潮した頬を抑えて照れた顔を隠し、重蔵を上目遣いでチラ見する彼女は、さっきの冷酷なセリフから想像も出来ないくらい可憐で、清楚な娘に見えた。
「おおう……すごいギャップだ。外見詐欺だね、これ。」
「すぐ慣れる。良し、じゃあ行くか。」
重蔵は基本的にノリで生きている、適当かつ楽観的な男である。
明はその重蔵の意志を尊重する方向で動く。ブレーキはかけない。
そこにやってきたリヒャルドも、命なんて最初から捨ててかかってる刹那的な生き方をこれまでしてきた命知らずの剣士なのであり……
三人になってもやっぱりストッパーはいなかった。
具体的な攻め込み方とか考える時間をとろうか、という意見は一瞬だけ出た。
明が言い出したのだが、リヒャルドは却下。
別にいいよ、後で困るのは兄上だけだし! 派手に行こうぜ!
抑圧された幼少期を送ったリヒャルドは基本的に切れており、本当のところ何もかもどうでもいい、自分の命も含めて何もかもだ、だからどんな無茶でも平気だ!
そして本当の所、いやらしいヒヒ親父に言い寄られた明はマジ切れしており。
明にいやらしい目を向けられた重蔵もブチ切れていた。
無謀な三人組は、無謀にも正門から乗り込む!
正門は明のファイアボール一発で吹き飛びました。
「ヒュー! いいね、素晴らしい威力だ!」
「だろ、アイーダの炎系の魔法威力は異常なんだ。」
「雑魚は炎の矢で片付けますね。接近してきた人をお願いします。」
罪もない衛兵さんとか騎士さん達が炎の矢で次々に吹き飛ぶ!
無関係な人たちにこんなことして心が痛まないのか?
「戦争ってのはそういうもんさ! 無辜の民衆を犠牲にすることこそ戦いの本質! 今回は一応、城勤めの人間だけしか攻撃してないし紳士的なくらいだね!」
「まあ仕方ないわな。逃げて指名手配されるのはゴメンだし、攻めて勝てる可能性があるなら攻めるべきだし、攻めるからには徹底的にやるしかない。」
リヒャルドの切れまくった意見はともかく。
重蔵も人間相手の実戦経験は積んでおり考え方に甘さは無い。
唯一メンタルが心配なのは明なのだが……
「ご主人様! 館の窓から炎の矢を撃ち込んでも良いですか!?」
重蔵のためにと思うとき。彼女に良心は無い。
夜間の奇襲に子爵の城は浮足立った。
この城にはせいぜい百名程度の武装兵しかおらず。
正門側に人数が集中していたため、あっという間に半分がた倒れる。
そして襲ってきた三人組は、それぞれ
一人で百人倒すくらいは余裕で出来る、チート野郎だった……
散発的な抵抗を蹂躙しつつ三人組は城の奥に乗り込む。
屋内では魔法をあまり使えないが、しかし接近戦でも……
「よし! これで8人!」
「なんの! こっちは9人だ!」
華麗な剣技で圧倒するリヒャルドに。
鎧ごと叩き潰す重蔵。
こいつら潰すには本来、完全武装の騎士が千人くらい必要なのだ……
一応、こいつらを擁護しておくと。
別に彼らは殺人鬼でも狂人でも無い。
それなりに社会と折り合って生きていこうと努力してきた。
重蔵は明と二人で静かに暮らせればそれで良いと今では思っており。
明の方は重蔵さえいれば良い、他に何も望まない。
リヒャルドも貴族社会に馴染めず、その中で上手くやっていくのは不可能だと自分で分かっていたから飛び出して、冒険者の世界で生きていくことによって、社会との折り合いをつけようとしていたのだ。
しかし同時に三人は三人ともギリギリだった。
異世界から落ちて来て孤独の中で戦い続けた重蔵の苦しみは、この世界の人間には絶対に分からない。やっと得た唯一の理解者である明への執着は、この世界の人間は勿論、おそらく明でさえ理解していないほど深い。
その明に手出し、されそうになるという可能性だけでも。
重蔵がマジ切れするのに十分な理由なのだ。
明の方は言うまでもなく。彼女の精神は振り切っており、重蔵のためなら殺人程度は平気である。いやもっと残虐な行為でも平気だろう。基本的に彼女にとっては、実はこの世界で「人間」のカテゴリーに入ってるのは重蔵だけ。他の人は「人に似た何か」という扱いで、世界認識自体がズレている。
一度、自我が崩壊し、洗脳されたという経験から。
彼女の精神は常軌を逸している……
この二人に、暴れても良いという理由を与えてしまったのがリヒャルドで。
そしてリヒャルド自身、本当は何がどうなってもすべてどうでも良いため……
かろうじて決壊せずに保たれていた微妙な均衡は崩れ。
何もなければ静かに暮らしていたであろう異常能力者たちが。
こうして暴れ出すということになってしまった。
ほんの数時間でルーフェン子爵は打ち取られた。
「アイーダちゃん! ダメ、撃たないで! 君が撃ったら吹き飛ぶ! 死体が必要なの! 原型を留めてる必要があるの! こらロック、やめろ! 君が殴っても同じだろ! 原型残らないだろ! いいから僕に任せて、お願い!」
爆殺マシーン二人を必死に止める王子の声が響き渡ったりしたが。
後日の調査ではそれを聞いた証言者などはいなかったので気のせいだったのだろう。
黙ったのか、黙らされたのかは誰にも分からない。
次からまた新展開です