5 最初の旅の終わりと始まり
注意事項
・戦闘シーンで流血描写などがあります
・死体の状態の表現などがあります
魔法感覚というのは、視覚や聴覚に並ぶ独自の感覚であり、それが分かるかどうかで魔法が使えるかどうかが決まる。
非常に高い魔法センスを持つ明は、当然、同時に非常に高度な魔法感覚を併せ持つ。
目や耳を介さずとも、魔力を感じることで多くの情報を得る……
そういうわけで明は、推定コボルト?によって壊された穀物倉庫に、非常に微弱ではあるが魔法的痕跡が残っていることに気付いた。
そのまま魔力痕跡の跡を辿る……森の方に続いていく……
どこまで行くかは分からない。
重蔵にそれを報告すると、それなら行けるところまで辿ってみようと。
しかしもしかしたら魔法を使うような敵が出現するかも……
重蔵は防御には自信がある、普通の魔法なら十発やそこら耐えられる。
盾を構えた完全な体勢なら。
明を運んでる余裕は無い。
重蔵が本気で歩くと、速度も持久力も軽く明の倍を行く。
明が歩いてついていくってのはほぼ不可能で……
村長から明の乗り物として、ロバを借りた。
うまく乗りこなせるか心配だったのだが……
ここでも魔法チート。
どんな生き物にも魔力はあり、魔法的感覚を通じて意思を通わせることで
どんな動物ともかなり仲良くなれる。
これも優れた魔法使いの特徴らしい。
別に動物と話し合えるってわけでは無いが。
全く人に慣れていない野良犬が、いきなり長年飼って慣れ親しんだ猟犬とかと同じくらいに言うことを聞いてくれるようになると言えば分かるだろうか。
つまり、かなり、凄い。
下手したら飼い主の言うことにも逆らうことがある、頑固なロバが。
明にだけは非常に従順になり、指示に正確に従ってくれるようになった。
ロバは馬よりかなり小さいが、力は相当なものであり。
明は非常に軽いので、余裕で運んでくれる。
そして翌日、この村に来てから6日目に、二人で探索に出発。
「さあドンちゃん! お願いしますね、行きましょう!」
ロバだからドンキーだからドンちゃんだという明の安直なネーミングに思うところはあったが、重蔵は突っ込まなかった。
村から出て、近郊の森に入る。
村で管理している森なので、小枝や柴は燃料として伐採されており、見通しも悪くないし、歩きやすい。
そのまま順調に進む。魔力痕跡はずっと続いている。
昼頃まで探索すると、森の奥の小川に突き当たった。
痕跡が一旦、途切れる。困った。
こういう場合、どうしたらよいのか重蔵は分からなかったが……
「成程、わざと川を渡ることで痕跡を消そうとしたわけですね。こういう場合は上流か下流か、対岸をしばらく探せば多分また痕跡は見つかります!」
「……良く知ってるな。」
「知ってるだけです! やったことはありません! ですが今の私なら微かな魔法的痕跡でも、感じ取る自信はあります!」
日本での明は普通の勤め人だった。別に猟師では無い。しかし小さい頃に、シー〇ン動物記を読んだことがあり、その中で出てきた知識を覚えていた。
まあ偶然知ってただけで専門知識などはなく、普通なら生き物の跡を追っていくなどできるわけは無かったのだが。
しかし今の明には出来る。魔法的痕跡さえ残っていれば可能だ。
川の流れも微弱な魔力を含んでいるので魔法的痕跡も流してしまうというのは初めて知ったが、しかし対岸を探せばまた痕跡を発見できるはず……
とりあえず昼休憩にする。ロバに水を飲ませる。
二人の食事は携帯できる簡単な保存食。固く焼いたビスケットと水くらいのもの。
明はニコニコしながら水筒の水を重蔵に給仕する。
「おう、ありがと。……お前も飲めよ?」
「はい、ご主人様!」
妙に距離が近いし、とても良い笑顔だ。
明が懐いてくれたのは嬉しいのだがしかし。
なんだろーな、最初に思ってた性的な意味での奴隷扱いは……いまさら出来る気がしないので、まあ、いいんだけど……同じ日本人としての対等の仲間、友達って関係もまた……無理な気がする、そういう風にならない……ならいっそもう恋人扱いとか嫁さん扱いとか……って……どうするんだろ……経験が無い、分からない……
グダグダ考えても分からないので重蔵は考えるのをやめた。
昼休憩を終えて追跡を再開。
上流か下流か……多分上流! という明の勘が的中。
すぐに対岸の痕跡を発見、追跡続行。
そういう勘も冴える、それが魔力に目覚めるということらしい。
全く分からない重蔵としては感心するしかない。
森から離れて……荒野地帯に突入……その中の丘に登り……
さらに丘を幾つか越えて、日が傾いてきた頃。
丘の麓に小さな林があり、その林の中から……強い魔力を感じる。
「ご主人様、あの林の中から魔力を感じます。なんでしょう、これは……魔法使いがいるのでしょうか? 他の魔法使いの魔力を感じ取るという経験が無いのでよくわからないのですが……」
「ふーん、いや、凄いよ、なんとなくでも分かるだけで凄い。」
少し考えて、質問する。
「こっちから向こうが分かるってことは……向こうからもこっちが分かる?」
明も少し考える。
「申し訳ありません、分かりません。私はただ漠然と魔力を感じているだけですが、もしかしたら『魔力感知』と言った類の専門の呪文があるかもしれませんし、そうだったら私には分かりません。魔力を感知するのがただ感覚的な問題だけならば、多分ですが……私の方が感知する範囲は広いのでは無いか、とも思えるのですが……」
「いや、悪い、そうだな、分からないよな。呪文に限らず魔法に関する知識一般が……その勉強も出来るようにしないとな……ま、それは先の話として置いて……さてどうするか、一旦、引くか、突っ込むか。」
それも考えても分からない。
ちなみに重蔵は一人なら問答無用で突っ込んでいた。
考えるより動く、勢い優先、ノリで生きる、それが彼の生き方だった。
全財産を衝動で吐き出して美少女奴隷を買うような男であるから。
しかしその彼女がすぐ傍にいるとなると考え方を変えざるを得ない。
自分は多少の負傷は平気だが
彼女は多分、自分にとってはかすり傷でも、致命傷になりそうだ……
さてどうしたものか。
「ご主人様、行きましょう!」
明がそう言ったのは意外だった。
「ん? なんで?」
素直な疑問で返した。
「もうすぐ日が暮れます。突撃しないなら、一旦引いて、どこかで野営することになりますが、そうやって動き回っていれば相手に気付かれる確率は高まります。きっと今ならまだ気づいていない確率の方が高いと思います、不意打ちできます。それに私たちは二人とも専門の狩人技能とか持っていないですし……ここまで上手く追跡できたのも実際問題ほとんど偶然……時間をおけばおくほど気付かれる確率は高まり、不利になるのではないかと思います。」
「うーん……なるほど……」
言われてみればそうかもと重蔵は思った。
なお明の方の本音は。
「ご主人様は突撃したいに違いない」と思ったからである。
短期間で重蔵に依存しつつある明は、重蔵の意に沿うことを重視している。
重蔵の性格なら突撃したがる、ならばその意を叶える!
理屈は適当にそれっぽく並べただけである。
既に性格をここまで見抜かれてしまってる重蔵も問題だが。
しかし自分の意志といったものを本当はほとんど持たず……ただ重蔵の望むところを叶えようとしか考えていない明の精神状態も……かなり不健全である。
不健全であるし、また危険でもある。
せっかく二人で考えて相談することが出来る、はずなのに。
実際には明は思考の根本的な部分は投げてしまって、重蔵に依存しているのだから。
ストッパーがいないのだ。この危険がいつか顕在化して……
将来の危険性はともかく、この場においては。
明がそういうならと、本来は重蔵もそうしたかったことだし。
突撃することにした。
小さな林の奥に、小さな二階建ての家があった。こんな人里離れた場所に建っているのに山小屋とかではなく、普通に家族で住めそうな大きさの家だった。
忍び足とか苦手だけど、一応、静かに、足音を立てないように近づくと……
10メートルほどの距離で、家の二階の窓がいきなり開き、声が!
「『炎の球』!」
中級攻撃呪文の基本、ファイアボールだ、いきなり撃ってきた!
重蔵はこの呪文、味方が使う所も、敵が使う所も見たことがある。
だから対処できる!
迷わず踏み込み、むしろ距離を縮め、恐れず盾を魔法に叩きつけて受ける!
爆発の焦点をずらす、相手の思うままの位置とタイミングで爆発させれば大ダメージを喰らうが、こちらが主導的に動いて盾をぶつけると威力は下がる!
分かっていても踏み込める人間は中々いない、しかし重蔵には出来る!
小規模な爆発を全身に力を籠めて耐える。
簡単に言うがこれも人間離れした耐久力である。
気付くと、家の門が開き、中から十数匹のコボルトが突進してきた。
上から魔法攻撃、下は雑魚とは言えモンスターの群れ!
意外ときっついな、これ! あの報酬額は詐欺だった!
思いながらも指示を飛ばす。
「明! 上を任す! 魔法を打ち返せ、牽制でいい! 下は任せろ!」
「はい!」
明が「炎の矢」を連射し始める。
えらい勢いでガンガン撃ってる……敵の魔法使いは反撃できないようだ。
あの勢いで撃ってたらこの家、全焼するかも……
まあそれはともかく下の雑魚を片付けねば明が危険だ。
重蔵の今日の武器は、長さ1.5メートル程の筋金入りの棒である。持ち手は木製で、先端から1メートルほどは金属で覆われ、その金属面には多数の鋲が撃ち込まれており、分類としては打撃武器、メイスと呼ばれる種類なのだが……
この武器を見た時の明の正直な感想
「これ、鬼の金棒ですか?」
もろにそういう外見をしている。ちなみにわざわざ注文して作った特製だ。
日本昔話とかで鬼が振り回している、あれである。
何本も筋金が入っており非常に頑丈で壊れにくい。もちろん非常に重い。
普通の人間なら両手持ちで使う、いや使おうとしても重すぎるくらいだろうが。
重蔵はこれを片手で振り回す。
この金棒による攻撃がまともに入るとどうなるかっていうと。
プシャ!
コボルトの頭部が弾け飛んだ。
潰れるとか、砕かれるとかじゃない。
爆発したみたいに弾けて飛ぶのだ。
コボルトたちは裸に短剣を持ってる程度で、重蔵の攻撃の前に完全に無力だった。
それは当然、仮に騎士が全身鎧に身を固めた上で、さらに盾で受け止めたとしても。
盾ごと、鎧ごと、叩き潰して吹き飛ばし、一撃で戦闘不能にする攻撃力なのだ。
あっという間に五匹ばかり、頭とか胴体の一部が無くなって転がる。
「うおおおおおおおお!!」
さらに重蔵が咆哮する。「戦士の咆哮」というスキルだ。凄い迫力である、どっちがモンスターだか分かったもんじゃない。
コボルトたちは怯えて、一瞬、身が竦む。また重蔵を迂回しようとしてたコボルトも動きを止めて重蔵の方を見てしまう。
専門的に言うと、これはただ叫んでるわけではなくて、体内から魔力を放出して叫び声に乗せていて、だから魔法的な効果を持ち、威嚇や牽制、また注意を自分に引き付ける効果を持つとかなんとか。
ただし重蔵に言わせると、なんとなく感覚的にやってることなので、魔法的な効果があるとか言われても困る、俺は普通の魔法とか使えないし分からないってなもんで。
まあ大概の戦士は同じ意見らしい。こういうスキルは大概そういうもんだ。
動きが止まったコボルトの頭を、さらに三匹ほど吹き飛ばす。
再起動したコボルト連中だが、既に怯えて戦意を喪失しつつあるようだ。
逃げようとして……逃げられない!
不自然な動きで再びこちらに向き直り、攻撃をしようとして……
もちろん無理だ、全滅するまで十秒とかからなかった。
まだ戦いは終わっていない、魔法使いがいた家の二階を見ると……
派手に炎上している、なにか罵声が聞こえる。
そしてその罵声を無視して
「炎の矢! 炎の矢! 炎の矢! 炎の矢! 炎の矢! 炎の(ry」
撃つ、一回呼吸する、また撃つ、呼吸する、また撃つ……
エンドレスで魔法の矢を打ち込み続ける明は
アルカイックな微笑みを浮かべながらも目が座っており
怖かった
「てめ! ふ、ふざけんな! って、ぐあ!!」
たまりかねたらしい敵の魔法使いが、室内を覆う炎から逃れようとして、一瞬、窓の外から見える位置に姿を現してしまい、そこに炎の矢を喰らったらしい。
悲鳴とともに声が聞こえなくなった。
それに構わず魔法を継続しようとする明を、止める重蔵。
「ま、待て! 一旦中止!」
「は……ぃ……」
ん? 不明瞭な返事に疑問を感じる重蔵。
みると明は、額に汗を浮かべながら、妙に苦しそうに……
首筋を抑えて……首?
「わ、悪い! すまん、今の命令になったか!?」
明確な形の命令は、奴隷の意志を無視して行動を強制する。
奴隷の首輪の力を忘れていた!
不自然な形で魔力の流れを強制中断された明は、顔色を悪くして、倒れそうになっている!
「だ、大丈夫です……」
そういうのだが、その口調も弱弱しい……くそっ! ミスった!
これが普通の行動を制約する、程度なら、大きな問題にはならないのだが。
魔法の強制中断は、魔力に関わる問題のため、肉体にかかる負担が大きいようだ。
しかしな……戦闘中とかで、今は魔法を撃つな!とか、一旦停止!とか。
そういう命令をすることは多分今後もあるのではないか?
その度ごとに首が締まって明が倒れそうになっては困るぞ、これ。
いかん、思ったより不便だ、奴隷の首輪
これだったら無い方が、冒険の相棒としては良いような……
だが首輪を外しても明がついてきてくれる、というほどに
信頼を得ているとはとても思えない重蔵であった。
なにせまだ出会って一週間程度。
だけど彼女のことを思うなら……
「首輪……無い方が良いかな……外すか。」
それほど本気で言ったわけでは無い。
なにせ重蔵の本音としてはまだまだ外したくない、ずっと一緒にいてほしい。
勿論本当に良い関係を築けたら、信頼関係を築けたら、そこで外して、改めて対等の付き合いを申し込みたいところだが。
それは今では無い、まだ関係が浅い。
だから外したくないのが本音で、それは口調にも表れていて、そのことは普段の明だったらすぐに分かったと思われるのだが。
「え?」
明の目の光が失われた。
顔色がさらに蒼くなり、血の気が引き、地面にぺたんと座り込み、呆然とした表情で重蔵を見上げる。
その反応に驚き、無言で見下ろす重蔵。
見上げたままで明は、みるみるうちに両目から涙を溢れさせた。
「ひ……ひどいです……」
泣きながら、つっかえつっかえ、明は声を絞り出した。
「え? え?」
その明を見下ろす重蔵には、状況が良く掴めない。
「な、なんで……そんなひどいこと……いうんですか? ひどいです、ひどすぎます! ご、ご主人様なんか、嫌いです! 大嫌いです! う、うわああああん!」
「いや、ちょっと待って。」
どうやら冗談ごとではないようだ。重蔵は膝をついて明の顔を覗き込む。
「ひどいです。こんなにひどい人だって思わなかったです……嫌いです、大嫌いです、嘘です! いや嘘じゃなくて、でも嘘なんです、嫌いです、ひどいです、ひどすぎます! う、ううううう……」
言ってる内容が支離滅裂で、何を言いたいのか分からない!
「えっと……つまり、首輪を外すのが、ひどいのか?」
「またそんな! ひどいです! ご主人様なんか嫌いです! でも、お願いします! そんなひどいこと言わないでくださいいいぃ……」
なるほど、分からん。
奴隷って首輪を外されたがってるもんじゃないのか?
首輪を外そうって軽く言っただけで、なんでこんな泣くの?
それとも俺の発言の中に、別に問題点があったのか?
普通なら、奴隷は、首輪など外されたがるものである。
重蔵の考えは間違っていない。
これはあくまで明の場合という特殊例である。
日本にいた頃の自我を一度、奴隷調教で完全に崩壊させた明の精神状態は異常に不安定であり、今の彼女は、実際、この世界に新たに生まれ落ちて、新たな自我を形成している途中のようなもの。つまり思考能力とか記憶とは別に、メンタル自体はほとんど幼児レベルの不安定さであり……
見た目は十五歳程度の少女だが、精神年齢は実質、さらに低いのだ。
今の彼女は「ご主人様」にまず第一に依存し、精神を何とか安定させている。
「魔法」も精神の支えになっているが……その魔法を与えてくれたのがご主人様であるからして、当然、ご主人様の方が上位である。
首輪を外すだけならば、それは必ずしも奴隷から解放するという意味でもない。
何よりもまず彼女は奴隷として正式に登録されているので、どこに行っても身分証には奴隷とはっきり書かれるのだ。それは無理やり首輪を外しても同じであり、そういう身分が無い以上、まともに生きていくことは出来ない。正式な身分登録のない浮浪民は奴隷よりひどい状態で、スラムなどで残飯を漁る生活となる。
奴隷であるというのは身分が公的に保証されているということでもあり、特に彼女のような高級奴隷となると下手な平民より良い生活をしていたりする。必ずしも差別の対象ともならない。
とかまあ、いろいろと理屈はあるが。
今の場合は理屈ではなく。
重蔵は既に、明にとってはこの世界における親以上、神様に近い、明がこの世界で生きる上での拠り所であり、生きる意味であり、生きる全てであり……
彼の奴隷でなくなるというのは、その可能性を考えただけでも恐ろしい。
すべてを奪われて奴隷にさせられて。
なのに重蔵が新たにすべてを与えてくれて。
彼に否定されるということは、明のすべてを否定されるということで。
死ねと命令されるよりひどい。
少なくとも、今の幼い精神状態の彼女には、そう思えた。
まともに考えられなくなる、パニック状態になる、それ程の恐怖を感じた。
「ひどいです……きらいです……うそです……いやです……捨てないでください。」
泣きながら呟く明に、重蔵は困った。
心底、困った、どうしたものか。
なにがどうなってこうなったのか、よくわからんが!
とりあえず、こう言っておけば良いのでは?
と、深く考えずノリで言ってみた。
「分かった。首輪は外さないし、明を捨てたりしない。」
言って、ぎゅっと抱きしめる。
それでもしばらく明は無言だったが……
しばらくして、また呟くような口調で
「ほんとう、ですか?」
「本当だ、絶対に言わない。」
「捨てないですか?」
「捨てたりしない!」
「く、首輪を外すとか……言わないですね?」
「……」
正直言ってそこだけはよくわからんかった。
首輪を外したからといって奴隷でなくなるわけでもないし、明もすぐに自分から離れるとか無理だろうし、首輪があるとかえって不便な場合ってのも、まさに今、体験してしまったわけだし、それに理由は不明ながら既にこれだけ自分を頼って、自分に依存してるようだから、だったら逆に、むしろ、首輪なくても問題ないのでは? という気がしてきたのだが。
しかしそう考えて沈黙してしまった重蔵に、明は不満なようだ。
「言わないですね!?」
怒ってるのか、これは。ますます疑問を感じる重蔵。
実際、明の怒りは理屈ではない、感情だ。嫌なものは嫌なのだ。合理的に考えれば首輪にこだわる必要性は無いはずなのだが……とにかく理屈ではない。
明は立ち上がり、至近距離から重蔵の目を見つめて繰り返す。
「言わないですよね!?」
重蔵は膝をついた体勢で、それでも丁度、目が合うくらいの高さだった。
理不尽に怒られているのに重蔵は、至近距離から見る明の顔に見惚れて……
「怒ってる顔が……一番、可愛いかもな、お前。」
そんな素直な感想を、心のままに言ってしまった。
夕焼けの光の中で、長く赤い髪が煌めき、幻想的な雰囲気を醸し出している。
何度見ても見飽きない美しい顔立ちに、目尻だけは少し釣り気味で不調和に感じるが
その元から怒り顔っぽい顔が、実際に怒ってるとさらに活き活きとして
すべてを諦めた、基本無気力な女奴隷だった彼女は
今、新たな生き方を得て、活力に満ち、表情も生気に溢れて輝いて……
オークション会場で見た時より何倍も可愛く魅力的に見えた。
「な! ……ご、誤魔化さないでください!」
真っ赤になってしまう明。
髪と目と、それに頬まで赤くなって、赤信号だなこいつ。
とか失礼なことを考える重蔵。
冷静になってきた。
周囲にごろごろしているコボルトの死体から漂う血の臭い。
まだ燃え続けている家からパチパチと燃える音が……
「あ!」
「な、なんですか急に大声出して!」
「家、あの家! なんとか火を消せないか?」
「そういわれましても……消火の魔法って、あるんでしょうか?」
「知らん!」
「じゃあ無理ですね。別に消さなくても、そのうち燃え尽きるでしょうし……」
ただのコボルト討伐では無かった、裏に変な魔法使いらしき男がいた、ならばそいつが何をしていたのか調べる必要がある、あるのにあの調子で家が燃え尽きたら不味い、とは思うが確かに消す方法が無い。
「そういうわけで出来れば調べたいんだが……」
「うーん……水の矢でも打ち込んでみましょうか? あまり自信ないですけど。」
「だよなあ……」
どう見ても火が得意な彼女に、水魔法はあまり期待できない。
既に大火事になってる状態のところに、ペットボトル程度の水をジャブジャブかけても、どれほどの意味があるか分からない。
「水の矢を、火の矢みたいに連発は出来ない?」
「無理ですね。私、火の系統の魔法だとほとんど魔力の消費を感じないレベルなんですが他の魔法だと普通に消耗します。初級の魔法使いは、魔法の矢だったら、大体10発くらいしか撃てないみたいで、私も同じです。火だけ特殊で。」
「そうか……仕方ない、今夜は少し離れて野営して……調査は明日にまわすか。」
「はい、わかりました。」
林のはずれにロバをつないできた。そこまで戻る。
戻りながら明は再び言い出す。
「ところでご主人様、約束して頂きたいんですが……」
何を言いたいかは既に分かった。
しかし首輪は無い方が良い場合があるのは確かなわけで。
ここは誤魔化す。
「さっき、怒った顔が一番かわいいって言ったけど。」
「な! なんですか! 誤魔化さないでください!」
「照れた顔も可愛いぞ、明。」
「もう! だからそういう話ではなくて!」
「でも笑顔も可愛いよな。うんうん、こんな可愛い子がいてくれて俺は幸せだよ。」
「うぅぅ……ふざけてばっかり! そんなご主人様なんて、嫌いです!」
「はっはっは。」
笑いながら重蔵は思う。
うん、衝動買いして、良かった。
首輪もそのうち外そう。
今すぐ外すとか言い出すとまた泣き出すかも知れないが……
まあ落ち着いたら、大丈夫だろ。
重蔵は基本、楽観的な男だった。
§ § §
「ご主人様! 聞いてるんですか!? ちゃんと約束してください!
約束してくれないご主人様なんて、嫌いです!」
明は重蔵にまとわりつきながら繰り返すのだが、彼は全然応えた様子がない
それに腹を立てた彼女は心から思う
ご主人様には嫌いな所がたくさんありますが……
その中でも一番嫌いな所は
首輪を外さないって約束、してくれないことです!
ご主人様なんて嫌いです!
§ § §
翌朝、燃え残りの家屋を調べてみる。
ほとんど何も分からなかった……
かろうじて発見できたものは。
魔法使い本人のものらしい、冒険者カード。
Cクラスと書いてある。
冒険者カードは、身寄りの無い人間の身分証としてはほぼ唯一のもので。
さらにCクラス魔法使いとなれば一般平民以上の待遇だろう……
何を考えてこんな荒野の只中に居を構えたのか。
どうやら何らかの魔法でコボルトを使役していたようなのだが。
それでやることが近くの村のコソ泥とか。
何を考えていたのか分からないが……
まあやってることを考えたら、小物っぽく思える。
コボルトは尻尾が討伐証明部位となるので切り取る。
それじゃ狼とかの尻尾と区別がつかないのでは無いかって?
いや、そもそも狼とコボルトでは評価が同じ、場合によっては狼の方が評価が高いくらいなんだな。
魔法使い本人の死体は無残な生焼け半崩壊してたので放置。
その死体を見た明、口元を抑えて逃げ出す。
どっかで吐いてくるんだろ。ま、最初はそんなもんだ。
既に慣れてしまってる重蔵は探索を続けるも……やはりなにもない。
かろうじて呪文書の残骸らしきものが見つかった。
吐き気が治まった明に見せてみると……
明は、ファイアボールの呪文を、覚えた!
この文書だけだと完全には読み取れないけど
昨日、実際に使う所を見て、呪文を聞いていたので
両者の情報を補完したら分かった、とのこと。
火の魔法については彼女はガチ天才なのかもしれん……
その彼女が使うファイアボールとか危険すぎるので
いきなり試し打ちとかするなよと釘を刺しておく
その日はずっと家屋の調査をしていたのだが
結局、他には何も見つからなかった。
まあ調査スキルとか経験とか知識のない二人では出来ることに限界がある。
今回の依頼は、コボルト被害の根絶であるから
この拠点が、またどこかの誰かに悪用されないように
徹底的に破壊しておけば、まあ依頼達成とみなせるだろう、とのことで
距離をとって明にファイアボールを撃ち込んでもらう。
一撃、燃え残っていた家の一階部分が吹き飛ぶ。
二撃、地面ごと土台部分も吹き飛ぶ
三撃、さらにその跡地がクレーターになる
もういいだろ。それで、消耗は無いかと聞いてみるも。
うーん。少しはあるけど、大したこと無い、あと百発でも撃てそう。
アカン……
こいつに任せとくと何もかも焼き尽くしてしまうかもしれない……
明の危険性に戦慄する重蔵。
なお明の方は思う存分燃やせて、とても明るい笑顔だ。
接近戦に持ち込めば勝てるが……接近出来るかどうかだな……
魔法使い相手の戦いってのはそんなもんだが……
接近できなければ何もできずに負ける可能性すらある……
なんだよ、こいつの方がチートじゃねーか……
でも、まあ、明だったら、大丈夫だろ、と。
そう思える程度に、既に重蔵は彼女を信頼していた。
その後、村に帰り、報告する。
コボルトの拠点、跡地の確認に数日を要したが、無事に依頼達成のサインを貰えた。
報酬の現金は、冒険者ギルドに行かねば受け取れない。
先に依頼人である村長がギルドに現金を払い込んでる形なので。
二週間ほどの滞在期間で、仲良くなった村の人々と別れて……
町に向かって帰る、明はロバのドンちゃんに乗っていた。
ドンちゃんは既に結構な年で、もう子供も産めないとのことで、くれたのだ。
明は大喜びだった。
なおドンちゃんが懐いているのは明だけで、重蔵が撫でようとすると噛みつく。
二人は来た時とは大きく変わって、笑顔で会話しつつ、街へと帰っていった。
これが二人の最初の冒険。
いつまでも思い出すことになる二人の始まりの旅。
二人がいつか冒険を終えて、どこかに落ち着くことになるかは
まだ分からない
とりあえず二人の距離感は、これでしばらく安定する予定です。
この二人のこれからの旅も読みたいと思って下る方が多いと嬉しいです。
次くらいからは新キャラなどが登場する予定です。