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4 村と世間知らずとアキラの魔法





 体力がなく、繊細で、華奢である、というのも


 高級女奴隷が高級であるためのスペックの一つ、でさえある。


 だから明は意図的に、きつい肉体労働などはさせられていない。



 その日も宿に着くとすぐに明は倒れこむように眠ってしまった。


 なにかするどころではない。


 食事もせず、風呂にも入っていない……




 連れて歩くのがそもそも無理なのかも……


 どこかに家を買って、そこに住んでもらうという形が正解か?



 しかし今の重蔵は当面の生活費さえ怪しいレベルで金欠である。悩んでもどうにもできない。


 いや、彼はこれまで一人でずっとそういう生活してきたのだ


 そしてそれで平気だった、多少金欠でも体一つですぐ何か稼いで


 一人だったら、それで、平気だったのだが



 衝動買いなんてするもんじゃねーな……


 と後悔する気持ちは


 全くなかったとはいえない




 とにかく当面は予定通りに動くしかない。



 翌朝、近郊の村まで歩く。


 明け方に出発して、昼につくくらいの距離だ。



 明け方から昼まで


 重蔵のような屈強の男が歩き通しでやっと着く距離だってことだ。



 当然、箱入り奴隷の明には無理である。



 途中から重蔵は、明を右腕で抱え上げて運ぶことになった。



 背中におぶさる体力も、明には無かったのだ……




 村について早々、まずは休める場所を貸してくれと頼むはめになった。



 村長さんの家の離れを貸してもらう。


 寝かせるために、まず外套を脱がせると、明の美貌が露になる。



 ついてきた村長の奥さんと娘さんの重蔵を見る目が厳しくなる。



 冒険者なんてのは半分犯罪者予備軍であり、ろくなもんじゃねえ。


 それが世間の常識である。


 怪しい冒険者がどう見ても良家の令嬢としか見えないお嬢さんを連れている。



 これ、どっかから攫ってきたんじゃねーの?


 こいつ誘拐犯だろ絶対



 そういう目である。




 違う! 本当に違うんだ! と必死になって弁解するも


 疑いの目は消えない




 本当に違うんだと無駄な言い訳を続ける重蔵は


 村長の奥さんと娘さんによって部屋から叩き出された。



 村長もこっちを疑って来たが


 正式なBクラスのライセンスと、正式の依頼票を見せたら信用してくれた。


 信用してくれた……と思う……半信半疑かもしれないが……



 信用を取り戻すには仕事を果たしてみせるしかない。




 コボルトだろ、大丈夫大丈夫、負けるわけないし



 言いながら森に入り、しばらくあちこち捜索するも



 なにも見つからない




 ここに来てやっと重蔵は考えが甘かったことを悟る



 まずコボルトなんて所詮、一種の害獣であり、つまり狼とかキツネみたいなもんだ


 その被害が多少あった程度では、わざわざ冒険者に依頼などしない


 村には村の狩人がいて多少の害獣被害は自力で片付けるのだ



 対応できないほどの継続的な被害……


 地元の狩人が頑張ってもどうにもできない状況……



 重蔵は戦士である


 それも鎧と盾で身を強固に固めて戦うタイプで


 そしてそれ以外の技能など持っていない



 単に強敵と戦うってだけなら重蔵は強い


 あらゆる攻撃を防御し、力ずくの打撃で反撃し、叩きのめす


 モンスター相手でも人間相手でも一流の戦士である



 だけど敵がそもそも見つからない場合


 それを捜索する必要がある場合


 彼は無力だ



 そういった技能は、パーティーメンバーの誰かに頼むものであった


 これまでの経験では常にそうしてきた



 なにせパーティの壁、盾としての彼の能力は非常に高く


 また盾役ってのは負傷率が高い不人気職であるので


 優秀な盾である彼は様々なパーティから引っ張りだこで


 これまで仕事が足りなくて困った経験など無かったのだ



 むしろ誘われ過ぎて、うざいと思うくらいだった


 臨時じゃなくて、正式メンバーに加わってほしいと頼まれたことも


 一回や二回ではない



 だが彼は前の冒険で大儲けしていた


 そのことを知人は皆、知っていて


 重蔵自身、これから少し休むつもりだと言っていた



 だって休暇で旅行に来た都市で


 観光のつもりでオークションを見に行ったら終盤で奴隷まで出て来て


 そしてその奴隷に一目惚れして全財産吐き出すことになるとか……


 予想もつかないし……





 しかしコボルトが見つからない


 コボルトどころか野ネズミ一匹見つからない


 この森、平和すぎるだろ……モンスターの気配一つないぞ……



 成果が上がらず、とぼとぼと村に帰ってくる



 村長の家の離れ、あてがわれた部屋に戻ってくると



 なぜか村長の奥さんと娘さん以外にも、たくさんの近所の主婦たちが集まって


 明を囲んできゃーきゃー騒ぎながら団欒会をしていた



 まあ、田舎の村だと、客人なんてのは娯楽の一種だよな



 女の群れに突っ込む勇気が出なかった重蔵は少し様子を伺う。




§   §   §




 明は、この世界に来て早々に奴隷にされて特殊な教育を受け


 完全に外界から隔離されていたので


 この世界の一般常識など、何も知らない



 目覚めた明を看てくれていた村長の娘さんが出してくれた飲み物が


 なんだったのか全然分からない


 麦茶のような……そうでないような……



 これ、なんですかと正直に聞いてしまう



 アリル茶よ、と答えられる。



 なるほど全くわからん。



 次に村長の奥さんが、軽く汗を拭いなさいといって手拭いを貸してくれた。


 見たこともない生地だったので、珍しい生地ですねと言った。



 村長の奥さん、変な顔をする。


 なぜならその手拭いはこの世界ではごく普通の安物だったから。



 さらに明は、図々しいですけど、お風呂を貸してもらえませんかと頼む。



 お風呂? えっと、専用の浴室のことかな? と聞き返される。



 意思伝達がうまくいかない……なぜ風呂といってすぐ通じないのか?




 一連の会話で村長の奥さんと娘さんは


 このお嬢さんは間違いなく、いいとこの令嬢だと確信する。



 一般的な庶民向けのお茶を飲んで、はじめて飲んだとか。


 安い手拭いの生地を見たことがないとか。


 風呂、専用の浴室なんてものは話に聞いたことはあるが実物を見たことはない。


 そういうものが高級な宿屋とか貴族様の邸宅にはあるらしい、としか。


 庶民が日常生活で使う単語では無いので、咄嗟に通じなかったのだ。




 さらに明は、ベッドから降りて、丁寧に面倒をかけたお礼を言い


 その後、椅子に座って微笑みを浮かべながらこちらを見るのだが。



 動作の一つ一つが、こう、違うのだ。


 頭の下げ方とか、軽く膝を曲げてスカートを摘まんで礼をする仕草とか


 椅子の座り方も、姿勢とかすごい奇麗だし




 この人……貴族なんじゃね?


 そうとしか思えなかった。




 なおこの仕草や作法は、無意識にもできるようになるまで


 奴隷の首輪の強制力まで使われて徹底的に仕込まれた。


 多分もう忘れることはできないレベルで体に染み込んでいる。




 村長の奥さんと娘さんは普通の田舎の女


 明の、桁外れの美貌だけでも感嘆していたのに


 さらに起きてから見せる、洗練された作法や仕草に、もはや感動してしまった



 レベルが違い過ぎて、妬むとか羨むとか、そういう気にもなれない


 ただスゴイ! としか思えない



 そういうわけで、凄い人が来た!


 と近所に触れ回り、主婦たちを集めてしまった。



 そしてそこから明は主婦たちの見世物である。



 白く滑らかすぎる肌を撫でられたり、髪の毛を触られたり


 服装がそれじゃダメだ、ちゃんとドレスを着なきゃと無茶ぶりされたり


 ずれた受け答えをしても、なるほど分からないんだ、さすが本物は違うと


 逆に感心されたり




 そうこうしてるうちに夕方に



 重蔵が帰ってきたのが見えた。




 また迷惑かけてしまって、何の役にも立っていないわけで


 自責の念から、明はすぐに立ち上がり、近寄って



「お帰りなさいませ、ご主人様。」



 丁寧かつ優雅に御辞儀をした。




 後ろの主婦たちが重蔵を睨んでいるのには気付かなかった。



 誤解が解けていないことを察した重蔵が目に掌を当てて天を仰いだ。



§   §   §



 村長一家が揃った夕食の席で何度も説明する。



 自分は人さらいではない、誘拐犯ではない、犯罪者ではない。


 彼女はきちんと正当な形で買い取ったのであって……




 明も重蔵を援護するのだが


「ご主人様には感謝しています。」


 と丁寧な口調に優雅な微笑み……


 どうも何を考えてるのか分からない



 重蔵と明が互いに他人行儀であるから余計、疑いを招くわけだが


 しかし他人行儀とかじゃなくて正真正銘、他人であり


 昨日今日に顔をあわせたばかりなのは事実で



 無理やり、体の繋がりを作っておけば少しは態度も変わったか……


 いや、その場合、おそらく彼女はしばらく寝込んで動けなくなる


 ますますひどい金欠になっただけであろう




 まずは仕事だ、仕事を片付けることだけ考えよう



 改めて村長から詳しい話を聞く




 コボルトやゴブリンなどの小モンスターによる被害なんてのは、農村にはよくある話であって、小規模であればわざわざ冒険者に依頼をしない。


 今回のコボルト被害の問題点は、継続的であること。


 村の狩人が張った罠とかで、ある程度の間引きは出来ているはずなのだが。


 しかしそれでも被害が無くならない。



 被害は大したことない、しかし継続的であるってのはおかしい。


 コボルトなら定住せず移動を続けるから通りすがりの被害しか起きないはずなのに。



 情報を正確に、事実のみ集めてみると



 これまでコボルトを5匹ほど、捕殺している。


 夜間に畑の野菜や、家畜の仔などの被害がある。


 人的被害は出ていない。


 既に一か月この状況が続いている……




 メタな観点から言うと、実はこのコボルト討伐クエストは


 戦闘スキルでは無くて、補助スキルの方が重要になるクエストだった。


 ビギナーでも頭を使えば解決できる、そういう点では初心者向け


 ただし何も考えず戦うしか能がなければうまくいかない。




 重蔵は中二の時、この世界に落ちてきた


 中学では柔道部に熱中していた。ちなみに柔道を始めたのは小学四年からで、中二の段階で身長180近くあって、全国大会出場経験もある程だ。


 その後、この世界に落ちて来て、異世界補正か、人間離れした剛力を手に入れる。


 そして基本的に力押しで解決できるクエストばかり選んで、今に至る。



 元の世界でも、あまり頭を使わず体を動かすことに熱中してたタイプだし。


 こっちに来てからは尚更、その傾向に偏っている。




 戦えというならドラゴンにも立ち向かい、最前線で攻撃を受け止める覚悟はある。


 だが色々と細かく考えて立ち回るのは苦手だ……




 コボルトの情報を改めて聞いても重蔵はいまいちピンとこない。


 つまり敵はどこにいるんだ?


 大丈夫、十匹相手でも俺は無傷で勝てるから……



 そういう問題では無い。




 明の方は、中の人はもともと社会人だったし


 自分自身の戦闘力とか全く自信が無いので


 落ち着いて、冷静に、可能な限り、きちんと考えようとする……




「つまり……被害が継続しているのは事実。猟師が罠を張ったらコボルトが五匹ばかり捕まったのも事実。でも……直接にコボルトが何かしているのを見たわけでは無いのですね?」


 明の冷静な質問に、初老の村長が答える。


「まあ、その通りじゃが……」


「それでは……当初の被害は確かにコボルトでも、継続している被害は別のモンスターによるものだと考えられませんか?」


「ううむ……そういわれたらそうかもしれんが……」


「夜間の見張りや見回りはしていますか?」


「若い連中が交代でやっとるが……なんもみつからんでの。」




 常識的な対応はしている。


 それなのに被害が治まらないからこその外部への委託。



 これって結構ややこしい案件なのでは?


 明はこの段階でやっと気づく。



 チラっと重蔵の表情を確認するが。


 どうも鈍い……見抜けない。まだ付き合いが浅いから当然だが


 いかにも歴戦の戦士!って雰囲気があるから胡麻化されそうになるが……



 彼は強そうだ、すごく強そうだ、そして自分を買えるほどの成功した冒険者


 それは間違いないんだろうが同時に……


 あまり器用なタイプに見えない



 衝動買いで大金を吐き出す程度には、考えなしで勢いで生きてることを知っている。


 そして金欠になって本来の自分のランクに見合わない安い依頼を受けて……



 もしかして彼は今、どうしたらよいのか分からない状態なのでは無かろうか。


 明が持った疑いは実は正鵠を射ている。


 しかしまだ明には正確には分からない。



 重蔵は確かに見た目は頼もしそうなのだ……


 とりあえず明日からの働きを見てから考えよう。


 明はそう結論付けた。





 たとえば農家がキツネなどの獣害に会った時、これを解決するのに必要なのは。


 キツネ相手に戦って勝つ戦闘力などでは無い。


 キツネがどういうルートを通って畑に来てるか見抜く知恵であり。


 キツネ相手にも通じる巧みな罠。


 さらに野原を踏破してキツネの巣を発見し根絶する技術。



 もしも地元の猟師でさえそれが上手くできない状況で


 他所から来た人間が解決しようとしても


 ま、できるわけがない。



 よほど凄腕の専業のハンターでもなければできるわけがなく



 そして重蔵は優れたファイターであっても、別に優れた猟師では無かった。




 あっという間に三日ほどが過ぎ去った。


 なにも成果は出ていない。


 滞在費は村持ちという条件があったから今は大丈夫だが


 それでもいつまでもタダで滞在できるわけがない



 重蔵は体力に任せて朝から晩まで村とその周囲を駆け回っているのだが……


 彼には野生動物が残す僅かな痕跡を発見する技術など最初から無い。


 だが彼が歩き回ることで警戒したのだろうか



 村の被害はパッタリと途絶えた


 コボルトも、また他のモンスターも野生動物も全く見られなくなった。


 姿が見えないでは倒しようがない……




 野生動物でも、モンスターでも、強者の気配には敏感なものである。


 今では素手で熊とかオーガ相手に戦えるレベルの重蔵の気配を感じれば。


 弱いモンスターなど逃げ散ってしまって当然である。




 この三日、明は村長宅の家事手伝いをしながら。


 空き時間は魔法の練習をしていた。


 重蔵が昔、魔法を習おうとしたときに手に入れた「初等テキスト」と、「練習用の杖」をまだ持っていたので、それを貰った。


 重蔵の説明によると魔法は才能が全てであるそうな。


 出来るやつはいきなり出来る。出来ないやつはどうやっても出来ない。


 まず出来て、その上で努力して磨くってこともあるが……


 しかし問題は最初に魔力を発動できるかどうか。



 魔力とはほぼ生命力でもあり精神力でもあり、とにかくなんだかよく分からない、ふわふわした不定形な何かであり空気のようでもあり水のようでもあり火のようでもあり土のようでもあり光のようでもあり闇のようでもありつまり何でもありで何でもなくとらえきれない何かであり、それを掴んで、意図的に、体外へと出すという行為そのものがまず普通は不可能なのであり……


 例えば目が見えない人間に光とは何か本当に教えることができるだろうか?


 魔力の放出とはなにで、魔力の制御とは何かを人に伝えるというのはそれと同レベルに不可能であり純粋に感覚的な現象であり、いわば五感とは異なる新たな第六感を獲得するということであるから……


 分かるやつにはとにかくいきなり分かる。


 そしてそれを他者に伝えるということはほぼ出来ない。



 そして重蔵には全く分からなかった。未練がましく何か月も講習に通ったが全く無駄であり、その後も何年もテキストと杖を持ち歩いて、折を見て試したりしてみたのだがやはり全く無駄だった。


 それに対して……


 明の場合は


 もちろん最初からいきなり出来た。


 それを見た瞬間、重蔵の心の中で何かがポッキリ折れた。



 魔法は俗に六属性といい、得意分野がそれぞれ異なるのだが、明は基本テキストに乗っている程度の魔法は全部、唱えることが出来た。

 半日ほど対象を光らせる「明かり」の呪文、それと逆に半日ほど光を遮断する空間を作る「闇」の呪文、数リットルの水を出す「飲み水」の呪文、火種を作る「発火」の呪文、土をぎゅっと固める「硬化」の呪文に、弱い風をしばらく吹かせる「微風」の呪文も。

 基本テキストにはまずこの基本六種のみが細かく詳しく載っており、それ以外の呪文の記載はほとんど無かった。


 が、一応、巻末部分に少しだけ、応用編が書かれていて。


 そこにあった「魔法の矢」シリーズ。つまり「光の矢」「闇の矢」「水の矢」「炎の矢」「土の矢」「風の矢」の六種類の魔法の矢について。説明もほとんどなく次の段階に進むとまずこれを習いますよ、と、あくまでサラっと内容と呪文だけが書かれていたのだが。


 明は初見でこれも全部、使用可能だった。


 中でも「炎の矢」の威力が異常で、普通ならこの「矢」の呪文は、いってみれば拳銃程度の力しかない、というのが重蔵の認識だったのだが、明の放つ「炎の矢」はこれ銃というより既に「砲」のレベルに達しているように見える……


 重蔵だと無防備に急所に喰らいでもしなければ「矢」の呪文は無傷で耐えられる。


 そのはずだったのだが明の「炎の矢」だと


 これ、全身で構えて、うまく盾で受けても、それでもダメージを受けかねない。


 多分一発で盾が熱くて持てなくなるし、また衝撃で吹き飛ばされる危険がある。


 しかも魔力消費がほとんどないらしく明はこれを連発できる……



 杖は、いわゆる練習用の杖であり、魔法効果が強くなるとか、無い。


 魔法使い用の、魔法の威力を高める装備など、一切、無い。


 それで、これなら……


 きちんと装備を揃えれば……



 まずい。状況によるが。彼女は既に自分より強い可能性さえ、ある。



 魔法使いは、最初のうちは、杖が無くては魔法が使えない。


 しかし杖ってのは言ってみれば、自転車の補助輪みたいなもので。


 慣れれば無くても大丈夫!


 まあ魔法威力を高める効果をもつ専用の杖を持った方がより強くなるのだが。


 だけど無くても使える、これ大事。


 そういうセンスがある人間なら簡単に杖なしでも出来るようになる。


 そして明にはそのセンスがあった。



 基本を教えて、テキスト渡して、練習用の杖を渡して。



 それだけで三日で明は、杖なしでも「炎の矢」を連発できるレベルになった。



 もちろん明は大喜びであり、教えてくれた重蔵に抱き着いて、満面の笑顔で感謝した。


 重蔵も明が笑顔を見せてくれて嬉しかった、抱き着いてくれて気持ちよかった。


 しかし、しかしだ……



 明は女奴隷教育により、本来は簡単な家事の他は、男に仕えるための技術しか持っていなかった、だから重蔵に全面的に依存するしか無かったのに。


 この魔法能力だと、間違いなく、一人でも余裕でやっていける……



 同郷人が独り立ちできるだけの力を持ってることを祝福する気持ちはある。


 嘘じゃない、本当に、そういう純粋な気持ちもある。



 しかしこの事態は……言わば、明を衝動買いしてしまったのと同じこと。


 重蔵ってやつは、どこか、迂闊なのである。抜けているのである。


 魔法の訓練が出来ることを明が喜んだからホイホイと教えてしまう。


 教えた結果、あっという間に、重蔵が脅威を覚えるレベルに達してしまった。



 先のことをあまり考えず、勢いで生きてる重蔵だから。


 明が力に目覚めるのも助けてしまったわけだ。



 元々、女奴隷扱い、出来てなかったのに。


 これによってますます出来なくなってしまった。




 明は、いきなり奴隷商人に出会い、貰った食べ物を無防備に食べ、眠らされた後で奴隷の首輪を嵌められる、といった不運さえなければ……


 多分、モンスターなどが襲ってきても、呪文なしで無理やり炎を出す、消耗が激しいができないことではない、などして危険を切り抜け、近くの町に辿り着き……


 そして初歩の呪文知識などは一般的に結構出回っている知識なので、それに触れる機会が全くないということは逆に考えにくく、そして一度でも魔法の知識に触れてしまえばあっという間に、少なくとも一人前に戦えて、生計を立てられる。そうなれるだけの異世界補正、魔力における特典ってものを持っていた。


 奴隷にされてしまった後も、これは高く売れるから高級路線で行こう、肉体労働などは一切させないし、体に傷をつけてはいけないから殴るのも鞭打ちも無し、調教のため脅すときは全て間接的に見せつける程度で、あとは首輪を活用するときも死ぬような目には会わせないで……と、奴隷商人が気を使っていたのも……逆効果だった。


 直接的に命の危険を感じれば恐らく明は魔法を発動させていたのに。


 真綿で包む様に、強制的だが丁寧に柔らかく扱われていたので。


 自分の魔法の才能に気付かないまま、ここに至る。



 ほとんどあり得ないレベルで不運だった。




 三日で初等テキストの内容は全部消化した明は次のレベルを求める。


 しかしこっから先は魔法使いとしての専門知識になり、習うための費用などは桁外れに高くなる。冒険者ギルドで中級魔法講習を申し込むのにも費用がかかるし、呪文書を独自に購入しようとするともっと高くなるし、またさらにそれ以上を目指すとなると、特殊な専門機関に入るか、高名な大魔法使いに弟子入りするか、いずれにしても普通は出来ることではなく……


 つまり無理、すまん。


 重蔵の言葉に、明は頷く。



「大丈夫です! 我がまま言ってすいません、ご主人様!」

「いや……うん……」



 魔法という力に目覚め、明は一気に明るくなった。


 口調は敬語では無くして欲しい……という重蔵の要望はあったのだが……



「すいません、本当は、素の口調で話せ……という方が難しいです! 敬語で話すように躾けられたので、多分、首輪で命令されれば出来るかも知れませんが、そうなるとどう話せば良いのか一言毎に迷うので、結果、ほとんど話せなくなるかと。」

「あー……そうか、そのレベルで難しいのか。分かった、無理言ったな。」

「いえ、ご要望にお応え出来ず申し訳ありません!」

「……なんかお前、性格変わってない?」

「そうですか? 自分では分かりません!」



 年齢の割に大人びた、物静かな少女、という印象だった。


 それが年相応に明るく活発になったのだろうか。


 口調はともかく態度は前よりもっと親し気だし。


 まあ重蔵としてもこちらのほうが望ましいから良いか、と流すことにした。



 実はこれそんな単純な話ではなくもっと深刻。


 藍田明という人格は、奴隷調教で洗脳され一度、崩壊している。


 女奴隷アキラという新たな人格をインストールされた状態だった。


 そこからまた境遇が激変し、彼女は全く新しい自我を獲得しつつあった。


 性格が変わってるどころの話ではなく、自我が根源から変化しつつあるのだ。



 新たな人格の拠り所は……


 「魔法」と、そして「ご主人様」。


 生まれなおして、新たに「刷り込み」されたに等しい状態。



 そのことによる問題が後になって噴出する……かどうかは分からない。



 彼女にとって恐ろしいばかりだったこの世界において。


 それを変えてくれた、良くしてくれた、魔法という力を与えてくれた。


 彼女にとって重蔵は、すべての「良いこと」の源泉となった。


 服従というレベルではなく、盲従というべきか。


 あるいはもはや信仰かって、そのくらい。


 明は重蔵を信じ、従い、優先するようになったのだが……



「やべえ……こいつもう俺より強いかも……」


 と内心でビビっていた重蔵は気付かなかった。





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