うごめく和室と多忙な猫
「にゃるほど」
一息溶かした息が余りなく満ちていく。
「綺麗にゃ」
六畳の和室だ。
ササクレが寄せては返す。波。
ぼくは音を消して、まだどこか温かい、ふすまを引いた手応えを舐めながら、しみじみ麦の辛さに痺れていった。
「にゃ?」
桜、否、掛け軸が、住み慣れた様子で、あった。悲しく、けれど、色っぽく、あくまでも気品なのか、とんでもなく彼方に控えているはずなのに、幹。幹から、女性の、香りがした。ぼくは、時の渦に落ちてしまった気がした。
「まちわびた!っ…じゃにゃいにゃい」
あぶにゃい、盗まれちまう、と窒息するくらいの不安がしたけれど、ぼくは、舌を上顎に刺し、心眼、二つの眼に、米色の茶の器を、波立たせる。それはショック療法みたいに。
どんっ。
床で仮面が剥がれた。
鳥肌が猫なのにぞわわっと、
「にゃ、に?」
わさびとともに、羽ばたいた。
「いただきまーす!!!がぶ」
ぼくは言った。
喜び勇んで行った。
ないまぜになったぼく。一個の情動、誕生。ほぼぼくとはいえないそれ、ひたすらな、注釈すれば歓喜に凶器を持たせてはいけない。いけなかった。
「切る、斬る、伐る…」
畳にはナイフが刺さっていた。ぼくが壊した器の残骸だった。ぼくは刀身を咥える。ぶおん、と羽音が空を切る。そして、掛け軸が地に落ちる。
「KILL!!!くはははっ!!!」
女の子が、笑った。
しかし、どうにも遠くの声だ。距離があった。
硬度でいうとカッターくらい、メンヘラ感な声は、でも。
「百目鬼斬美」
「キル?」
「ぼくから、消え、て」
「くはっ」
ぼくから響いていた。和室。六畳。まったく遠近感も明らかで、ぼくのオクターブはこんなにいつも高くない。
すると、つまり。
不思議にも、ああ、不覚にも。
「うふふ久しぶり、元気かい?」
いろはにぼくから言葉は散って。
「化け物みてえに、シャバはうめえ!」
「あぶー」
ほへと、ぼくは口を開く。
「待ちわびていたぞ、この運命を!」
「兄ちゃんドライアイスってアイスじゃないの!?」
「弟ありゃあ擬態動物だよ」
誰が何なのか。
「くはははははははははははははは!」
こういえば端的だ。
「にゃああああ!」
ぼくは多重人格猫。