決意
さて旧陽立の国の中の不穏分子の動きについては、入道殿の耳にも届いていたらしく叔父上に「騒ぎを抑えよ」との命が下った。
ここでNOと言ったのならば陽立はジ・エンドである。
とうとう身内同士の争いになってしまい、私も気が気ではない。
「人は骨肉の争いと詰り、私を良くは言わないであろうな」
胃のあたりを撫でる手がそろそろ定位置になりそうな叔父上を気の毒に思う。
「当主の座など重責ばかりで割にあわぬものだというに」
月出の国に下ったとはいえ、陽立地方の豪族扱いの現当主は叔父上であるが、亡くなった旧当主であった私の父には嫡男であった亡くなった兄の他に陽勝丸という今年5歳になる次男がいた。
この5歳児を掲げてお家再興を企む馬鹿な家臣がいて、よりによって陽立が国としては亡ぶ原因となった皐貫と組もうとしているという。
5歳児がお家再興などを企てる事などないであろうから、周囲に悪い大人がいるということだ。
月出の国の戦場から取って返した叔父上は、あっさりと不穏分子共を蹴散らして陽勝丸を伴って戻ってきた。
当然陽勝丸を処分せよとの命令だったが、それには私が畳に額をこすりつけて入道殿に助命を願った。
陽勝丸の養育は頼が責任を持って行うことと、仏門に入らせる事を条件にどうにかこうにか幼い弟の命は助命されたが、また心労からか叔父上は一回り細くなってしまわれたようだった。
「旭姉上じゃ。旭姉上が来て何事かを家臣共に言っておったようで、それから皆の目がおかしくなったのじゃ」
2年ぶりに会う陽勝丸は赤ちゃんぽさがなくなっており、言う事も随分としっかりしていた。
幼いながらに自分の周りに起きていたことを把握しようと積極的に見聞きしようとしていたらしい。
誰も彼が一人前に物事を考えたりできるとは考えていなかったらしく、一人小さな胸を痛めていたようだ。
「皐貫は父上と兄上の敵じゃ。頼姉上にも酷いしうちをしておるし、信用できないと我は言ったのじゃ」
陽勝丸自体には、叔父上に弓引く気持ちは全然なく、周囲がおかしなことをいうようになったと感じていたようだった。
「旭姉上は、変わってしまわれた。もう優しい姉上ではないのじゃ」
「なんと…旭がか。幸永殿に唆されたのだろうか」
皐貫の国の幸永殿は私の最初の伴侶であったが、人質として陽立に滞在している間に、私の妹の旭と通じ、祝言の夜に混乱を旭におこさせ、その間に脱出を企て、逃げ押せたという曲者である。
しかも妹の旭に手までつけていた。
「旭はもう幸永殿の言うがまま、皐貫の国の傀儡と思った方がよいだろうのぅ」
今回も幸永殿の策略とみるか、妹が幸永殿の気を引こうと勝手につっぱしったとみるか。
たしかに皐貫での生活は旭にとっては居心地の悪いものになっているであろう。
それを分かっていて嫁に出した私も悪い面もあるのだろうが。
愛だ恋だと溺れた結果が周囲に与える影響も考えず、ただ溺れる者が藁を掴むように目の前にあるものに縋ってしまう。
しかも本人は溺れていると感じているのは思い込みで、落ち着けば足がつくことがわかるはずなのにそれに気づこうともしない。
旭が私への対抗意識から幸永殿と接触を持った事はわかっているのだ。
幸永殿はそれをわかってて乗ったのだから尚悪いのだが。
ホントに乗ったのは尚悪いんだからね。
「頼姉のことを聞くも堪えない言葉で罵っていたと乳母が…」
とうていお子様に聞かせられない内容であったのだろう。
「皐貫に与すれば月出の支配から抜けれると…。我は父上や兄上の敵と仲良くするのは嫌じゃと言ったのじゃが」
月出は陽立を支配はしてはいない。
陽立は月出の臣下に下る事により、月出の保護を受けただけである。
また自分だけ良ければよいと考えておるのか。
旭の申し出を受けたとして陽立に残っているのは、皐貫からの支配か。
陽勝丸と一部のその担ぎ手のみが浮上し、その他の者は闇に沈む。
そして結局は皐貫にいいようにされてしまうのだ。
「馬鹿者が…」
項垂れた姿を人には見せたくないが、これは堪えた。
だからこのセリフは広げた扇の影でひっそりと言うに留める。
「私が傷ついていないなどとは言ってはおらぬぞ…そこまで人の気持ちを踏みにじるつもりなのなら…」
そこで扇を閉じ、挑みかかるつもりで宣言した。
「この戦。受けてたとうぞ」