戦談義
「なるほど、そこでこの陣形じゃな?」
花見は口実。
ええ、一応眺めて愛でたよ?
時と場所が違っても花鳥風月を愛でるのは変わらない。
人間だもの目で見て癒されたいよね?
だが我らはジオラマを前に、叔父上のいくさ働らきについて講釈中である。
「ここで川が一旦切れるからして、兵を伏せたのか」
最初は、墨でかかれた絵図を用いていたが、私のかわいそうな頭ではそれを3D化できなかったので木箱の 上に粘土でジオラマを作ったら、狭山に好評だった。
すっかり気に入って、今では庭先の苔を用いて森を表現したりして妙に精巧なものを自分で作ったりしている。
これが以外にも才能があって、それらを作り始めてからボケの進行も止まったようである。
「では、ここを押えたらどうじゃ」
「ううむ」
「あ。そこは気がつきませんでした」
「な、戦況が変わっていたかもしれぬ」
「その場合の兵站の位置取りですが、こちらにこう配置すれば」
「ほーーー」
「おぬし天才だな!壬生之丞」
「効率的に補給が出来るようになると思いませんか?」
戦談義も何回もしていると、それぞれに錬度もあがり、視点もあがりそれなりに良い手を思いつけるようになってくる。
「なるほど、それを考えるとこちらを先に落としておいた方がいいやもしれぬ」
「すると次の攻略はこちらの国になるでしょうね」
これらは決して遊びではない。
月出の国のこれからを予想して我らの保身に走るために必要な作業なのだ。
何しろ私達は月出の国にいながら月出の民ではないのだから。
いつ入道殿に見限られるか。
足を引っ張ろうとしている当主の正室の存在もあるがゆえに。
「また戦か。平和にお互い助け合って生きてはいけぬものかの」
「頼姫殿。この流れは暫く変わらぬと思いますが」
他の地方でも小さな国同士が争い再編が進んでいるという。
どこかひとつでも同盟だの和平だの結んだ国はないのか。
あ、うちと月出があったわ。忘れておった。
「天下統一か。果たして皆そのようなだいそれた夢を本気で描いておるものだろうか」
「今のように小国に別れておっては出来る事も限られてきますゆえ」
「叔父上は戦を好かぬ性質だが、どんどん戦上手になっておるな」
「争いごとが嫌いが故に省力で制圧することに長けてらっしゃいますから」
はははと笑い声が漏れる。
苦労症の叔父殿の胃のあたりを撫でる仕草を思い出す。
本人は毛筋ほども権勢欲など持ち合わせておらぬのに、何故かいつも仮想敵扱い。
戦場ではなく畳の上で釣り道具を整備してる途中で気を失うようにして逝きたいと願う可哀そうな人でもある。
「ところで、陽立の国の様子はどうじゃ」
「よくありませぬなぁ。」
「出来れば頼姫様のお耳にはお入れしたくはなかったのですが」
着々と成果をあげる叔父上に対抗して陽勝丸を担ごうとする一派はよりによって皐貫と手を組もうとしているという。
「戦場にも出ず政も大したことが出来ず、ようやく出来る事をしたと思えば足を引っ張る事かっ!」
「陽立の国を二分するつもりなのか。陽立が月出に下った経緯を考えたらとうていできる事とは思えぬ所業であるが」
「何がどうしてそこまで駆り立てるのか。叔父上を筆頭にまとまっておれば、この戦乱の世さえ切り抜ければ再興の芽もあるというものだが。人というのは分からぬのぅ」
扇を広げて顔を覆う。
今の私の表情をこの信頼する家臣達に見せたくはない。
「さて、では今度は陽立と皐貫との仮想戦をはじめまいか」
何故か二人の顔が楽しそうなのは気のせいばかりではないだろう。
「ふふ。そこはその兵を伏せて…そうじゃ」
二人の手が兵に見立てた黒と白の碁石を世話しなく動かす。
「では先鋒は私めが…」
壬生之丞の手が味方の石を動かす。
「本隊が攻めると見せかけて、こちらは囮でございますれば」
「ふふ。なかなかえぐい手を使いよる」
扇子に隠した私の口角があがったのを自分で感じる。
「戦は勝たねば何にもならぬゆえ」
狭山もニコニコとしている。
「もし、もっと相手方の地形なりを知る事が出来れば、もっと精密なものを作ってみせましょうぞ」
私は扇子を再び閉じた。
束の間に胸に宿った痛みは去り、心は凪ぎ、狭山作のジオラマに視線は吸い寄せられる。
「苦労かけるのぅ」
私が微笑めば、壬生の丞は姿勢を正してかしこまって言った。
「おまかせを」
起こるかもしれない事に対して備えるのは当然の事。
叔父上ではないが、この戦乱に生まれた事を嘆いてばかりいても仕方のない事。
「頼んだぞよ」
「はっ」
さてさて、私の頭の中に、少しでも有効な前世の知識が残っているかどうか。
「こうご期待」
私は悪役令嬢よろしく微笑んだ。