もの思う春がきた
あの戦のあった冬から季節は一回りして。
今は次の年の春である。
庭に植えられた桜は満開で、午後から狭山と恩川を招いて花見としゃれこむつもりでいた。
何しろ暇なのだ。
私には側室用の離れが与えられ、悪くいえば囲われ見張られているのだから。
着物やちょっとした小物。それに少しのお菓子。
私の世話をしてくれる乳母や侍女。それに警護の者達。
それらに与えられた予算を割り振れば、何も残らない。
「さようでござるか。いや、心配には…。いやいやそのような事は毛筋も…。」
壬生之丞の声が少し離れたところから漏れ聞こえてくる。
どうやら月出の国の者につかまっているらしい。
一体何を言われているのか。
ついたてと御簾を挟んで座っている私に相手は気が付かないようだが、私からも向こうの様子がわからない。
ただ壬生之丞の困惑したような声からしてロクな要件ではなさそうだ。
あくびをしつつ待っていると壬生之丞がゆっくり歩いて部屋に入ってきた。
「遅参いたしました」
「よいよい。急ぎの件など何ひとつとしてないからして。まずは一献」
侍女に支度させた日本酒を狭山と恩川にふるまう。
何をするにも先立つ物の不用意で行動できず、私は手詰まり感に襲われていた。
恩川壬生之丞や狭山俊景達、陽立から一緒に月出の国へ渡った家臣達にも、そんなに禄を与えられず、心苦しい限り。
彼らも私の警護以外に仕事がないので暇なのかしょっちゅう私のご機嫌伺いに来る。
私は呑まないので桜茶をいただく。金平糖がお茶請けだ。
こんな貴重な甘味も、入道殿のご機嫌とりなのかよく届く。
おそらく公家ルートに用意したもののついでにお取り寄せしたものだろう。
が、現物支給品はお金に変えられない。
お金で欲しいものだ。
お金があれば、地続きでない島かどこかに移住して、どの国からも攻められることなく、天下取りレースと隔絶した平和な生活を送りたい。
まず井戸の整備と灌漑とを…。
そんな夢想にふけっていると恩川壬生之丞がしょんぼりとした風で言葉をもらした。
「姫様、私はもう来ない方がよいのでしょうか?」
「やぶから棒にどうした?」
「いや、どうもこうも噂になっておるようなのですよ」
「噂?」
「姫様が見目のよい男衆ばかりを囲っているだの何だのと、口さのない者が言ってまわっているらしく」
「はぁ?」
目の前の壬生之丞を見る。
まぁフツーなんじゃないの? すごくよく言って雰囲気イケメンと言えなくもない。
狭山は…。
うん。じーじだな。小奇麗にしてはいるけど。
他に?
ああ、叔父上はたしかにシュッとしたイケメンである。
苦労症イケメンというジャンルにわけたいところであるが。
でも叔父と姪だよ?何なの?月出の国の女衆は男日照りなの?飢えてんの?
「らちもない」
「しかし、月出の国の家来衆の中には我々を良くは思ってはおらぬ勢力もありますし。この機に頼姫様を追い出さんと画策するやも知れませぬ」
「うーーむ。たしかに。私の価値はもう利用されつくされた感があるからなぁ」
だらしなく柱によりかかり、扇を開いたり閉じたりする。
入道殿と公家とのラインは太く、盤石になりつつあることが想像がつく。
付届けで順調に交際範囲を広げているようだ。
だが、その分の金子が月出の国から流出していると言う事もわかる。
余剰金など、どの国にもたいしてあるものではない。
月出の国の者の中には、減らされた領運営の予算に不満を覚える者もいるだろう。
「仮に入道殿が私にもはや利用価値すらないと処分することを考えていたとしたら、面白くはないわいなぁ」
やはり、どこかの無人島に渡り、DA●h生活するべきだろうか。
この世ではどこに逃げても戦、いくさの臭いから離れない。
「島には島の土着の民がおります。平定するのも骨かと」
ですよね。