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頼姫の「ざまぁ」道  作者: 相川イナホ
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だから油断するなと…


 戦には作法がある。「やー!やー!我こそはどこそこの誰ダレだ」の名乗りもそうだが、農繁期は戦を仕掛けないだとか、井戸に毒を仕掛けるなどの外道の所業もそうだが、この辺の地域ルールでは雪が降ったら戦は終わりというマイナーなルールがあった。

 戦火で民たちが焼け出されなぞしたら凍死してしまうからである。


 そうつまりは 「冬になったら戦はしない」とはこの辺りでの暗黙のルールなのである。


 ところが我が父と兄は、「雪がふっていないので仕掛けてもいい」と屁理屈でもって降雪の合間に攻め入ったのだ。

 大方格下の相手に負け続けた事でやけくそになっていたのだろう、掟破りの暴挙に出たのである。


 が、元婿殿はそれを黙って迎え撃つだけでなく周到に用意した罠でもって嵌めてくれたのである。 

 さすが、我が国に人質として長い時間を過ごしていたからか。

 わが父や兄の性格などすっかりお見通しだったと見える。

 それらを鑑みても、今までの元婿殿の連勝は偶然などではなく知略を持って成した事であろうと推測できる。

 オカシイと思っていたのだ。兵の数も国力も物資量もわが領の方が上。

 なのにもたらされるのは負け戦の知らせばかり。


 

 「頼姫さまっ!ご城主様と一成様がっ!」

 「姫様っ!お館様と若様がぁぁ!」


 まさかの当主とその後継者の死に、城中はパニック状態だ


 父の子どもは娘ばかりで兄の他には男子はわずか3歳になった陽勝丸のみ。

 他の妹たちも皆5歳だの6歳だのでとうていこの危機に何か期待できる訳もない。

 さらに言うならば私と歳の近い妹は座敷牢で幽閉中である。


 「もうしまいじゃ。」

 

 父の側室殿は陽勝丸を抱え込むと懐から自害用の小刀を出し震える手で握りしめている。

 違う側室はヒステリーを起こして気を失ってしまっている。


 「敵は時をおかずに攻めてくるでしょう。いかがいたしましょうか?」


 城に残った家臣が私の顔色を窺う。

 母が父の正室だったため、残された女子どもの中では私が仮の後継者となる。側室達の身分は低いので。暫定だが。


 一応は城主の長女で正室の子である私の意向を聞いてみなければと思ってくれたらしいが、その答えが自決か総当たりの玉砕かの答えが用意された物であることは私でもわかる。


 「まだ叔父上が残っておる。慌てて結論を出すのは早い」


 私は扇をパチンと閉じた。

 叔父は敗走中とはいえ城に戻ろうとしているはずだ。

 叔父が戻れば城の機能も戻る。

 私はそれまでを繋げばよい。

 まずは父の側室達が早まった事をしないうちに安心させなければ。


 「尾崎入道殿に早馬を。月出の国に頼が嫁ぐと、そうお伝えして」


 尾崎入道殿とは月出の国の前の城主で、父より年上の御仁である。

 月出の国は我が国、陽立の国と元婿殿の国である皐貫の国共通の目の上のたんこぶである強大な国であるが尾崎入道は仏門に帰依し無駄な争いを好まぬ性質であられる。

 要はわが身を人身御供に月出の国に調停のお願いをしようという腹である。


 さて、それを聞けば、随分とうぬぼれがすぎる女だと思われるかもしれない。

 よくも自分の婚姻を餌に他国の元とは言え城主を調停の場にひっぱり出せると確信できるなと。


 実はこの策は私にとっても賭けであった。

 実のところ、私の生母は公家の出で公家社会にはそこそこにツテがある。

  

 尾崎入道は戦ごとはお嫌いだ。それゆえに尚武の気風といえば耳当たりよいが、脳筋で猪突猛進がデフォのわが父は彼の人柄を軽んじたりして見くびっていたのだろうけど、この国採り合戦たけなわの世で戦を回避つくす手腕は並大抵のものではなかろう。

 そんな彼が「たかが武士」などと普段、武家を相手にしない都人との間のツテである私を欲しないだろうか?いや交渉事の為にその繋がりを欲するとみるのは穿った見方であろうか?


 たしか私が幼い頃、正室を亡くされた尾崎入道が私に婚姻の申し込みをされた事があったように思う。

 入道殿を「あの腰抜けにやるものかよ」と鼻で笑う父や兄によってその話はただちにひねりつぶされたようだったが。

 当時入道殿は30歳、私が5歳ぐらいの時だったらしいのでとんだ話ではあるにはあるのだが。


 時は移ろい、入道殿には再婚されたお相手がおられる。

 婿に逃げられた傷物である私が正妻として迎えられる事はないのは重々承知だ。

 それどころか人質として最悪な話、監視と監禁の憂き目にあうかもしれない。


 「…でも死ぬよりいいでしょう」


 私は愛嬌のある侍女や脳筋ながらも実直な家臣達も、小さな妹や弟を好いていた。

 生憎と歳の近い兄やすぐ下の妹とは隔絶があったが。

 一族郎党すべて自害だの、捕えられての辱めだの受けさせたくはなかった。


 「死して名を残す」


 滅私な働きで名をあげる事に兄と父はこだわっていた。

 何が彼らをそう突き動かしたのかは知る法もないが、私は逆の考えである。


 「死んでしまったら終わり」


 そう思ってしまうのは平和な時代を生きていた記憶があるからか。


 「必ず、生き残る道を探す」


 入道殿の決断が早いか、婿殿がここへ来るのが早いか。

 ギリギリの所である。





 「敵軍確認しました!」

 「数は?」


 留守を任された家臣は恩川壬生之丞、年齢は19歳である。

 この世にてそれは成人を過ぎた立派な青年に当たるのだろうけどまだまだ経験不足だ。

 まぁ、それを補うべく狭山俊景68歳が補佐についているのだけれど、こちらは少々ボケが始まっている。

 アテにできるまい。

 

 私は天守閣に登り、せめてきた皐貴の軍を睥睨する。

 意外に早かったなと思う。

 わが軍とやり合ったところから此方へたどり着くまで、もう半日は見ていたのだが仕方ない。


「さて、出来るだけ焦らすか」


 思ったより数が少ない。

 目立つ色彩の立派な騎馬と武人に囲まれて、一際目立つ馬と将が見える。

 纏う鎧兜には幸永様の好きな藍色に山吹色の差し色がある。

 間違いない。元婿様だ。

 付き従う軍勢は騎馬の兵とうしろに歩兵が千とすこし。

 合わせて2千というところか。

 

 前方に並ぶ武将達には練達な佇まいをしているが後方に並ぶ兵平には何となく素人くささを感じる。

 鎧に着られている感じだ。


 

 なるほど、抜け道である獣道を使ったか。


 後方に詰めているのは案内を請け負った一般の民であろう。

 どことなくその出で立ちを見れば山育ちらしき風貌だ。


 それをごまかすべく後方に下げているのだなと見てとれる。

 やはり戦は現場を見ないとわからぬものだ。




 すでに城下に通じる門は閉められている。

 この門を自ら開き降伏するのか、もしくは硬く閉ざし破られるまで時を稼ぐか。

 私の決断が大きく影響する。

 


 「兜と帷子を持て」


 矢で狙われたくないからね。


 

 さてどうにかして時間稼ぎをせねばなるまい。

 さきほど皐貴の陣営に月出の国の識別の登りをかかげた軍馬が入っていったのが見えた。

 尾崎入道殿は動いてくれたらしい。

 おそらく早馬にて取り急ぎ書面を元婿殿に送ってくれたようだ。

 さて婿殿はどんな判断を下すのであろう。



 ふむ。入道殿の進言を無視するか。


 おそらくは冬に入っている事から、作法通りに両軍にお互い引くことを進言されたのだろう。

 民の受難はその国だけの事ならず周辺国にも影響を与える。

 賢い主は冬には戦をしないものだ。



 まぁ作法を無視して掟破りをしたのは我が陽立が先なのだが。

 皐貫から側したら、ここで一気に城攻めをして我が国を落としておきたい所だろう。

 来年になったら、我が国も持ち直し、もう皐貫側からは有利に攻めらぬと考えるであろう。

 何しろ国力が違うのだ。


 「…そうそう問屋が卸してくれぬか」


 戦う姿勢を崩さない敵軍を前に思考をめぐらす。

 私は今、馬上にいる。

 男のように兜をかぶり、あえて祝言の時の着物をはしょって袴にINし簡易な鎧を付けている。

 まぁ女物の着物の動きにくいこと。

 長い髪も大仰な着物も、女を囲う檻だ。

 今の私の出で立ちは女性であればはしたない物。

 だが男がすればこれは「傾いている」と表現される事もあるのだから、つくづく不平等といえるのではないだろうか。


 背後には交渉事である事の証明の登りを立てた兵が付き従い、その場にしゃしゃり出た。

 まぁ自分で乗れたら恰好よかったのだが、馬は引いてもらっている。


 「降伏する気になったか」


 高飛車な様子で敵の将が馬を操って前に出てくる。


 「幸永殿と直接話がしたい」


 私の馬を引く家臣が声を張り上げて注意をひく。


 「罠ではないか?そちらは卑怯な手を使う故」


 あざ笑われた。まぁでもそう思うよな。


 だがここで挑発に乗ってはダメだ。私は腕の動きだけで供をしてきた兵がいきりたつのを下げる。


 それを見て、婿殿が前に進み出てきた。

 だが婿殿の周囲を固める兵の一団も一緒だ。


 まだ少し距離がある。だがお互いの姿は直接見て判断できる距離だ。


 青みがかった黒髪がさらりと揺れる。

 彼は髷を結っていないようだ。

 切れ長の目がこちらに向けられた。

 嫌味なくらいの男っぷりは祝言の時と変わらずで腹ただしいほど。


 「使者殿……何用だ。開城の条件でもつけにまいったか。」


 唸るように、問いかけられて答える。


 「…お恨み申し上げます。婿殿」


 戦場に場違いな高い女の声が響く。


 私は兜を脱ぎ、簡易な鎧もはずした。

 馬上から落ちたそれら従者が黙って拾う。

 兄の私物を黙って借りたからね、それ。

 本人死んじゃったけどさ。

 背後から進み出たもう一人の従者が打掛を馬上から乗り出すようにして私の肩にかける。


 結わえられていた紐をほどけば長い黒髪が筋をつくって打掛の上を流れる。


 「頼は夫に逃げられた女として耐えられないような屈辱を受けましたのに、貴方様は涼しいお顔で馬上におられるのですね」


 元婿殿の驚愕に満ちた顔を見て、少しばかり料飲が下がった。

 



 





 


 




 


 


 

 



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