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シリーズ・クレラオース

受付嬢と研修生(仮)

作者: 毎日居留守


 ここ、王都クリミアに住んでいる冒険者ギルドの受付嬢、クレラオースの朝は早い。今日も日が昇らないうちからせっせと体を動かしに行く。これはどんなに寒くなっても欠かさず続けている習慣だ。それに王都は寒くはなっても雪が積もらないので実に走りやすい。


そこでふと、師匠と過ごした幼少期が頭をよぎる。

クレラオースの故郷は雪が積もるため、寒い時期に入ると王都とは比べられないぐらい大変な日常生活が待ち受けていた。特に水汲みなどは地獄の試練なのではないのかと、幼心に感じていた。そのクセ毎日汲まないと困るのはこちらなのだ。もう嫌で嫌で仕方なかった。

そして極めつけは師匠という修行の鬼だった。雪の中での戦闘訓練は当たり前として、就寝中の暗殺の警戒、冬の川に落ちた場合の対処法の実践、薄着一枚で冬の森をサバイバル、魔法を使ったドキドキ☆鬼ごっこ(首ポロリも起きちゃうかも!)etc.etc.………(※1)。


「修行怖い修行怖い修行怖い修行怖い修行怖い修行怖い修行怖い修行怖い崖怖い岩怖い雪怖い氷怖い剣怖い槍怖い礼節怖い修行怖い修行怖い修行怖い修行怖い修行怖い修行怖い修行怖い修行怖い修行怖い修行怖い魔法怖い鞭怖い斧怖い森怖い無表情怖い笑顔怖い白髪怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐いコワイコワイコワイコワイコイワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいここここここここここここここkkkkkkkkkkk―――」

「あ、クレラオースさん!おはようございま…どうしたんですか!?」

「ハッ!?オハヨウゴザイマスシショウ!!」

「だ、誰か来てくれ!クレラオースさんの様子がおかしい!」





【十分後】





「…お騒がせしました。」

「いえ、正気に戻られたようで何よりです。」


 外壁の詰め所で深々と頭を下げるクレラオース。その目の前には銀縁メガネをかけた青年、ファルがいつもの調子に戻ったクレラオースを見て安堵の笑みを浮かべていた。


「それで、いったい何があったんですか?あんなに取り乱している貴女は初めて見ました。」

「いや、ちょっと昔のことを思い出してしまいまして…。」

「それはそれで心配ですが…いえ、そうですね。もし困ったことがあれば相談してください。私でよければ力になりますので。」

「え、でも悪いですよそんな。」


 慌てて首を横に振る。元はといえば師匠が厳しすぎたのが原因だ。それにクレラオースは人に頼るのは妙な恥ずかしいし、自分の不安などを相手に押し付けてしまうのは負担になるので申し訳なく感じてしまい、どうも相談するということが苦手だった。

 ちなみに受けるのも苦手である。相談されたところでどうしていいのか分からないのだ。


 しかし、青年はそれを許そうとはしなかった。


「ダメですよ?なんでも一人で解決しては心が傷つきます。そして私は貴女のそんな姿は見たくありません。だから相談してください。」


 そっと、壊れ物を扱うような手つきで右手を取られ、クレラオースよりも少し暖かい両の手で優しく包み込まれる。


 利き手を何の抵抗もなく取られてしまう。そんな武人にはあるまじき失態に呆けていた頭を切り替え、とっさにファルの手を振り払おうとした。だが腕に力が入るだけで、それを実行することは出来なかった。

 自然と見つめ合っていたファルの目に敵意がなかったから。そこにあるのはクレラオースへの純粋な心配。いや、それだけではない。さらにその奥に闘争心や好奇心とは違う、燃え盛るようなナニカが。クレラオースは感じたことのない、しかしそれでいて不思議とは嫌な気はしないナニカが見えた。


「…ゴホンッ」

「「!?」」


 我に返った二人が慌てて距離を取る。いつの間にか詰め所に壮年の男性が入ってきていたのだが、二人の世界に入っていたので気づかなかったのだ。

 その男性がファルの方をじろりと睨む。


「クレラオース嬢が落ち着いたら報告に来いと言っていただろうが。何をやっている。」

「はっ!申し訳ありませんでした!」

「お、おおおはようございますダルシムさん!ちょっとファルさんと話し込んでしまって…あの、その、ファルさんは悪くないんです!」


 ダルシムと呼ばれた男に向かって、立ち上がり右胸に左手の拳を打ち付ける(※2)ファル。その前に飛び出したクレラオースは手を広げてファルを庇う。そんな姿に1人は感動で固まってしまい、もう1人は大きなため息をついた。


「………わかった。今回は不問としよう。そしてクレラオース嬢、代わりに今度我が隊に剣術指導に来てくれ。もちろん報酬は出す。」

「え?そんなのでいいならいくらでも!じゃあ今度のお休みの日にでも伺います。」

「ふむ、それならここの者に伝えてくれれば我が隊のところに案内されるように頼んでおこう。」

「それなら分かりやすいので助かります。」

「では指導内容についてなのだが―――。」


 いつの間にか仕事モードに入ってしまったクレラオースとダルシムはその場で細かいことを詰め始める。二人の視界には既に青年の姿は映っていなかったが、当の本人は幸せそうな笑みを浮かべたまま硬直し続けていた。






「―――では、今日はこれで失礼します。ファルさんもありがとうございました。」


 昨今の貴族よりも優雅な一礼を見せて、クレラオースはその場を後にした。

 ダルシムはその姿が見えなくなるのを見届けると素早く気配を探り、二人きりなのを確認してから隣で未だに固まったままのファルの肩をそっと揺らす。もしその場に人がいたならば、見るからに武闘派で上官のダルシムが一兵卒の服を着ているファルに気を使いながら優しく起こしている姿に違和感を覚えただろう。


「殿下、殿下。そろそろ目を覚ましてください。」

「―っ!?ダルシム!クレラオースさんの前でその呼び方は―――。」

「もう、帰りましたよ?」

「―――は?」

「ですから、もうクレラオース嬢は帰りました。」


 我に返ったファルは、ダルシムの言葉で脱力して椅子に座り込んだ。

 上官を差し置いて座るなど失礼極まりない行為なのだが、二人の場合はこちらが正しい力関係だった。


「…で?今日のクレラオース嬢はいかがでした?」

「そうだよ聞いてくれダルシム!今日は出会った時にいきなり取り乱し始めたんだがな?その時の虚空を眺める様子がたまらない独特の色気があったのだ!一見、ブツブツとうわ言を繰り返したり時々奇声を上げたりして不気味なのだが、よくよく見るとその光の見えない瞳が不安や恐怖で揺らめいていてな?わかるんだよ、ここでもうちょっと押せばこの人は壊れてしまうなって。そう考えた時に自分の中でこの強くて可憐な彼女をもっとギリギリまで追いつめてみたい、いっそのこと自らの手で壊してしまいたいって衝動に駆られてしまったんだ。そんな思いがこう、背中をゾクゾクさせながら浮かんでたまらなく彼女に引き付けられたのだ。不思議だよな私は彼女の戦う姿に惚れたのに。でもその矛盾や背徳感がたまらなくいいというかむしろそういう風に誘っているのではないかと思うぐらい、錯覚してしまうぐらい仄暗い色気が漂っていたのだよ。おかげで少し前かがみになってしまったが、彼女がその前後ぐらいに気絶してくれたから助かったよ。正気に戻れた。あのままだったら自制心が持たなかった自信があるね。褒められたことじゃないけどね。そういえば闇の女神とかはいないな、もしかして彼女がそうなんじゃないだろうか?でもやっぱり一番感動したのは庇われた時だね。あの時はジーンときたよ。本調子じゃないにも関わらず、庇ってしまう彼女の正義感の強さ。たぶん私はこの正義感が好きだからさっきの仄暗さを見てときめいてしまったのだって、あの時に感動と共に悟ったね。そう、光があってこその影なのだよ!やっぱり彼女には輝いていて欲しいな。そして時折、私の前でだけコッソリと涙しながらあの瞳を見せてもらう。その姿はまさに光と闇の女神…完璧だ!完璧だよダルシム!二つが合わさってこれ以上にないぐらい完璧な将来設計だよ!!問題は彼女が私に心を許してくれるような関係に持ち込むまでだが、ちょっと作戦を変えるべきかもしれないな。彼女の友人たちをこの前見かけたんだ。そこから彼女の好みなんかを聞き出してプレゼントを選んでいくのがいいかな?その時は協力してくれるよな?庶民の金銭感覚が分かるお前がいなければ高い物を送ってしまって逆に引かれてしまうなんてことになりそうだしな。」

「…総括すると?」

「今日は新たな一面が見られて嬉しかった。今度プレゼント選びにつき合ってくれ。」

「は、かしこまりました。」


 どうしてこうなってしまったのだろうと、頭を下げながら考える。

 まあ、昔のように何もかも諦めた、死人のような目で話さなくなったのは嬉しい変化だったが、これはいくらなんでも極端すぎるだろう。そんなことを考えながら、目の前の人間を変えてしまった光と闇の女神(ファル談)に思いをはせる。


「ふふふふふ、このクリミア王国第三王子ファーシムが必ず手に入れて見せるぞ。首を洗って綺麗に身支度を整えて待っていろよクレラオースさん!!」


 この叫びに、ダルシムが頭を抱えてしまったのは言うまでもないだろう。

 ダルシムの受難は始まったばかりだった。



※1 良い子悪い子普通の子たちは真似しないでね!特殊な子じゃないと死んじゃうよ!


※2 左胸を叩かないのはその昔にそれで心臓発作を起こした将軍がいたからとかなんとか。ちなみに左手の拳を広げると最敬礼になる。


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