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迷宮踏破の報酬

 意識が浮かび上がっていく。何やら周りがガヤガヤとうるさい気がする。周りに人がいるなら早く起きなければならない。寝顔を見られるのは恥ずかしいからだ。

 またしても夢の中にいると自覚できたボクは早く目覚めようと意識する。先ほどまでの記憶が確かならば僕は死んだはずだった。ただし、あのあまりにも荒唐無稽で現実味のない記憶が現実の出来事だとすればの話だが。


「ここは……」


 いつの間にか意識を取り戻していたボクは、ゆっくりと体を起こして周りを見渡した。

 いつもより声が高い気がしたが、喉が枯れているせいだろうと考えて周りを確認することに専念する。

 ボクが眠っていたのは木造の建物の上にごわごわのカーペットが敷かれた質素な部屋だった。

 部屋の中には机と椅子、他には鍵束がついたままになっている棚が置いてある。その他の家具はボクが寝かされていた固いベッドくらいだ。

 予想に反してすぐ近くに人はいなかった。

 ごそごそと毛布から抜け出して木製のよろい戸を開ける。

 それにしても家具の一つ一つが大きい気がする。ベッドを降りる時に地面までが高い気がしたし、よろい戸から外を覗くのに背伸びをしなければならなかった。ボクはここが何処か確かめるために外を見渡した。


「……まだ夢の中? いたっ」


 ボクは疑問符を浮かべて自身の頬をつねった。普通に痛い。

 眼下の街並みは明らかに日本ではなかった。コンクリート造りの建物などは無く、目に入る建物は木か石で造られている。建物に取り付けられた煙突からはモクモクと煙が吐き出され、現在でも使用されている事は明らかだった。

 太陽は沈みかけて空は赤く染まっている。

 遠目に見える鳥の影が異常に大きいのは気のせいだろうか? 町から少し離れた場所にある森の上を旋回している。

 舗装もされていない土がむき出しになった道を、御者が馬を走らせている。日が暮れる前に家に帰ろうとしているのか、馬車以外にも街道には人が溢れかえっていた。

 野菜をいっぱい手に持った女性や、手をつないで走り回る子供たち、皮鎧を着こんで剣を背中に担いだ青年……。多種多様な人々が日の暮れ始めた町を歩いていた。

 ボクは町を歩く人の中に見慣れた黒髪を探すが、見つからない。金髪や茶髪、緑がかった髪を持った人ばかり……。日本人ではない事は明らかだった。


「ひとまずボクをここに運んだ人を探そう……。ここが何処か分かるかも」


 ボクは窓から離れると自分の体を見下ろした。

 ボクが着ている衣服は元の私服ではなく、病衣のようなものだった。

 汗をかいたせいか下着は脱がされている。シャツが無いのは見えるし、下半身は確認していないが、直に衣服が触れる感触がある。おそらく下着をつけていない。


「防御力が薄すぎるけど……大丈夫かな?」


 部屋にあった棚を漁るが、蝋燭や紙、薬品を入れるような瓶が見つかった程度で、服や下着は見つからない。ボクは仕方なく病衣を整えて部屋を出る事にした。

 多分、ボクを着替えさせたのは男性だろう。きっと男性だ。だから、外に出て会う人も男性に違いない。そう思わないと恥ずかしくてやってられない。

 そして、僕は扉に手を掛けた。


「……よし」


 ボクは服が整っているのをもう一度確認して扉に手を掛ける。

 下手に動くと捲れてしまいそうだ。慎重に歩かないと……。

 部屋の外は長い廊下になっていた。ボクはいくつかの扉の前を通り過ぎながら、廊下の一番奥にあった階段の前まで歩いた。廊下の下からは人の騒ぎ声が聞こえてくる。どうやら、宴会か何かをしているらしい。

 ひとまず人がいる事は確実になったので、手すりをつたってゆっくりと階段を降りた。

 階段をある程度降りると、手すりの隙間から大部屋の様子を確認することが出来た。

 階段を下りた先は酒場になっているようだ。アルコールの香りが部屋に充満している。

 酒をジョッキで飲んでいる者、つまみの料理を食べている者、すでに出来上がり大声で話をしている者……。店内は異常な熱気に満ちていた。

 この場所には電気製品が見当たらないので、仕事を切り上げる時間も、酒盛りを始める時間も、日本よりも随分と早いと予想できた。

 思っていたよりも多くの人間と遭遇してしまい、誰に話しかければいいのか分からずオロオロとしていると、急に背後から声をかけられた。


「ちょっとアンタ!」

「ひゃ、ひゃあっ!?」


 全く予想もしていなかった方向から、それも唐突に声を掛けられて変な悲鳴が漏れた。恐る恐ると振り向くと、そこには腰に手を当てた不機嫌そうな少女が立っていた。

 ボクはその少女に既視感を覚えた。確かこの子は――


「アンタ馬鹿なの!? そんな恰好でこんな所に降りてきて、こっちに来なさい!」


 しかし、言葉が口をつく前に少女はボクの手を掴んで強引に酒場から連れ出された。

 階段を上がって歩いてきた道を逆戻りする事となる。一段一段が高すぎるとボクが思った階段を少女はスルスルと苦も無く歩いていた。


「あ、あの……」

「話は後で聞くから! ひとまず元の部屋に戻るわよ!」

「……」


 にべもない。階段を上りきって余裕が出てきたので話しかけるが、取り合ってもらえなかった。ボクは仕方なく、引きずられるように彼女の後をついて行った。

 ボクは前を歩く少女の後姿を眺めた。

 年は自分よりも少し下くらいだろうか。ボクの目側が正しいのならば十六歳ほどだ。

 乱暴に歩くたびに、一つに纏めた赤髪が尻尾のように揺れている。

 衣服は村人というよりも兵士に近い。半袖と半ズボンの上に皮鎧を纏っており、腰の部分には拳銃のような物が収まっていた。

 鎧や拳銃も気になるが、それよりも気になるのは彼女の容姿についてだった。

 髪の色や衣服こそ異なるが、彼女の顔立ち、勝気な声、言い出したら聞かない強引さ……。その全てがボク達の知り合いと瓜二つだった。

 気が付くと元の部屋にたどり着いていた。少女は扉を閉めると深いため息をついた。


「はぁ、これで落ち着いて話が出来そうね」

「あの……」

「アンタは無防備過ぎよ! ミツキから話は聞いてたけど……。危なっかしくて見てらんないわ」

「……ッ!? きみ、ミツキを知って――んぐっ!?」


 彼女の口から聞き慣れた名前が出てきた。目が覚めてからの数々の疑問がどうでもよくなるほどの衝撃だ。

 ボクは彼女を問い詰めようと口を開くが、すぐに口を手で塞がれて黙らされた。こんな強引な所まで記憶にある『彼女』とそっくりだ。


「あー……、何処から話せばいいのか……。面倒だなぁ」

「んーっ! んーっ!」


 ガシガシ頭を掻きながら何やら思案する少女をしり目に、ボクは彼女の腕を引き剥がそうと必死に抵抗していた。口のついでに鼻まで閉じられて呼吸がしにくい。

 やがて考えがまとまったのか、少女はボクに向き直った。息が出来ていない事に気が付いたのか、ひとまず鼻の気道だけは確保してくれた。


「現状を一言で説明するから静かにしてよ? アンタ達は別の世界に迷い込みました。はい、以上」

「……」

「……おろ? 意外と驚いてないわね」


 少女はボクの反応が薄い事に首を傾げながら口から手を離した。

 別の世界、……別の世界ねぇ? 黒い手やあの化け物と遭遇した時と比べたら正直、衝撃が薄い。目の前に命の危機がぶら下がっている訳でも無しに。それに、化け物たちとの遭遇や、武器を当たり前に携帯している人々、森の上空を旋回する常識外れに大きい鳥を見てうっすらと予想は出来ていた。


「ここが異世界という事が分かったけど……。他にも聞きたい事がいろいろあるんだけど、いいかな?」

「そう、アタシも何処から話せばいいのか分からないからさ。聞いてくれたらありがたいわね」


 少女はバツが悪そうに頭を掻くと、ベッドに腰かけて足を組んだ。リラックスするのはいいけど、露わになった太ももが目に毒だと思う。ボクは机の下から椅子を引きずり出してきて彼女の対面に座った。


「それで、何から話せばいいわけ?」

「そうだなぁ……、じゃあこの質問から。……きみはミツキと知り合いなの?」

「ええ、そうよ。森の中で迷っていたミツキを見つけてアタシ達が保護したわ。……王鳥の縄張りのすぐ近くだったからひやひやしたわね。アンタはミツキに担がれて意識を失ってた。……それより、普通は名前から聞くものじゃないの? ちなみに、アタシの名前はシュリよ」


 シュリと名乗った少女はおかしそうに笑った。焦って話を進め過ぎたと指摘されたような気がして恥ずかしくなった。顔が赤く染まっているのが自分でもわかる。


「えっと、ボクは雪弥です。月本雪弥。助けてくれてありがとう……」

「ふーん。アンタもミツキと同じで家名があるのね……。まぁ、いっか。異世界の貴族でもこっちではただの根無し草だし……。よろしくね、ユキ」


 ボクに聞こえない声で何やらぶつぶつと言っていたシュリだが、すぐに顔を上げてボクの手を取った。ボクはされるがままに振り回されるばかりだ。


「よろしく。でも、ボクの名前はユキじゃなくて雪弥。ユキだと女の子みたいじゃないか」

「さぁ、他に聞きたい事があるなら遠慮なく言ってもいいわよ。ユキ」

「……それじゃあ次。ミツキは今、どうしてる?」


 呼び名を変えてくれる気配が無いのでそのまま次の質問に移る。彼女も話を聞かないタイプのようだ。


「ミツキなら買い物に行ってるわ。今日の探索は随分と実入りがあったからね。運が良かったわ。アンタの治療費もこれで払えるでしょ」

「探索……? 治療費……?」


 よく分からない単語が聞こえて思わず口に出た。シュリは頷いて口を開いた。


「この世界では迷宮と呼ばれる物があるの。ミツキが言うにはそっちの世界では、だんじょん? なんて言われているらしいわね。ここは開拓村ヴァルバーフ。森を開拓して見つかった迷宮と、そこから出土する未知の道具や金属、植物によって生計が立てられている町よ。治療費はアンタの治療費。アタシ達が見つけた時には衰弱してて、死んでないのが不思議なくらいだったんだから」

「迷宮……」


 迷宮と聞かされて思い浮かべるのは、あの何処までも続く薄暗い通路だ。

 迷宮というわりには分かれ道もない一本道だったが、出口の見えない恐怖を与え、人間を閉じ込めるという意味では紛れもなく『迷宮』であった。

 ボクはあの場所の恐怖を思い出してブルリと体を震わせた。


「そう……なんだ……。助けてくれてありがとう。ミツキにもお礼を言わないとな。……あれ?」


 お礼を言いながらも何処か違和感を覚えてボクは首を傾げた。何かを忘れているような……。

 シュリは悩むボクを見て疑問符を浮かべた。


「どうしたのよ?」

「ええっと、ボクは森の中で迷ってたミツキに背負われていたんだよね? ボクは迷宮に一人で迷い込んで、外に出られずに死んだと思ったんだけど……」


 ボクの記憶は化け物を底の見えない奈落に突き落とし、自身も引きずり込まれた所で途切れていた。階段から差し込んだ光が遠ざかって行く光景は、この上ない絶望と共に記憶に刻み込まれている。

 シュリは眉を顰めて、それでいて興味深そうにボクの顔を覗き込んで言った。


「……ふーん。ちょっと詳しく話してみなさいよ」

「うん……」


 ボクは気が進まなかったが、あの迷宮での出来事を思い出しながら詳細に話した。

 思い出すだけで喉が渇き、心臓を掴まれるような緊張感が襲ってくる。シュリは言葉を詰まらせながら話すボクが語り終えるまで根気強く聞き続けた。

 そして、顎に手をあて何かを考えているシュリは話を聞き終わると納得したように何度か頷いた。一方、ボクはといえば迷宮の事を思い出した心労で、顔が真っ青になっている事だろう。


「なるほど……。今の話で謎が解けたわ」

「……」


 ボクはシュリの言葉に反応する元気が沸いてこなかった。

 この村の人々はあんな所に潜って生計を立てているのか。ボクからしてみれば狂気の沙汰としか思えない。


「あっ」

「ん、どうしたの?」


 ボクはある事に思い至って、我ながら間抜けな声を漏らした。

 元々青かった顔色がみるみる悪くなっていくのが分かる。ボクは椅子から立ち上がるとシュリの服を掴んで問い詰めた。


「み、ミツキ! ミツキはどうしたっ!? お前の口ぶりだと、ミツキが迷宮に潜ってボクの治療費を稼いでいたみたいじゃないか! あんな所にミツキを行かせる訳にはいかない! ミツキはどうなったんだ! なぁ、『(ツムギ)』!」

「……ッ! アタシはツムギなんて名前じゃないッ!」


 シュリはボクをベッドの上に引き倒して、絶叫した。

 ボクは彼女の剣幕に押され、抵抗することも口を開く事も出来なかった。シュリは荒く肩で息をして呼吸を整えていた。

 しばらくして、彼女は落ち着いたのかゆっくりと体を起こした。ボクは我を失った行動をとってしまったと自覚して恥ずかしくなった。

 シュリがポツリと口を開く。


「……怒鳴ってごめん。ミツキにも言われたんだ。アタシはアイツの妹に瓜二つだって。でも、アタシは『ツムギ』じゃないわ」

「……ごめん」


 ボクは謝る事しか出来なかった。

 シュリに出会ってからずっと気になっていた事だった。シュリの全てはミツキの妹に瓜二つだ。

 顔立ち、体形、髪の癖や結び方、性格や声まで、同一人物ではないのかと疑うほどに二人には共通点が多い。まだ短い交流だが、纏う衣服と髪の色以外には相違点が見つからないほどだ。


「……さて、アンタがミツキを心配するのはもっともだと思う。けど、迷宮に潜るのはアイツが選んだ事よ。誘ったのはアタシ達なんだけどね」

「……もっと安全にお金を稼ぐ方法はあるでしょ? なんで迷宮なんかに……」


 ボクは批難を込めてシュリを睨むが、シュリは鼻を鳴らして小馬鹿にするように言った。


「アタシ達には命を賭けてでもやらなきゃなんない事があるのよ。ミツキもそうだったって事ね。ミツキは……、迷宮を攻略して『ツムギ』を生き返らせようとしているわ」


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