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エピローグ

本日二話目

「――、――っ、――っ!」


 人気のない深い森の中、上機嫌な鼻歌が場違いにも辺りに響き渡る。

 パシャパシャという音を立て、一人の少女が一糸纏わぬ姿で泉に入り、水浴びをしていた。

 少女が体に水をかける度に周りの水は赤く染まる。けれども彼女はそれを気に留める事はなかった。


「ふふんっ、思ったよりもうまくいったね」


 少女――いや、こんなまどろっこしい言い方は止めよう。ボクことユキは迷宮から生存し、久しぶりの水浴びと洒落込んでいた。


『迷宮が踏破される、あるいは迷宮主が絶命した時、生存者は迷宮外に転移する』


 つまり、誰かが迷宮を攻略するまで生き残れば、迷宮から脱出できる訳だ。

 落とし穴の罠に自ら身を投げたボクは、ミツキ達の姿が見えなくなったのを確認してすぐ、刻印を解除して自身に寄生した魔物を自由にした。

 ボクと心中する事を拒否した魔物は触手を伸ばして壁に張り付き、落とし穴の最下層まで落ちるのを拒否した。後はそのままミツキ達が迷宮を踏破するのを待つだけだ。


 それにしても、転移先が王鳥の巣のすぐ近くでもなく、ミツキ達の誰かの近くでもなくて、本当に運がよかった。

 ボクは上機嫌で体の汚れを落としながらこれからの事を考える。しかし、すぐにその思考を打ち切った。


「――まぁ、これかた何をするにしてもこれだけはやっておかないとね」


 ボクは取り付いた魔物の動きを刻印で封じると、自身の左目に指を突っ込んだ。

 普通に生活していては絶対に触れる事のない場所を弄る事に抵抗感を抱きながらも、目的の為には仕方がないと割り切った。

 神経が引きちぎれる音と共に眼球が引き抜かれ、こぽりと漏れた鮮血が白い肌と泉を染める。

 痛みはない。刻印で痛み止めを施しているのだから。

 ボクは残った右目で抜き出した左目をまじまじと観察した。


「ふぅん。こんなのがずっとボクの中に居たんだ」


 ボクの表情はかなり嫌そうに歪んでいると思う。

 抜け落ちた眼球からは蠢く触手がいくつも伸びており、眼球から足が複数伸びているような外見だ。そんなものが今まで自分に寄生していたと思うと気分が悪くなるのは当然であろう。

 だが、そんな表情はすぐになりを潜める事になる。


「ふふっ! ふふふふっ!」


 思わず口から笑い声が漏れ出した。

 寄生型の魔物は感情を操る。つまり、魔物を摘出したことでボクの感情は素のモノとなったわけだ

 精神の変化は劇的ではなかった。

 リュシくんを殺したのは短絡的だったかな? という後悔は湧き上がって来るようになったが、ミツキへの想いは変わらない。リュシくんを殺したことに後悔もない。

 ミツキへの恋心は魔物に植え付けられたものではなく、ボク自身のモノであったという事だ。

 となれば、魔物に寄生されていなくても、ボクは似たような行動に走っていたのだろう。

 それが、嬉しくてたまらない。


 一通り笑った後、ボクは手元の魔物に視線を落とした。

 相変わらず眼球は好き勝手に動いており、不気味さが際立っている。その様子には見覚えがあった。

 コイツはボクがまだ男だった頃に対峙した迷宮主の子供だろう。

 耳の中に迷宮主の触手を入れられた記憶がある。その時に寄生させられていたと考えられる。

 寄生された事に気付かずに過ごしていたら、いずれコイツに喰われるか、体を乗っ取られていたのかもしれない。

 ボクはそんな未来にブルりと体を震わせ、手元の魔物を見下ろした。


「お前のせいで一時は全部台無しになるところだったんだよ?」


 いつの間にか手に力が入っており、ぎりぎりと握りつぶされようとしている魔物は苦痛に蠢いている。

 降参っというようにぺシぺシと腕を叩く小さな触手によって、腕に力が籠っていた事に気が付いた。

 ボクは不承不承と手に込めていた力を抜いて、魔物にかかる負荷を減らした。


「でもまぁ、ボクも助けられたのかな?」


 自分勝手な理由で人を殺した人間を愛してもらえるだなんて思えない。

 つまり、欺瞞(トリック)を見破られたボクには死ぬしか道はなかった。

 けれども『感情を操る魔物に寄生されていたから殺した』のならばどうだろうか? 優しいミツキならば愛してくれるかもしれない。

 だから、死ぬ以外にも道は出来る。


 しかし、あの場で投降する訳にはいかなかった。

 あそこが迷宮内であった以上、シュリやアディンさんがミツキの制止を無視してボクを『断罪』する可能性があったからだ。

 だから、ボクはどうにかして迷宮から脱出する必要があった。

 落とし穴から飛び降りたのは賭けだったが、賭けに勝ててよかった。


 ボクは泉から上がり、木にかけておいたポーチからポーションの入った小瓶を取り出した。液体を空洞になった左目に垂らして止血する。

 そして、少しポーションが残った小瓶に魔物を詰め込んだ。


「ふふっ、君にはまだ働いてもらうよ。ボクだけじゃ、刻印持ちには対抗できないからね」


 ボクはこの魔物を使役する事にして、これからの事を考える。

 おそらくミツキは迷宮の攻略を諦めない。

 であれば、ボクのすべき事は――


「――とりあえず、王都に向かうか」


 魔物の影響が本当に抜けきっているのかを確かめる必要がある。そうでなければ、ミツキはボクの恋心を信じられないだろう。

 その為には医者に見てもらう必要があるだろうし、ついでに目の処置もきちんとしておかないといけない。

 しかし、今まで過ごした街(ヴァルバーフ)には戻れない。

 ならば向かうべき場所は王都だ。

 迷宮踏破を目指すミツキはここを訪れる可能性が高いはず。彼を見失っても、いずれ合流できるだろう。


「ふふっ、ふふふっ、ミツキ……。それまで待っててね」


 愚かで優しい君は、ボクの事を信じてしまっている。

 君の仲間を殺したボクを、君は未だに親友だと言い張った。


 もしかすると、心の底ではボクに失望しているのかもしれない。

 でも関係ないよ。ボクは君に尽くすだけだもの。それはボクの愛で、愛の為なら君に嫌われる事すら受け入れる。


 残る迷宮はあと四つ。

 それまでに、ボクは必ず君を振り向かせてみせる。


続くっぽい終わり方ですけど、終わりです。

他の話を書きたくなったのと、事件が思いつかない()


ここまで付き合ってくれた方、ありがとうございました。

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